自民党総裁選のときは選択的夫婦別姓に前向きだった石破首相だが、就任後は姿勢を一転させた(撮影:JMPA)

「選択的ということなんだから、それを否定する理由はない」「(議論の)期限は切ってもいい」

石破茂首相は9月の自民党総裁選期間中、出演したテレビ番組で選択的夫婦別姓について、こうコメントしていた。

しかし10月7日の衆院本会議の代表質問では、意見を一転させた。「国民の間にさまざまな意見があり、政府としては国民各層の意見や国会における議論の動向などを踏まえ、さらなる検討をする必要がある」と、これまでの政府が繰り返してきた、従来の見解を述べるにとどまった。

経団連と国連が“苦言”

「正直、残念だ」と漏らすのは、「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」の共同事務局長を務める三宅伸吾議員。同議連には、石破首相も名を連ねている。総裁選の決選投票では、制度導入に反対の高市早苗氏と石破氏が争った。「(石破氏が)選択的夫婦別姓の導入に賛成であることが投票の理由の一つだった議員もいたはず」と三宅氏は指摘する。


9月の自民党総裁選で高市早苗氏は、選択的夫婦別姓制度に否定的な姿勢を見せた(撮影:JMPA)

石破首相の慎重姿勢を、苦戦が予想される衆院選前に保守層を意識した安全運転と見ることはできる。ただ選択的夫婦別姓に反対する自民党への圧力は、確実に高まっている。

6月には、自民党に強い影響力を及ぼしてきた経団連が選択的夫婦別姓の早期実現を求める提言を発表した。政府が推進してきた旧姓の通称使用について、「女性活躍が進むほど通称使用による限界が顕在化するようになった」と明示した。

経団連ソーシャル・コミュニケーション本部統括主幹・大山みこ氏は「女性経営者だけでなく、男性を含む幅広い層から『よくぞ言ってくれた』という反響が多く届いた」と話す。

自民党支持層の6割超が、選択的夫婦別姓の導入に賛成とした世論調査もある。

地方議会では、選択的夫婦別姓の議論や実現を国会に求める意見書が続々と可決されている。選択的夫婦別姓・全国陳情アクションによると、2015年に最高裁で夫婦同氏規定は合憲だとする判決が下される前に可決された意見書は50件だったが、2024年10月時点で426件以上になった。

もはや国内にとどまらず、国際社会からも答えを求められている。

10月17日に国連女性差別撤廃委員会は、日本に対する対面審査を8年ぶりに実施。夫婦同氏を法律で義務づけている国は日本だけであり、委員会は民法の同規定を「差別的な規定」として、2003年、2009年、2016年と3回にわたり民法を改正するよう改善勧告を出した。が、これまで政府は対応を取ってこなかった。

今回の審査でも国連の委員は「(夫婦同氏制度に関して)女性の生活に悪影響を及ぼしている」など厳しく指摘。これに対して日本政府の代表団は「家族のあり方に関わることから、より幅広く理解を得る必要がある」「旧姓使用の拡大に努めてきた」などこれまでと同様の回答を繰り返すのみだった。

国連は勧告を盛り込んだ最終見解を、10月中にも発表する見通しとされる。

「党議拘束」外すよう求める声も

こうした動きを受け、自民党も重い腰をあげて動き始めている。7月には党内の氏制度のあり方に関する検討ワーキングチームが3年ぶりに会合を開いた。

「まずは議論の座敷がなければ始まらないので、(ワーキングチームの再開は)良い動きだ」(三宅議員)。強硬な反対派議員は少数とされるが、ほぼ賛成しながらも新制度で子供の姓がどう扱われるのかを見極めたい議員もいるという。

三宅議員は「議論を尽くして自民党内で満場一致とするのが望ましい。ただ、議連を立ち上げて3年が経っており、法案採決の際に(政党の決議に従って投票するように所属議員に義務付ける)党議拘束を外すことに関してもそろそろ議論をすべきだ」と話す。公明党とほとんどの野党が制度の導入に賛成しており、自民党が党議拘束を外せば法改正が実現する公算だ。

今回の衆議院選挙の結果自体が、夫婦別姓制度の導入時期に大きな影響を与える可能性もある。

各情勢調査によると、自民党は議席数を減らし単独過半数の維持は微妙と見られている。自民党・公明党の与党で過半数を確保できるかが攻防ラインとなっている。

9月30日に自民党と公明党によって交わされた連立政権合意書では「選択的夫婦別姓」に関して明記されず、公明党は制度の導入推進を衆院選の選挙公約に掲げている。もし自民党が単独過半数を割った場合、公明党や野党が法案で一致すれば、自民党内の議論を待たずに選択的夫婦別姓の導入が実現する可能性がある。

どう家族の関係は変わるのか

法改正に向けた環境が整いつつある中、家族のあり方と氏の関係をどう整理すべきか。

社会学者で文教大学専任講師の中井治郎氏は、「戸籍制度はイエ制度の下で出来たが、(氏の問題は)今やイエ制度ではなくジェンダーの問題となっている」と分析する。従来は家名の存続が一番の目的で、長男以外の男性は養子に出されるなどして姓を変えることも珍しくなかった。「今は『男の姓を残す』という価値観にスイッチしている」(中井氏)。

さらに「学校や会社の人間関係が流動的になる中で、安定してみえるものが家族であり、姓が情緒的な結びつきのシンボルになっている。選択的夫婦別姓の実現は不可避だが、社会として夫婦別姓の選択肢を迎える準備が必要だ」と指摘する。

結婚に際し95%もの女性が改姓しており、アイデンティティの喪失感や日常生活におけるさまざまなトラブルといった不利益が女性に偏っている。長年放置されてきたこの現状を変えることが、固定的な性別役割分担意識からの解放や、家族のあり方や生き方を自ら選択できる社会の実現につながる。

今年3月に始まった第3次夫婦別姓訴訟は、最高裁での判決が出るまでに3〜5年かかるとされている。立法府である国会が本来の責任を果たせるか。「いつまでも引き延ばすことはしない」と明言した石破首相には、強いリーダーシップが求められている。

(田中 理瑛 : 東洋経済 記者)