アメリカのヒップホップ界を代表するラッパーおよびプロデューサーであるショーン・コムズ被告が引き起こした「ディディ事件」。一体何が起きたのか、改めて事件の全容を振り返る。

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アメリカのヒップホップ界で最も有名な「ディディ」ことショーン・コムズ被告が大変な騒動を巻き起こしている。

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保釈金なしの状態で拘留中

10億ドル規模ともいわれるビジネス帝国を築き上げてきた世界を代表するエンターテインメント界の大物で大富豪のディディは、これまで豪華な生活を謳歌(おうか)してきた。豪邸に暮らしながら欲望にまみれた生活を送ってきたディディが今、犯罪者として追い込まれ、現在はニューヨーク州の拘置所で保釈金なしの状態で拘留されている。


成功を欲しいままにしてきたディディにいったい何が起きたのか。

元恋人による「閲覧注意」の訴状

ディディの「帝国」を崩壊させる大きなきっかけとなったのは、ディディについてとんでもない疑惑を訴えた女性歌手のキャシー・ベンチュラだった。

2023年11月、10年にわたってディディと交際していたベンチュラは、ディディから殴る蹴るの暴行を加えられ、違法薬物を強制的に摂取させられたうえで性的暴行を受けたと主張。さらに、何日にもわたって男性娼婦らと性行為を強要され、それを撮影されたと訴えたのである。彼女が提出した訴状を見ると、その内容があまりに過激なために、赤い文字で「閲覧注意」の注意書きが加えられているほどだ。

ディディはこの疑惑を激しく否定。すると、訴えが起きた翌日にはディディとベンチュラは訴訟を「和解」で解決した。

ただ、ディディの悪行は以前から彼の周辺ではよく知られていた。ディディの私生活が異常であることは長らく“公然の秘密”だったのだ。ディディは「パフィー」というニックネームでも知られているが、その名前の由来は、彼が短気で、怒りっぽい性格というところから来ている。激怒すると、ふーっと息を吹き出す(そういう動作を英語ではPuffと言う)クセがあるからだという。

そんな証言に加え、元彼女からの告発もあり、ディディを取り巻く環境は雪崩のごとく崩れていった。

ビジネスパートナーだった男性も「性的暴行」の被害を主張

ベンチュラとの和解からすぐ後に、今度は別の被害者とされる2人が訴訟を起こしたのである。まず、ディディのミュージックビデオに出演したことをきっかけに仲良くなった女子大学生が、1991年にディディから薬物を盛られて性的暴行を受けたと主張。しかもディディはその様子を撮影し、他人に見せていたという。

さらにその告訴の翌日には、同時期に当時16歳だった女性が、ディディと仲間の歌手に酒を飲まされ、性行為を強要されたと訴え、また別の日にも、非常に暴力的な性行為を強いられたと主張した。

ディディはこうした疑惑を真っ向から否定。ディディの弁護士も、金銭目当ての言いがかりに過ぎないと表明していた。

ところが、2024年2月にディディと長らくビジネスパートナーだった男性が、自身もディディから性的暴行を受けたとを訴え、連邦民事不正行為でも訴訟を起こす。ディディが違法な銃を振り回し、スタッフやゲストに定期的に薬物を盛り、未成年の少女を含む男女に無理やり性行為を行っていたと激白する事態になった。

その後もディディの成人した息子なども巻き込み、いくつもの性的暴行に絡んだ訴えが続いた。

1000本以上のベビーオイルとローション

2024年3月には、国土安全保障省の捜査チームが、カリフォルニア州とフロリダ州にあるディディの邸宅を、重武装で家宅捜索に入ったことが世界でも大きく報じられる。大物ラッパーの自宅をSWAT(スワット)チームのような捜査員らが急襲した映像は世界中で取り上げられ、衝撃を与えた。

家宅捜索では、大量の違法薬物と、違法改造AR-15ライフル(足が付かないよう製造番号などがないもの)が5丁、さらに1000本以上のベビーオイルとローションなどが押収されたことが明らかになっている。

5月になると、またディディのショッキングなニュースが報じられた。アメリカのケーブル局・CNNがニューヨーク州にあるホテルの監視カメラの映像を独占入手し、公開したのだ。そこには、腰にタオルを巻いた半裸のディディが、ホテルの廊下で元恋人のベンチュラを暴行する様子がはっきりと写っており、これまでのディディの暴行疑惑を裏付けるものとなった。

これまで強気だったディディもこれには観念し、「あのビデオの私の行動は許しがたいものだ(中略)セラピーを受けた。リハビリ施設に入らなければならなかった。神の慈悲と恵みを求めなければならなかった。本当にごめんなさい」と、反省を語った動画を公開するに至った。

9月に入り、ディディは、ニューヨーク州で国土安全保障省の捜査官によって逮捕された。その時の様子を写した動画も出回り、ディディ側は怒り心頭だと言うが、もはや弁明もできないレベルになっている。

人身売買および組織犯罪の容疑で起訴されるに至り、逃亡や証拠隠滅の恐れがあるとして今も保釈されないまま拘留されている。

加えて今後、アメリカの弁護士がディディに対する120件ともいわれる訴訟を準備している。

ディカプリオ、ビヨンセ……疑惑が浮上する大物関係者たち

さらにディディの問題では、彼と交流のあったさまざまな有名人の名前も取り沙汰されており、アメリカのメディアで注目されている。例えば、ディディのパーティに参加していた写真が浮上した俳優のレオナルド・ディカプリオや、ラッパーのジェイ・Zと妻で歌手のビヨンセ、俳優のアシュトン・カッチャー、タレントのパリス・ヒルトンらの名前も挙がっているのだ。

歌手のアッシャーはディディの家に居候をしていたこともあるようで、性的暴行の被害を受けた1人であるとの証言も出ており、今回の騒動を受けて、過去のSNSの投稿を削除しているのが確認されている。またジャスティン・ビーバーもディディと関係が深いが、彼もディディらによる性的暴行の被害者だという話も浮上している。

ディディが日常的に行っていた「フリークオフ」という乱行パーティでも、薬物疑惑や暴行疑惑が渦巻いていて、さらにいろいろな話が飛び出す可能性もある。アメリカのメディア界も目が離せない状況が続いている。

今後、この騒動がどう展開していくのかは予測不能だが、少なくとも、ディディが謳歌してきた「宴」はもう完全に終わってしまったと言えそうだ。

この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
(文:山田 敏弘)