貯金ゼロ、年老いた両親を抱え、結婚もあきらめた…37歳「介護職の男性」の苦悩

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相互扶助に基づく社会制度として2000年4月に始まった介護保険は、当時は画期的な政策として注目を浴びていた。

それまでは税金を財源に国が介護者を支援する「公助」であったものの、きたる超高齢化社会に向けてその一部が民間に渡され、介護や福祉の基礎がない人が”ビジネス感覚”で施設を経営。一部の施設内での入所者への虐待や長時間労働が多発し、後を絶たない。

加えて現在は、ヤングケアラーの存在や、介護離職、介護難民、また、50代の無職の子どもの生活を80代の親が支える8050問題も顕在化されており、介護をめぐる様々な問題がいまだ山積している。

父親の脳梗塞をきっかけに実家に戻った介護職の男性、カズさん(仮名・37)の務め先もあまりにも劣悪な労働環境だった。長時間労働は当たり前、ミスを自分のせいにされたり、業務日誌に正確な情報を書かない同僚など、目に余る行為に頭を悩ませていた。

30時間も無休で働く日々

それでも8年間、その施設で働いた。が、あまりにレベルの低い人間たちと同じ場所にいるのは嫌だと感じて退職。高校時代の友人が「あそこは評判がいいよ」と紹介してくれた別の施設で働くことになったのだ。それから7年が経つ。

「今の施設の従業員の質は高いほうだとおもいます。まず、トップが従業員も入所者も大切にしてくれる。他の施設で働く同業者の知り合いとも話しますが、まあ……かなりましなほうだと思うんです。それでも無給労働はありますけどね。タイムカードを押してから1時間や2時間の残業をするのが暗黙の了解になっているんです。

文句を言う人は誰もいません。僕も……言いたいけれど、我慢するしかないと思ってきました。だけど最近、不満が募ってきたんです。だっておかしいですよね。毎月30時間以上は無給なんですよ?」

毎月の給料は手取りで25万円。無給残業があるから副業をする暇もない。70歳になり仕事を引退した父と、最近は膝や股関節が痛くて病院通いが続いている67歳の母との三人暮らし。年老いた両親の未来は、カズさんの肩にかかっている……。

「おまけに実家は僕が小学生の頃に両親が購入した築20年の中古物件で、もう、自分がこの先もここにずっと住み続けるなんて考えられないくらいボロボロです。こんな現状を目の当たりにすると、お給料をちゃんともらわないとなあと真剣に考えてしまいます」

なるほど、大変な状況なのはとても理解できる。会社が悪い。でも、これまでカズさんは実家住まいなのだから、家賃その他の経費はかからないのではないか。それなりの蓄えはできるはずだ。

「それが……これは僕が悪いのですが、恥ずかしながら、貯蓄はほぼゼロなんですよ。実家に住んでいるわけだから、毎月3万円から5万円くらいは母に渡してきました。

でも残りは実は……パチンコとか、彼女のいない時代は風俗通いで憂さをはらすのに使っていました。このままじゃいけないと思って株に手を出しては損をして……。

2年前にインスタを通じて知り合った彼女ができたんですが、その子、3歳年下で隣の県に住んでるんですね。会えるときは気張っていいホテルをとったり、豪華な食事をしてしまって……ひさしぶりに彼女ができてがんばっちゃって。

それに彼女は働くのが好きではなくてバイト生活らしいんです。結婚したら専業主婦になりたいみたいなのですが、今の僕には彼女を養っていく稼ぎもお金もない。お金があればプロポーズするのになあという感じなのです」

女性入所者からの「2つのハラスメント」

カズさんが20代のころは、人生設計なんて考えたことがなかったそうだ。まじめに働いてはいたし、“このまま、まじめに働いていれば報われる”と信じてきた。でもその一方で、長時間労働の憂さをお金で晴らしてきてしまった。労働に疲れ、お金はない。最近は、自分の人生の今後に不安ばかりがつのると言う。

「実は父もギャンブルとお酒が好きで貯蓄があまりないんです。おそらく毎日賭けかお酒かです。男ってそんなもんなのかなあと昔は思っていましたが、今となっては、頼むから自分の老後資金くらい自分で用意しておいてよと。

もちろん、育ててもらって感謝していますよ。でもまさか、両親の老後資金をほぼぜんぶ背負うなんて思ってもいなかった……結婚どころではありません」

そしてもうひとつ。この1年くらい、職場ではカズさんを憂鬱にさせる出来事が続いている。

「施設の入所者からのハラスメントです。いえね。認知症になると怒りっぽくなるのはわかっています。でも度をこして怒鳴りつけてくる老人が増えてきてると思うんです。特に男性に多いのですが、食事やお薬を提供しに行くと、僕の手をばーんとはらってきて、“このばかやろう!!”なんて言う男性がいるんです」

女性の入所者からも、2つのパターンのハラスメントを受けている。

「女性の場合は、私が食事を持っていったりすると、“男性はいやなのよね! 女性にして、女性に!!”とヒステリックに大きな声で言ってくる人がいます。そう言われても、こちらもシフトに従って仕事をしているわけでね。僕だって、相手が女性だと余計に気を使うので、本当は男性ばかり相手にしていたいですよ。

一方、僕の手を握ってくるおばあちゃんとかいて、これはこれでセクハラっていうか、嫌ですよね。コールがあって駆け付けると、口紅をつけたおばあちゃんがね、“具合が悪いのよ、ここにいてくれる?”って手を握ってくるんです。

“私、あなたみたいな子が好みなのよ”って見つめてきて、つかんだ手にぎゅーっと入れて離さないんです。なんとか手をほどいて“すみません”って逃げましたけどね。3人のおばあちゃんからそんなことを何度もされました」

「本人だけのせい」とは言えない

このハラスメント事情も、カズさんを悩ませる大きな理由の一つだ。仕事を辞めたいのか、違う仕事に就きたいのか? 結婚やご両親のことはどう考えているのか。

「本当にもう、どうしていいのかがわからない。職場の状態も改善するとは思えない、上司に訴えたりしたら居辛くなるだから何も言えない。いまさら違う仕事に転職するのも難しそう。両親も高齢になってきていて、そろそろ介護が必要になるかと思うと、うんざりしてきてね。

考えると頭が痛いので、なるべく考えないようにしていて、家には寝に帰る程度なんです。彼女とは会いたいですが、結婚は無理かと思うと、LINEする回数もどんどん減ってきていますね。どうしよう。どうしていいのかわからないんです」

カズさんは、さまざまな悩みが絡みあって、本当に疲弊している様子だった。そして思うのだが、こうした男性は現在は意外と多いのだろう。かつてよりひとりっこが多い時代だ。物価高のなか景気も悪い。自分ひとりのお給料だけでは両親の老後と妻や子どもも養うことが不可能な時代になってきている。

自力でなんとかできるところもあるかもしれない。ついギャンブルや風俗に逃げて貯蓄できなかったのは本人のせいかもしれない。だけど、それを差し引いても、なんともできないところもあるだろう。

なんとか、今の働き盛りの世代が、普通に働けば普通に暮らせる社会になってほしいものだと、つくづく感じる取材であった。

多くの人の生活を支える「大事な仕事」ほど給料が安いという「厳しい現実」