菜々緒が、シゴデキ風な"無能"社員を演じるドラマ「無能の鷹」。脱力系コメディだが、コミカルさの中に意外な深みを感じさせる作品だ/出所:テレビ朝日公式YouTubeより

オフィスコメディドラマ「無能の鷹」(テレビ朝日)が、秋ドラマでひときわ個性を放っている。脱力感たっぷりのユーモアに笑えるのはもちろん、それだけではない。コミカルな展開の中にも、会社組織やビジネス特有の悲喜こもごもが詰まっていて、働く人に刺さる深みがあるのだ。

本作が描き出す、意外にも納得の仕事論を見ていきたい。

“丸の内バリキャリ”風の社内ニート、爆誕

物語の舞台は、東京・丸の内にオフィスを構えるITコンサルティング会社である。主人公の鷹野ツメ子(菜々緒)は、白いスーツを凛と着こなし、いかにも仕事がデキそうな風貌だが、その実態はコピーすらまともにできない“無能”の新卒社員である。

鷹野はまず、IT業界にいながら「IT」の意味を知らない。書類に書いてある漢字が読めず「燃費って“もえぴ”?」と聞いてくるし、仕事中でもかまわずペン回しに没頭する。同僚たちはそんな鷹野の「シンプルにアホすぎる」行動に頭を抱えるが、当の本人は叱られても気に留めず、つねに堂々とした態度だ。

【画像8枚】あなたの会社にもいる? パッと見「優秀」でも実際は「無能」な社員、鷹野ツメ子はこんな感じ

彼女がITコンサルを志望した理由は「丸の内のオフィス街をパリッとした服でカツカツ歩いて、受付で社員証をピッて」したかったからである。鷹野が放つ“バリキャリ”オーラは、きらきらしたお仕事ドラマへの憧れから来ているのだった。


いかにも「デキる女」といった雰囲気の鷹野ツメ子/出所:テレビ朝日公式YouTubeより


後光が差している/出所:テレビ朝日公式YouTubeより


気品もあって、身のこなしも非常に洗練されているのだが…/出所:テレビ朝日公式YouTubeより


実際は超無能な、ポンコツ会社員なのである/出所:テレビ朝日公式YouTubeより


仕事ができなさすぎて、ホチキスを止める仕事を担当することになるのであった/出所:テレビ朝日公式YouTubeより

入社3カ月で社内ニートと化し、部内で満場一致の「無能」と認識された鷹野だが、とある展開からその持ち味が仕事でプラスにはたらく瞬間が訪れる。

誰でも「有能」にも「無能」にもなりうる

そのきっかけを作ったのは、鷹野と同期で営業部の鶸田道人(塩野瑛久)である。彼はこの物語のもう一人の主人公で、鷹野とは対照的に上がり症で気弱な性格。コンサルとしては分析力・提案内容ともに申し分ない実力を持っていながら、その弱々しい振る舞いが影響して契約を勝ち取れずにいる、残念な若手だ。

あるとき、このままでは鷹野がクビになると危機感を覚えた鶸田は、彼女の起死回生を懸けて2人で営業に臨む。ところが、アポ直前になって鶸田が緊張からお腹をくだし、一時離脱せざるをえない展開に。鷹野ひとりではまずい……と思われたのも束の間、なんと彼女は単独で取引先を訪問し、雑談でひとしきり場を和ませて時間稼ぎを成功させる。

とはいえ鷹野自体は通常運転で、ずっと頓珍漢な受け答えをしていただけなのだが、先方が鷹野の優秀オーラにあてられ“気の利いた冗談が言える明るい上司”だと勘違いしたのだ。

遅れて参加した鶸田は、プレゼンをしながらふと、いつもより滑らかに話せている自分に気づく。先ほどのアイスブレイクで好感触を得た鷹野が隣にいることで、クライアントが鶸田に向ける空気が柔らかくなったのである。


実力はあるが、コミュ力がない鶸田道人/出所:テレビ朝日公式YouTubeより


営業に不向きな性格だったが、鷹野とのコンビをきっかけに、次第に自信を獲得していく/出所:テレビ朝日公式YouTubeより

実態はポンコツだが、見た目は余裕たっぷりでスマートな鷹野と、対外コミュニケーションが苦手だが実務能力はある鶸田。互いの特性を活かしたポジションで戦うことで、劇的な成長などしなくても状況がするっと好転したのだ。

このエピソードは、個人が持つ特性とポジションとの食い合わせ次第で、パフォーマンスの精度が天と地ほど変わることをわかりやすく描いている。逆を返すと、働く環境を構成する何かしらの要素が本人にとって“致命的な障壁”であった場合、誰でも無能になる可能性があるということだ。

これを「適材適所」と言い換えるとシンプルだが、今回の鷹野と鶸田が体現したように、職種転換や配置替えをしなくてもブレイクスルーのきっかけは意外なところに眠っているかもしれない。働く本人にとってはもちろん、マネジメント側においてもいま一度見直しておきたい視点ではないだろうか。

またこの展開が暗に示した、社内評価はさておき「有能っぽく“見える”人」の社外ウケが抜群にいいという結果は、なかなか皮肉である。実際のビジネスシーンにおいても、ハッタリを含めた振る舞いが相手の心象を左右することは、確かに紛れもない事実だろう。

根回しと調整力が物を言う、組織のシビアな現実

また「無能の鷹」では、社内政治を制する者が評価を制する、会社組織のシビアな一面もコミカルに描いている。例えば、営業部のベテラン社員・鳩山樹(井浦新)と、中堅社員・雉谷耕太(工藤阿須加)は対照的ないい例だ。

鳩山は、鷹野の指導係を担当する入社23年目の古株で、絵に描いたようなお人好し。PC音痴の鷹野に対してダブルクリックのやり方から懇切丁寧に教え、ワガママな部長の呼び出しに付き合い、家に帰ったあとは悩んでいる部下からの長電話に応じ……その不憫な世話焼きっぷりは、視聴者の涙を誘う。

そのため妻からは「“都合のいい人”になっちゃってない?」と心配されることも。ストレスフルなケア労働を引き受けているうちにもはや出世コースからは外れてしまったが、気にせず苦労を買って出る人格者である。

一方、そんな鳩山を「尊敬するけど、ああなりたくない」と半ば冷めた目で見ているのが、入社10年目の雉谷だ。彼の特技は根回しと空気読み、そして取引先に合わせたキャラの演じ分け。部署間のパワーバランスと社内キャラ相関図を完璧に把握し、本音と建前を使い分ける、営業部きっての優秀なプレイヤーだ。

話が通じないアホな部長向けに、易しく書き替えたパワーポイント資料を「離乳食」と呼ぶ毒気がありながら、本人の前ではちゃっかり太鼓を持つしたたかさを備えている。面倒事と出世は避けたいので、職場の人間関係にはドライな距離を保っているが、その要領のよさと立ち回りの上手さにより、上層部からの評価は高い。

この2人、思わず「あの人に似てるなぁ……」と身の回りの誰かを思い浮かべてしまいそうなキャラクターではないだろうか。鳩山のような人がいてこそ現場のバランスが成立しているには違いないが、組織で出世する人物はやはり雉谷なのだ。そのような会社組織の“あるある”が、このドラマでは随所に描かれている。

そんな作中ではデキる人の象徴のような雉谷だが、仕事もプライベートも「その場の役割をうまく演じて立ち回る」ことに徹していて、彼自身の主体性や欲はあまり描かれない。また、なんだかんだ営業でミラクルを起こした鷹野も、天然ではあるが「仕事に欲望がなく、役割を演じ切れる人」として、じつは共通しているのだ。この点には本作ならではの、社会を逞しく渡り歩く人物像のようなものを感じる。

それでも鷹野が眩しい理由

どんなにデキなくても恥じないしブレない鷹野は、一向に参考にはならないが、なんだか眩しく思えてくるのが不思議だ。1話で鷹野はこのように言い切る。「私がこの会社を必要としているから、会社に必要とされているかは考えないようにしている」。名言ではない。ここまで潔く生きていける強靭な精神力は見上げたものである。

このように、視聴者にも毎週突っ込む隙を与えてくれる鷹野は、もはやありがたい存在だ。日々努力して前進することも、目に見えて華やかな一大仕事も、心弾む社内恋愛も特にない、そんなオフィスドラマがあってもいいじゃないか。そんなことを思わせてくれる一作である。

(白川 穂先 : エンタメコラムニスト/文筆家)