授業料の高い私立大学に子供を一人暮らしで通わせることに抵抗を覚える親がいる。東大生ライターの布施川天馬さんは「偏差値の高い大学はその分平均生涯年収も高い傾向にある。高い学費や一人暮らしの生活費の元もすぐに回収できるので、多少無理してでも通わせたほうがいい」という――。
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■「私学は無理」「実家から通える大学へ」の誤解

2024年9月10日、東京大学が学費値上げを正式に発表しました。従来は53万5800円でしたが、来年度入学者から64万2960円となります。4年間合計で42万8640円値上がりする計算です。

とはいえ、たった40万円の値上げが東京大学から人々の足を遠ざける要因とはならないでしょう。国内でも最高峰の研究が行える大学であり、卒業生の進路も輝かしいものばかりだからです。

私は全国の高校生に進路講演を行っていますが、学生や親御さんから「私学は無理」「実家から通える大学じゃないと厳しい」といった家庭の方針が聞こえてくることがあります。確かに、事情は家庭によって様々でしょう。

ですがこのロジックは、金銭面に絞れば、「進学にかかる諸経費」と「生涯賃金の上昇幅」を比べて、前者が後者を上回らなければ成り立ちません。進学に1000万かかっても、生涯年収が1000万円以上アップするならば、「多少無理しても進学すべき」と結論付けられます。

■東大なら余裕でおつりが返ってくる計算

労働政策研究・研修機構の「ユースフル労働統計2022」によれば、男性の生涯年収平均は中学卒で1億9000万円、高校卒が高専・短大卒と並び2億1000万円、大学・大学院卒で2億6000万円。女性は中学卒、高校卒共に1億5000万円、高専・短大卒で1億7000万円、大学・大学院卒で2億1000万円とされます。

一方で、東京大学卒業者の平均生涯年収は、コンサルティング会社AFGの推計によれば、4億6126万円と2億円以上の差があります。

単純な年収の差だけで考えれば、仮に東京に下宿しつつ東大に通うとしても、余裕でおつりが返ってくる金額。東大卒だと20代新卒で年収600万円、700万円をもらえるケースもあり、早ければ30代に達する前に投資額を回収できます。

今回は、日経転職版が明らかにする「それぞれの大学卒業者の平均生涯年収」のデータを基に、「どのレベルの大学から無理をしてでも通うべきか」を考えます。

■早慶出身者は生涯年収で平均より1億円以上稼ぐ

○早稲田・慶應義塾大学

日本で最もレベルが高く有名な私立大学の早稲田大学と慶應義塾大学。学費の高さも折り紙付きな一方で、卒業生の生涯年収も非常に高いことで知られます。日経転職版の2023年度版年収調査による早慶出身者の20代、30代、40代、50代の平均年収額は以下の通りです。

このデータ通りの数字がもらえるのであれば、早稲田大学、慶應義塾大学ともに3億と数千万円の生涯年収はもらえる計算になります。平均の生涯年収と比べて、大卒男性では8000万〜1億円、大卒女性では1億円以上の差があります。

では、進学にかかるコストを考えます。なるべく安く東京都内で下宿する場合、入寮が現実的です。寮費はまちまちですが月額6万〜8万円程度が相場のようです。安い寮の場合は食事が付かないケースもあり、追加で食費が2万〜3万円程度かかります。

また、通信費や交通費も考慮すれば、さらに上乗せされます。基本的な生活費は12万〜15万円程度とみるべきでしょう。ここでは、間をとって13万5000円で生活できると考えます。4年間の生活費合計は648万円。

■4年制で1500万円程度かかっても、年収上昇分で回収

学費は学部によってまちまちなので、最高額を考えます。早稲田大学の場合、先進理工学部の188万7000円(入学金含む)が最高。2年目以降は入学金20万円がなくなるので、664万8000円が学費の合計金額です。

慶應義塾大学の場合、6年制の医学部、薬学部とそれ以外の学費に大きく差があるので、分けて考えましょう。4年制学部で最高額は薬学部薬科学科で、初年度229万3350円、次年度以降209万3250円。学費合計は857万3100円です。6年制学部で最高額は医学部で初年度390万3350円、次年度以降370万3250円。合計額は2241万9600円です。

生活費と学費を足し合わせた最高額は、早稲田大学の場合1312万8000円。慶應義塾大学の場合4年制学部で1505万3100円、6年制学部で2889万9600円となります。高額ではありますが、大学卒業による年収アップ効果を考えると、十分投資額に見合ったリターンが得られると考えられます。

■4年間の出費は痛いがそれ以上にリターンがある

○MARCHレベル

では、MARCHレベルではどうでしょうか。日経転職版の調査による大学の全世代平均年収と年代ごとの平均年収は以下の通りです。

2023年版では一部ランク外だった中央大、法政大については2022年度のデータで補ってあります。法政大学を除き、おおむね予想生涯年収は3億円程度。大卒男性の平均より3000万〜4000万円程度、女性の平均よりも8000万〜9000万円程度上昇します。

これら5つの大学群は東京に存在するので、生活費は先述したものと同様とします。明治大学、青山学院大学の学費はほぼ同じで、最高額が年間110万円程度、最高額は明治大学国際日本学部の約115万円でした。

立教大学、中央大学と法政大学の学費は他大学よりも高く、安くて120万円程度、最高額が立教大学グローバルリベラルアーツプログラムの年間約190万円。4年間の学費の合計は、前者の大学群で500万円、後者の大学群で780万円といえるでしょう。

これらをあわせると、MARCHクラスの大学群に進学するなら、生活費と併せて1200万〜1500万円程度の出費を覚悟しなくてはいけません。とはいえ、これらの大学群へ進学する金銭的メリットがまだ上回ります。MARCH進学希望者は、多少無理をしてでも目指したほうが最終的にはプラスになりそうです。

■関西は東京圏より生活費が安く抑えられる

○関関同立レベル

関西の名門私立群である関関同立ではどうでしょうか。日経転職版の調査による全世代平均年収と世代別平均年収は次の通り。

全体的に2023年度データのランク外である場合が多く、2022年度のデータで補わざるを得ませんでしたが、同志社大学だけは2023年度版のデータのみで推定生涯年収が約3億円と推計できました。前項で検討したMARCHのどこよりも推計生涯年収は高く、年収だけで考えるのであれば、有望な進学先です。

次にコストについて、生活費から算出します。これらの大学では学生寮の相場が3万円から5万円程度でした。東京よりも2万〜3万円程度安く住める計算です。ここでは毎月10万円程度で下宿できると考えます。生活費は4年間で約500万円としましょう。

立命館大学以外の3大学の学費については、およそ110万円から170万円程度で共通しており、一番高額なのは関西大学システム理工学部の178万円。立命館大学だけは学費が高く、一番高額なのは6年制の薬学部薬学科で239万6800円、4年制で一番高額なのがグローバル教養学部の230万円。この場合、学費の合計額は720万〜920万円となります(6年制薬学部を除く)。

ですから、関関同立に下宿しながら通った場合のコストは、1200万〜1400万程度となるでしょう。

先ほどの年収データと合わせると、同志社大学に通う場合は十分コストを回収できます。関西大学、関西学院大学、立命館大学についても、データ不足であることを加味しても、ギリギリプラスになると考えられます。ただし、金銭的なメリットを追求して関関同立に進学するならば、同志社大学を選ぶべきでしょう。

■「国公立安定神話」は健在

○それ以外の大学群

いわゆる「旧帝大」と言われる大学群や、筑波大学、横浜国立大学、神戸大学などの国公立大学についてもランクインしている大学がありました。ですが、国公立に関しては、基本的に行けばプラスになるケースが多いと考えられます。

国公立大学の学費は、多くても64万2960円。4年間で257万1840円です。私学2年〜2年半分の学費で4年間通えるのは非常に強みで、コストが300万〜400万円程度減ります。さらに、国公立大学のネームバリューは地元で強い場合が多く、就職も安泰です。

参考までに、いくつか有名国公立の年収データを出しました。

どこの大学に通うとしても、コストは多くて1000万円ほど。一橋大・神戸大・横国大・筑波大のどこであろうとMARCH上位学部〜早慶クラス並みに稼げる割に進学コストは不相応に低く、やはり「国公立安定神話」は崩壊しないと思わされます。

■下宿してまで通う価値のある大学とは

私学については関東だと「成成明学」「日東駒専」、関西では「産近甲龍」と呼ばれる大学群があります。これらについては本稿が参考にしている日経転職版のランキング外であることが多く、正確な計算はできませんでした。

そこで、各年代の最低金額で生涯年収を推計してみたところ、多くても2億7000万円を切りました。女性の平均年収よりは大きいですが、男性の生涯年収とは1000万円程度しか変わらず、大きな年収上昇効果は得られません。

金銭的なメリット追求のみで選ぶなら、地元の大学や国公立大学に進学したほうが、大きなコストパフォーマンスを得られるでしょう。言い換えれば、「下宿してまで通うべき私立群は、上述した大学群でギリギリ」ともいえます。

■大学を選ぶ基準は「お金」だけではない

もちろん、金銭的なメリット以外にも大学進学の動機はありますから、これらの大学群に進学する利点が一切ないというわけではありません。これはあくまで、大学進学に伴う生涯年収の上昇幅のみに論点を絞った考え方です。その一方で、大学全入時代と言われる現代では、将来的なキャリア形成のために進学先を決めるケースも多々あります。その決定要因の一つに生涯年収のアップ率を考えるのも自然なことだといえます。

金銭的利益を追求するならば、安定的な選択肢はやはり国公立。私学の場合は関東ならMARCHクラス以上、関西なら関関同立以上に進学すべきといえそうです。

親にとっては私学よりも国立のほうが進学ハードルが低いのは間違いなく、「家から通える国公立に進学してほしい」と願う親たちはこれからも絶えることはないでしょう。逆を言えば、先ほど挙げた大学群以外を目指すのであれば、金銭的メリット以外で進学動機を探すべきと言えるのかもしれません。大学の4年間のコストではなく、長期的なメリットを見据えて進学先を探すように、親子で話し合ってはいかがでしょうか。

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布施川 天馬(ふせがわ・てんま)
現役東大生ライター
世帯年収300万円台の家庭に生まれ、金銭的余裕がない中で東京大学文科三類に合格した経験を書いた『東大式節約勉強法 世帯年収300万円台で東大に合格できた理由』の著者。他にも『人生を切りひらく 最高の自宅勉強法』(主婦と生活社)、『東大大全』(幻冬舎)、『東大×マンガ』(内外出版社)、『東大式時間術』(扶桑社)などがある。
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(現役東大生ライター 布施川 天馬)