『ばけばけ』写真提供=NHK

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 大きなことは何も起こらない朝ドラがいよいよ本格化してきた。朝ドラことNHK連続テレビ小説『ばけばけ』第8週「クビノ、カワ、イチマイ。」では、ビールとスキップとクイズで1週間が終わった。たわいない。じつにたわいない題材だが、そこにちょっとだけ叙情(エモとはあえて書かない、書きたくない)を挟み込んでくる、そこが脚本家・ふじきみつ彦の手腕である。

参考:朝ドラで前代未聞、“クイズ大会”は最初期から構想に 『ばけばけ』ふじきみつ彦脚本の真骨頂

 洋妾ではなくただの女中として働くことになったトキ(髙石あかり)。洋妾ではないにもかかわらず月20円という大金を得られるという夢のような仕事である。

 だが、トキは家事はできるが英語ができない。ヘブンと簡単に意思疎通ができないため、ヘブンは次第に苛立ってくる。

 最初のトラブルはビールだった。夏になり、仕事から帰ったらビール(ビア)が飲みたいので用意しておいてほしいとヘブンはトキに頼む。だがトキは「ビア」の意味がわからない。言葉の響きから、琵琶や枇杷、次第に飛躍していって鎌や駒を用意しておくが、当然ながら、どれも違う。

 ヘブンが絵を描いて、ようやくお酒であることがわかり、舶来品ばかり売っている店で調達する。ビールを飲んでご機嫌になったヘブンはスキップをはじめる。スキップは日本にない動きなので、トキはまた戸惑う。トキも錦織(吉沢亮)もスキップがうまくできないが、なぜか勘右衛門(小日向文世)はうまくできる。

 言語の壁によってなかなかお互いのことがわかりあえないので、筆談ならぬ絵談をしたり、クイズ形式で楽しく自己紹介したり。工夫を凝らしはじめるヘブンやトキ。いわゆるノンバーバルコミュニケーションである。ノンバーバルコミュニケーションとは言語以外のコミュニケーションだ。クイズは言語ではあるが、形式の楽しさ、ゲーム感覚なので、言語がわからなくても楽しみながら近づいていけそうだ。スキップはまさにノンバーバル。カラダを動かすことで何かを共有する。

 トキはヘブンが蚊に刺されないように蚊帳を設置し、それを言葉で説明するのは難しいから絵を描いて中に入れば蚊に刺されないと説明する。「蚊帳をあげて中へどうぞ」というトキの似顔絵がほっこりしていて、じーんときた視聴者が多数だった。ここが叙情(エモとはあえて書かない)。さらなる叙情は、トキとヘブンが、大事なことは言葉にしないという考え方を共有していることだ。トキにとっての、銀二郎(寛一郎)の思い出、ヘブンにとってのイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)の思い。これらは容易に言語化できない。そして、ふたりは、言葉がわからないけれど、お互いの大切にしていることをいつの間にか心でキャッチしている。

 大切なのは心。トキはスキップがうまくできないが、気分がよくなると軽やかに跳ねられそうな感覚を次第に手に入れそうだ。ヘブンも酔って気分がよくなるとスキップしていた。学生たちもヘブンのマネしてやってみると楽しくなっていく。真面目な錦織はリラックスできず、カラダがガッチガチに固まっていてスキップできない。錦織が融通のきかないバカ真面目な人なのだということがわかる。「もうちょっと肩の力を抜いて」と言ってあげたくなるが、江藤知事(佐野史郎)からのプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだろう。彼のバックボーンがもっとわかる日はいつのことか。

 言葉遊び、スキップ、クイズと、老若男女が楽しめる題材ばかり。ふじきみつ彦はNHK E テレの子供番組『みいつけた!』の脚本も担当しているので(「コッシーとスイ」や「なぞなぞーん」など)、子供が観て、楽しい勘所をわかっているように思う。ただ、大人の観るドラマという先入観で観ると、子供だましではないかという気持ちになる視聴者もいるとは思う。小泉八雲と妻をモデルにして作った『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』のような漫画原作のホームドラマと思えば、気楽に見られるのだが、実在する立派なモデルがいると思うと、つい構えてしまうのだろうか。偉人さんは偉人らしく威厳ある物語を、とつい思ってしまうようだ。

 有名人を親しみあふれる共感性の高い人に仕立てあげることもふじきは得意だ。いぶし銀の名バイプレイヤーたちをふつうのおじさんのように描いて映画化もされるほど大ヒットした『バイプレイヤーズ』シリーズ(テレビ東京系)にもふじきは参加していた。そういえば『バイプレイヤーズ』のなかで朝ドラのパロディ『しまっこさん』という劇中劇があった。

映画『バイプレイヤーズ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら~』予告 『バイプレイヤーズ』のような肩の力を抜いた、そこに出ている人たちにそれまで抱いていたイメージが少し変わるような世界観。『ばけばけ』はいわゆる『サザエさん』的なものだけでなく、どこかテレビ東京系のドラマのような雰囲気も漂う。『バイプレイヤーズ』をはじめとして、テレ東で時々やっている、ダメダメな家族たちのドラマ。ふじきは偽家族が闇バイトしている『闇バイト家族』の脚本を書いていた。松野家のどこかだらしない感じは、是枝裕和の『万引き家族』や『誰も知らない』のような社会の片隅で社会のルールから外れて生きている人たちを描いて問題提起するようなものというよりは、世界というよりは、ただその人たちをそのまんま描いて、何かを問うわけではないという、テレ東の現代ものの雰囲気がするのだ。

 朝ドラがついにテレ東系ドラマにも迫ってきた。そんな気が『ばけばけ』にはする。2027年度前期はバカリズムを脚本家に迎えたことが発表された。朝ドラが本格的に変わってきたように感じている。まだまだ朝ドラはおもしろくなる。(文=木俣冬)