「孫と住むよりペットを飼え」…愛犬を失った、孤独な高齢者に起きた「深刻な変化」と「愛犬のその後」

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ペットを飼うことで性格が社交的に

人嫌いで気難しい性格の美恵子さん(82歳)が、捨てられた子犬・ハルを育て始めてから心身に大きな変化が生じた。廃用性症候群の進行が抑えられ、性格が社交的になってきたのだ。

前編記事「「このことは誰にも言わないで」…看取り医が驚いた!ペット禁止の市営住宅で捨て犬を飼い始めた、孤独な高齢者に起きた「身体の異変」」よりつづきます。

人生のパートナーとなった愛犬・ハルの存在は、どんな薬よりも彼女の精神や身体を活気づけた。陰気で寂しそうな表情は鳴りを潜め、デイサービスでは他人と笑いながら話すようになり、人前でカラオケまで歌うようになったのである。ついには、

「先生、私、リハビリがしたい」

と言い出すまでになった。理由はハルのためである。美恵子さんにとって歩くのは大変な運動だった。子犬を抱えて外に出るくらいはできても、散歩に連れていけるほど足腰は強くなかったのである。そのため、これまではハルを通して知り合った御近所さんが、ハルの散歩の代行をしていたが、美恵子さんは「ハルを連れて散歩に行ける状態になる」と目標をたてたのだ。

以前の性格を知っている我々は、美恵子さんがリハビリを志願する日が来るとは誰も想像しておらず、前向きになった状況を歓迎した。ところが、ここで事件がおきる。

美恵子さんとハルは引き離された

それはリハビリ初日に起きた。理学療法士が美恵子さんをベッドに腰かけさせて施術を開始したところ、美恵子さんが襲われていると勘違いしたのか、あるいは嫉妬したのか、理学療法士に激しく吠えて、襲い掛かってしまったのだ。

まだまだ子犬のため大事にこそ至らなかったが、初日のリハビリは中止。そして「ハル襲撃事件」は市営住宅の管理者にも伝わることとなり、その存在が知られてしまったのである。

結果、どういう経緯があったかわからないが、ハルは市営住宅のルール通り、市の担当者が「どこかに連れ去ってしまった」という。

ペットの飼育禁止は絶対的なルールのため致し方ないとはいえ、美恵子さんの心は大ダメージを受けた。その日から美恵子さんは以前の生活に逆戻りしてしまい、処方薬も飲まず、食事もあまり摂らず、家に引きこもってしまったのである。

「ペットロス症候群」が本当に辛い理由とは

もはや彼女の状態は3年前にお会いした頃よりも悪化し、

「役所に私のハルちゃんのことをチクったのは、先生、アンタだろう」

と妄想妄言がではじめ、「楽に死ねる薬をちょうだい。はやく死にたい」とうつ症状も現れてしまった。

これに診断名をつけるとしたら「ペットロス症候群」に違いない。正しくは、この状況が半年以上持続することが基準となってくるが、ハルと一緒に暮らすことで溢れていたオキシトシンを含む、いわゆる“幸せホルモン”が、ペットと離れたことで一気に体内から枯渇して、深い喪失感や悲しみに包まれてしまう状態だ。

他にもコルチゾールやセロトニン、ノルアドレナリンなどのバランスも崩れやすくなるため、うつ病にもなりやすい。最近、職場のスタッフにも「親の死は乗り越えたが、ペットの死は受け入れるのが難しかった」という人がいたが、対症状的に内服を使用したり、行動療法を行っても、「ペットロス症候群」の治療は難渋することが多い。

特に美恵子さんの場合、「死に別れ」ではなく、諦めがつきにくい「生き別れ」であることが、心の整理をより困難にしている印象も受ける。

「孫を飼うよりペットを飼え」

さて、最近では私の抱える高齢患者さんの家でペットを見かける機会は増えてきた。種類も犬や猫だけではなく、爬虫類、鳥、魚など様々だ。

昭和の時代は、子供の情緒性にペットが有効であると言われていたが、令和の時代は、高齢者の情緒性にペットが有効と言われることが多くなっている。近年はペットとすら呼ばす、コンパニオンアニマルと呼ばれるそうだ。核家族化と少子高齢化、そして独居老人の増えたこの時代において、ペットが人にとって家族以上の関係となってきた証拠ともいえる。

数年前まで犬を飼っていたデイケアに通う清さん(92歳)も、こう話す。

「一緒に住まずにお互いに生きてきたからそうなったんだろうけど、俺が子供の頃に体験してきた『家族』と、現代人の『家族』の有り様は、なんだか違うよねぇ。こうなってくると、やっぱり『孫と住むより犬を飼え』だよ。孫なんてさ、成人してお年玉が貰えなくなったら近寄ってこないんだもん。その点、犬は裏切らない」

名言だと思った。

美恵子さんがハルと生き別れてから3ヵ月ほど経過したころ、美恵子さんと同じデイサービスに通う“友人”たちからも、「先生、往診しているんでしょ? 彼女は元気にやっている?」と聞かれることが多くなっていた。デイケア内では「美恵子さんはペットが逃げて気落ちしている」ということに、なぜかなっていた。

実際、診察に出向くと居住環境は荒れ果て、訪問門介護の入室さえ拒んでくる状況だった。何とか部屋に入れてもらい、辛うじて診察は出来ているものの、部屋の明かりもつけず、暗闇の中で髪もとかさず無表情で過ごしている美恵子さんの姿は山姥のようだった。

彼女を治した最大の特効薬とは

そんな彼女が劇的に変わったのは、ハルと生き別れてから半年ほどたった頃だったと思う。部屋をかたづけ、身なりも整えるようになり、少しずつデイケアに通うようになったのである。変化のカンフル剤となったのは、私が処方した薬ではなく「猫どん」である。

美恵子さんが39度の熱を出し、床に伏せっているとき、「淋しくない?」と聞くと「それは愚問です」といい、こういったのである。

「私には”猫どん”がいますから大丈夫です」

そういいながら「しまった!」という顔をして口をおさえる。呼応するように隣の部屋から茶トラの猫が出てきて、美恵子さんのベッドに飛び乗ってきた。よくなついている。猫どんを触りたくて指を差し出すと、猫パンチで拒否された。私は警戒されているらしい…。

「この猫はどうしたの?」

「最近、窓を開けていたらテラス越しから入ってきたの。それからちょくちょく家に遊びにくるようになって、私も淋しかったからうちの子ということにしたの」

みたところ、団地の地域猫のようだった。ハルのときは団地のルールに違反したが、今回は勝手に入ってきているだけと考えれば、どうにかなるかも知れない。そんなことを考えていたら、美恵子さんに撫でられた猫どんが、喉を鳴らし始めた。

「このゴロゴロが気持ちいいの。何だか癒される。私、猫ってそんなに好きなわけでもなかったのに不思議よね」

彼女のペットロスを治した最大の特効薬は、猫どんということだろう。

ハルのその後

現在、「ハル襲撃事件」で起きたことを踏まえ、美恵子さんに関わる医療関係者と話し合い、「猫どんの存在は見守る」ということで、意見を一致させている。

20年ほど前、老人ホームへの入居を決める際、「仏壇が持ち込めるかどうか」という条件が重要だった。今は「ペット同伴での入居」を希望される方が増えている。

ペットを飼う高齢者の共通の悩みは、ペットを残して自分が先にしてしまうことであることが多い。それに備えて、自分が先に逝った場合の遺産相続をペットにするという遺言状を書いている方もいる。ペットは人間のように裏切らない。孤独な心を埋めてくれる大切なパートナーとなっていることを考えれば、今後もこの傾向は続くだろう。

ちなみに「連れ去られたハル」だが、近年、この地域の犬や猫の殺処分はゼロが続いており、ハルのように保護された動物たちは、動物保護団体を通じて新しい飼い主を見つけるシステムが機能していることを付け加えておく。

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