意欲と能力が高い若手社員が離職するのはなぜなのか。藤田耕司さんは「『向上心が高く、仕事に対する意欲も旺盛な20代の若手社員は、『ここにいても必要なキャリアを築けない』と判断すると離職してしまう。また、仕事自体に満足していても、人間関係にストレスを感じると耐えられずに離職する傾向にある」という――。

※本稿は、藤田耕司『離職防止の教科書 いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

■年代と意欲・能力によって異なる離職の要因

これまで、会社に対するニーズが満たされなくなったときに離職の動機が生まれるため、部下のニーズを把握し、それに対応することが重要だとお伝えしてきました。

そのニーズは年齢や仕事への意欲・能力の高さによって異なり、そこには一定の傾向があります。

そのため、経営心理士講座では、年代を20代の新人若手、30〜40代の中間世代、50代以上の年長世代の3つに分け、それぞれの年代を意欲・能力の高さでさらに上位、中位、下位に分け、図表1の9つのカテゴリーに分類し、ネーミングしています。

今回は新人若手・上位【ホープ】のニーズの傾向について説明し、それを踏まえて離職の要因と対応についてお伝えしていきます。

出所=『離職防止の教科書 いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』(東洋経済新報社)

■リアリティショックによる離職が多い

新人若手・上位【ホープ】のカテゴリーの人は、向上心が高く、仕事に対する意欲も旺盛であり、仕事を通じて力をつけていきたいという20代の新人や若手です。

このカテゴリーの人は成長欲求が強いため、成長欲求が満たされないことによる離職が多い傾向にあります。

アメリカの組織心理学者E・C・ヒューズ氏によって提唱された「リアリティショック」という言葉があります。これは新入社員などが、入社前に仕事に対して抱いていた理想と入社後の現実とのギャップに戸惑う状態をいいます。

このカテゴリーの人は、今後の時代に必要な経験やスキルを身に付けたいというキャリア形成の意識が強く、明確なキャリア計画がある人もいます。そのため、キャリア形成に関するリアリティショックが離職の要因となりやすい傾向にあります。

また、現代は市場の変化が激しく、さまざまな変化に対応できるようにするため、幅広い経験を積んでおきたいと考える人もいます。

例えば、営業であれば個人営業だけでなく法人営業も経験したい、1つの商材だけでなく複数の商材の営業を経験したい、などです。

そのため、この会社では欲しい経験やスキルが得られないと思うと離職を考えます。

このカテゴリーの人はどこの企業も喉から手が出るほど欲しい人材であり、行動力もあるため、すぐに転職先も見つかることから、離職を考え始めてから離職するまでの時間が短い傾向にあります。

■本人のキャリア希望をよく聞く

そうならないように、どういう経験やスキルを身に付けたいのかをよく聞き、それにまつわる仕事に優先的に関わらせることです。

すぐに本人が望む仕事を任せることができない場合は、担当してもらう仕事が将来望む仕事にどのようにつながるのか、それがどのようなキャリア形成につながるのかを説明したうえで任せることが重要です。

その説明の際に、事例を話せると説得力が増します。

当初は望む仕事をさせてもらえず、下積みの仕事を担当させられたが、その後、望む仕事を担当させてもらうことができ、その中で下積みの経験が大いに役立っている。

そんな自身の経験や他の社員の事例を話せれば、納得してもらいやすくなります。

これらの説明もなく、本人の希望しない仕事を一方的に担当させ、「ここにいても必要なキャリアを築けない」と思われてしまうと、離職に向けて動き始めます。

また、「若手にハードに仕事をさせると辞めてしまう」というイメージから、このカテゴリーの人の仕事の負担を軽くした結果、「もっと厳しい環境で自分を鍛えたい」「仕事の仕方がぬるい」「残業させてもらえないのがつらい」という理由で離職する人もいます。

20代、30代の方はプライベートを大事にしたいから残業したくない、業務量はほどほどにしてほしいという方が多いですが、このカテゴリーの人は、たくさん業務をこなして早く力をつけたいという方も少なくありません。

そのため、希望する業務量について、個別に確認しておく必要があります。

写真=iStock.com/Weedezign
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Weedezign

■意欲や能力が高くても、人間関係のストレスに弱い人も

また、仕事への意欲や能力は高いものの、人間関係のストレスに弱い人もいます。

そういう人は仕事にやりがいを感じても、給料が高くても、人間関係にストレスを感じると耐えられずに離職します。

■人間関係がつらいから辞めたいという女性

ある不動産会社では、ベテラン営業マンが数多くいる中、20代の女性社員が常時TOP3に入る営業成績を残します。ところがその女性から退職の申し出がありました。

驚いた社長が理由を聞くと、給料は売上に比例する歩合制で、営業成績は社内に貼り出され、周りの社員は自分がいくらもらっているかがわかる。それがやっかみとなっている。営業は楽しいが、人間関係がつらい。だから辞めたいとのこと。

「じゃ、給料はだいぶ下がるけど、一般職員と同じ固定給にして営業成績を貼り出すのをやめようか」と社長が言うと「いいんですか? だったら辞めません」と言われ、社長も「え⁉ 本当にいいの?」と唖然としたといいます。

彼女の営業成績だと、歩合給から固定給に変えると給料が4分の1ほどになってしまう。でもやっかみをもたれるよりは給料が4分の1になったほうがいいと言う。それで固定給にしたところ、意欲的に営業に取り組んでくれているとのことです。

この話に驚かれる方も多いかと思いますが、彼女にとっては高い給料をもらうことより、人間関係のストレスなく働けることのほうが重要なのです。

ここまで極端な例ではないにしろ、同じような話は他でも聞きます。こういったところからも、人間関係でストレスを感じたくないというニーズの強さを感じます。

仕事への意欲や能力は高い、でも人間関係のストレスには弱い。

そういう人には人間関係のストレスをなるべく感じない状況を確保し、意欲的に長く働いてもらいましょう。

写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs

■部下の育成を放棄しない

このカテゴリーの人の中には、最初からキャリアアップの転職をするつもりで入社してくる人もいます。

そういう人は入社と同時に転職サイトに登録し、今の会社ではこれ以上必要な経験やスキルは得られないと判断すると転職します。

そういう人でも、これまでお伝えしてきた関わりを行うことで、自社に強い魅力を感じてもらえれば転職を防ぐことはできます。

ただ、それがうまくいかない場合は転職を食い止めることが難しくなります。

こういった転職によって部下が辞め、育成にかけた時間が無駄になることを繰り返し経験すると、その上司は次に新人が入っても「どうせあなたもすぐ辞めるんでしょ」と指導に消極的になり、それによってまた新人が離職する負の連鎖に陥ることがあります。

その点に留意して、部下の離職を繰り返し経験しても、部下の指導が疎かにならないように心がけてください。

と、こうやって書くのは簡単ですが、これはいざやるとなると大変なことです。

これが売り手市場におけるマネジメントのつらさです。

今、多くの会社でこういったことが起き、現場の上司は悪戦苦闘を強いられています。しかし、結局最後に勝つのは、それでも諦めずに部下と関わり、部下を定着させ、育てることができた会社です。

ですので、つらいのはよくわかりますが、ここが肝心なところだと意識してください。そこでさじを投げると、会社の成長とご自身の上司としての成長は止まるのです。

■マニュアル化で上司の負担を軽減する

また、その苦労を少しでも軽減する工夫も必要です。その1つがマニュアル化です。

新人が入社すれば一から指導が必要になりますが、基本的なことに関してはマニュアル化することで、指導の時間を節約できます。

藤田耕司『離職防止の教科書 いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』(東洋経済新報社)

例えば業務の基本的な指導に10時間かかるとします。新人が入社するたびにこの指導をする場合、10人入社すれば100時間かかりますが、マニュアル化すればこの時間を節約できます。

このように一度マニュアルを整備すると、将来の累計節約時間は相当な時間となります。弊社もマニュアルを整備したことで、部下の指導にかかる時間が激減しました。

また、忙しい上司をつかまえて指導を仰ぐのは、部下にとってもストレスです。この点、マニュアルがあれば上司に指導を仰がずに済みます。こういった形で、人間関係のストレスを減らすこともできます。

ただ、「マニュアル見ておいて」と言って放置するのではなく、「わからないところは遠慮なく聞いてね」と一言伝えておくことも忘れないようにしてください。

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藤田 耕司(ふじた・こうじ)
経営心理士、公認会計士
1978年徳島県生まれ。早稲田大学商学部卒業。2004年、有限責任監査法人トーマツに入社。2011年に同社を退社。2012年、藤田公認会計士税理士事務所(現FSG税理士事務所)を創設。2013年、経営と心理と会計のコンサルティングを行うFSGマネジメント株式会社を設立、代表取締役に就任。2015年、一般社団法人日本経営心理士協会を設立し、代表理事に就任。著書に『リーダーのための経営心理学』(日本経済新聞出版社)、『経営参謀としての士業戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。
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(経営心理士、公認会計士 藤田 耕司)