「部下が怖いんです…」部下に辞められた上司の闇
部下の離職の連鎖は、偶然ではなく「起こるべくして起こる」といいます。どういうことでしょうか?(写真:すとらいぷ/PIXTA)
今、多くの企業が人手不足に悩み、離職を防ぐことは喫緊の課題となっています。
そんな中、部下の離職を複数回経験した人は部下の指導が疎かになり、それがさらなる離職者を生む負の連鎖が生じ、深刻な事態に陥っている会社もあります。
その負の連鎖とはどういったことなのか、そしてそれを防ぐためにはどうすればよいのか。経営心理士として1200件超の経営改善を行い、経営心理士講座を主宰する、一般社団法人日本経営心理士協会代表理事の藤田耕司氏の著書『離職防止の教科書――いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』から一部を抜粋・再編集してお伝えします。
今、最も多い相談は「離職を防ぎたい」
私は経営心理士、公認会計士として心理と数字の両面から企業の経営改善をしています。
その中で今、いちばん多い相談が人手不足に関するものです。
募集をかけても人が採れないので、社員に辞められたら辞めた穴を埋められない。それで現場が回らなくなる。まずは離職を防ぎたい。そういったご相談が多いのです。
そして、相談者の方からは次のような戸惑いの声があがっています。
「若い人はストレスに弱いというから仕事の負担を軽くしたら、『この会社はぬるい』と言って若手が辞めました。私はどうすればよかったんですか」
「仕事がよくできるから部下を昇進させたんです。そしたら辞めたいと言ってきたので、慌てて理由を聞いたら、『昇進したくなかったです』と言われ、そのまま辞めていきました。せっかく給料も上がったのに、わけがわかりません」
部下の離職を複数回経験した人は、ある一定の態度をとるようになります。その態度が離職率をさらに高め、深刻な事態に陥っていくケースが今、増えています。
その態度の1つが、「部下の指導を放棄する」というものです。
自分が指導した部下が辞め、育成にかけた時間が無駄になることを繰り返し経験すると、次に新人が入った際に「どうせあなたもすぐ辞めるんでしょ」と思うようになり、半ば指導を放棄するような状況になっていきます。
それによって新人は十分な指導が受けられず、仕事についていけなくなって離職する。そして上司は「ほらまたすぐ辞める。最近の新人は本当にどうしようもないな……」と、より一層指導に消極的になる。
そんな負の連鎖に陥ると会社の離職率がさらに高くなり、深刻な事態に陥っていきます。
「どう接したらいいかわからない」と部下を避ける
また、部下の離職を繰り返し経験した人がとるようになるもう1つの態度が、「部下を避ける」というものです。
ある30代の女性の方はこんな話をされました。
「新人には優しく指導してきたつもりです。でもあるとき、突然辞めて本当にショックでした。それで今度は『優しくするだけじゃなく、仲良くなることが必要では』と思って、冗談を言い合うほど仲良くなって、部下から誘われて買い物とかお茶とかも一緒に行ったりしました。でもその部下もすぐに辞めたんです。もう部下とどう接したらいいのかわからなくなって、部下と関わるのが怖いので、なるべく関わらないようにしてます」
このように部下とどう接したらいいかわからず部下を避けるようになると、部下は疎外感を覚えたり、十分な指導が受けられなくなり、離職する可能性が高まります。
そして、上記のように負の連鎖に陥ります。
こういった負の連鎖に陥らないように、部下の離職を繰り返し経験しても、部下の指導が疎かにならないように心がけることが重要です。
と、こうやって書くのは簡単ですが、これはいざやるとなると大変なことです。
上記のような経験をされた方は、それがいかに大変なことかはおわかりになるでしょう。
今、多くの会社がこういう状況に苦しみ、現場の上司は悪戦苦闘を強いられています。
しかし、結局最後に勝つのは、それでも諦めずに部下と関わり、部下を定着させ、育てることができた会社です。
なぜ部下は離職するのか
では、そもそもなぜ部下は離職するのでしょうか。
「離職する」という行動の背景には「辞めたい」という心の動きがあります。そして、その心の動きに影響するのが欲求です。
会社で働くのもその欲求を満たすためであり、この会社で働いても自分の欲求は満たされないと思うと「辞めたい」と心が動き、「離職する」という行動に出ます。
そのため、離職を防ぐには社員が抱く欲求を満たし、「辞めたい」という心の動きを生じさせないことが必要になります。
では、社員はどのような欲求を持っているのでしょうか。
欲求の分類でいえば、マズローの「欲求段階説」が有名ですが、アメリカの心理学者クレイトン・アルダファーは、欲求段階説を発展させた「ERG理論」を提唱しました。
ERG理論では、人間は「生存欲求」「関係欲求」「成長欲求」という3つの根源的な欲求を抱くとしています。
生存欲求とは、安心・安全に生きていきたいという欲求です。
関係欲求とは、良好な人間関係を築き、人から認められたいという欲求です。
成長欲求とは、苦手を克服し、創造的、生産的でありたいという欲求です。
また、人間の欲求は「私欲」と「公欲」に分けられます。
私欲とは自分がいい思いをしたいという欲求です。ERG理論の生存欲求、関係欲求、成長欲求はいずれも私欲に含まれます。
一方、公欲とは人に喜んでもらいたい、人や社会の役に立ちたいという欲求です。
仕事でお客様や上司・部下に喜んでもらえたり、仕事に社会的意義を感じたりすることで公欲が満たされると、仕事にやりがいや誇りを感じます。
部下もこの4つの欲求を抱いており、会社や上司に対して次のように欲求を満たしてほしいと望んでいます。
・生存欲求→健全な労働環境のもとで十分な給料を払ってもらいたい
・関係欲求→良好な人間関係の中で働きたい、自分のことを認めてもらいたい
・成長欲求→成長の機会を提供してもらいたい
・公欲→仕事を通じて人を喜ばせたい、社会の役に立っている実感を得たい
このうちのどれか1つでも満たされなければ、それが離職の要因となります。
そしてどの欲求が強いかは、部下によって異なります。
4つの離職の要因を把握し、必要な対応をとる
例えば、負担を軽くする、優しく接するという関わりは関係欲求を満たすには良いですが、部下が成長欲求が強く、厳しい環境でより多くの仕事をこなして早く力をつけたいと思っている場合、その関わりでは物足りなくなり、離職することがあります。
また、昇進すると部下の管理が必要になり、上司からの圧力もより強くなるため、人間関係のストレスが増えやすいものです。そのため、人間関係のストレスを抱えたくないという関係欲求を重視する人は、昇進がきっかけで離職するケースがあります。
そのため、離職を防ぐには、まず離職の要因となる要素としてこの4つがあることを理解したうえで、この部下はどの欲求が強いのかを把握し、その欲求を満たす関わりを行うことが必要です。
私はこういった離職の心理と対応に関する指導をしていますが、離職率55%の会社で離職者がゼロになった事例や離職率40%超の部署で離職者がほぼ出なくなった事例など、数多くの成功事例があります。
これを機に離職の心理を理解し、然るべき対応をとることで、上記のような負の連鎖が生じないよう、心がけていただければと思います。
(藤田 耕司 : 経営心理士、税理士、心理カウンセラー)