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 プロ野球ドラフト会議が24日、都内のホテルで行われ、西武、巨人などで歴代5位の525本塁打を放った清原和博氏(57)の長男、慶大・正吾内野手(4年=慶応)は育成枠でも指名されなかった。

 35社約60人の報道陣が集結した慶大に吉報は届かなかった。支配下だけでなく、育成での指名もなく2024年のドラフトの幕が下りた。

 ドラフト会議開始から約3時間半。育成ドラフトが終了しても名前は呼ばれず、父と同じ道に進むことはできなかった。先月、プロ志望届を提出した際には、指名漏れの場合について「そこまでは本当にまだ(考えてない)です」と語っていたが、本人の失意は計り知れない。

 ドラフト終了後に取材に応じた慶大・堀井哲也監督は、清原の進路については、「本日のドラフトで指名がかないませんでした。そういう結果になりましたので、本人もその現実を受け止めて、今日は皆さまの前で本人がごあいさつすることはありませんので私が代わりに、そういう状況と皆さまへの御礼を一言ごあいさつさせていただきました。本人の今後、今の気持ち、まだシーズン中ということで、まずはリーグ戦に集中したい。その先のことはまだ決まっていないと申しておりました。これは雑談の中の話ですが、そのようにご理解いただければ」と11月9、10日に予定されている早慶戦後にも改めて話を聞きながら決める意向を示した。

 本指名では、11球団が6巡目までに選択終了を宣言し、最後の球団となった西武。そして、しばらく時間がたった後に7巡目の指名選手がコールされた。「古賀輝希」。そして8巡目には無情の「選択終了」。支配下で「清原正吾」の名がコールされることはなかった。

 異例のルートからの挑戦だった。小3からオール麻布で野球を始めたが、中学ではバレーボール部、慶応高ではアメリカンフットボール部に所属。ブランクを経て、慶大では硬式野球部に入部した。高校野球未経験の逆境でありながら、2年秋の早慶戦で代打でリーグ戦デビュー。今春のリーグ戦では「4番・一塁」のレギュラーを獲得し、一塁手のベストナインを獲得。さらに6月には侍ジャパン大学日本代表の候補選手となる東京六大学野球連盟の推薦選手20人に選出された。

 また、8月には東京六大学選抜メンバーとして日本ハム2軍のプロアマ交流戦で対戦。左越え2ランで猛アピール。今秋は打率.200ながら、リーグ戦初本塁打を含む2本のアーチを放っていた。

 ◇清原 正吾(きよはら・しょうご)2002年(平14)8月23日生まれ、東京都出身の22歳。小3から「オール麻布」で野球を始め、中学はバレーボール部、慶応高ではアメリカンフットボール部でタイトエンドとして活躍。弟の勝児は慶応(神奈川)で昨夏の日本一に輝くなど2度の甲子園出場。1メートル86、90キロ。右投げ右打ち。