長年オリジナルで生産され続けたスバルのフルキャブオーバー軽商用車

初代スバル サンバー ライトバン

MOBY編集部が以前「AIに聞いた、30~50代のクルマ好きが気になる名車」という企画で書かれた”「速すぎる“赤帽”は都市伝説にも…」マニアにはまだまだ大人気!スバル サンバーをプレイバック【推し車】”。

この時は初代~3代目についでの記事でしたが、好評だったので各世代ごとのセルフリメイクとして、今回は初代サンバーについて、登場時の時代背景、当時の軽商用車事情なども紹介していきます。

まだ安全性や軽乗用車との部品共用という事情もあってか、フルキャブオーバー軽商用車としてはかなり早く登場した初代サンバーでしたが、ライバルを押しのけユーザーからの信頼を得て、その後2012年まで代を重ねてオリジナル生産される名車となりました。

軽オート三輪から軽4輪貨物への過渡期に生まれた初代サンバー

初代スバル サンバー トラック

現在はダイハツ ハイゼットのOEM供給で細々と販売が続いている軽商用車(1BOX車・トラック)のスバル サンバーですが、2012年に販売終了した6代目まではSUBARU(昔は「富士重工)の独自生産車でした。

軽乗用車事業の慢性的な不振、軽商用車も市場の縮小で単独では採算が合わない状態だったところ、2005年に富士重工がトヨタの傘下入りした後、体質改善のため収益優先で軽自動車の工場を普通車用に転換、サンバーも自社独自生産の歴史を終えます。

しかし軽運送業「赤帽」で採用されていた実績や、他の軽商用車とは異なる構造など独自性などからスバルオリジナル・サンバーのファンはその後も多く、生産終了まで一貫して「スバルの重要な看板車種」であり続けました。

そのサンバーは初代モデル登場が1961年、富士重工が四輪車事業へ参入した第1号車、スバル360の発売から3年経っており、軽商用車市場でもだいぶ後発です。

当時の自動車メーカーは、トヨタや日産といった戦前から乗用車を作っていた名門の中でもそれなりに大資本、あるいはダイハツやマツダのように戦前から小型オート3輪の名門メーカーで、戦後も商用車で強みを発揮したメーカー以外、同時複数車種の開発は困難。

いすゞや日野など、戦前・戦中組のトラックメーカーも海外(いすゞは英ルーツ・グループ、日野は仏ルノー、他に日産が英オースチン)からの技術移転から純国産車の開発・生産には苦労し、自動車メーカーとしては駆け出しの富士重工も一気に車種拡大はできません。

富士産業(旧・中島飛行機)や、三菱のような旧財閥系の企業は、まず民生用のスクーター(富士のラビットや三菱のシルバーピジョン)で2輪へ、そこから富士は2輪メーカーとして「ハリケーン」などを作り、三菱は「みずしま」ブランドでオート三輪へ参入。

1950年代末から1960年前後にかけては富士も三菱も4輪車へ参入しますが、富士産業の一部が財閥解体後に一部結集した富士重工は、オート3輪を経ずに2輪メーカーから一気に4輪へと参入しました。

ちなみに1958年のスバル360発売から、1961年の初代サンバー発売までのあたりは、トヨペットSKB(後のトヨエース)など、安価な小型4輪トラックに市場を奪われたオート3輪メーカーが、自身も小型4輪トラックを作りながら軽オート3輪へ活路を見出していた頃。

あくまで簡便な軽オート3輪か、より実用性の高い軽4輪が併売されている時期で、2輪部門を縮小していたスバルにとっては、軽4輪に自動車部門の命運がかかっていました。

スバル360を元にした、画期的なフルキャブオーバー車

リアエンジンのため運転席まわりにエンジンやミッションが飛び出すこともなく足元は広々、騒音も少なく快適性の高さも魅力だった

スバル360発売の頃から開発がスタートした初代サンバーは、いかにスバル360が傑作だったとて、まだ需要が少なかった軽乗用車ではその先の発展が見込めない中、当時の需要の中心だった軽商用車として、失敗できない車種でした。

スバル360自体も、ルーフを幌にしてキャビン後部上半分を開閉可能とした「スバル360コマーシャル」(1959年発売)や、サンバー発売後の1963年にも本格的なライトバン仕様の「スバル360カスタム」を発売しますが、貨客両用で本格的な商用車とは言えません。

そこで本格的な貨物車としてサンバーが必要となるわけですが、成功したスバル360のエンジンや四輪独立懸架サスペンションを、セッティングを改めたうえで流用できたのは他社より有利だったところです。

それらリア配置のエンジンや足回りは基本的にスバル360のまま、1t以上の過積載にも耐えると言われた強固なラダーフレームに組み合わせたのは当然ですが、画期的だったのはボンネットを持たずに全長にわたる1BOXタイプのフルキャブオーバー車にしたことでした。

当時、リアエンジン・四輪独立懸架・フルキャブオーバー1BOXの軽商用車といえば1960年発売、東急くろがね工業の「くろがね ベビー」が既に存在してヒットしており、サンバーは先駆車ではなかったものの、「ヒットしたジャンルの最新車種」という意味で有利。

同時期の他メーカー軽商用車は、ダイハツ ハイゼット、スズキ キャリイ、三菱360、マツダ B360、コニー360、ホープ NTなど、ベビー以外は軒並みボンネットトラックばかりで、当然荷室/荷台が短いそれらは、オート3輪より安定しているだけで、積載量はそれなり。

信頼性の高い初代サンバーは、初期の不具合をユーザーからの意見を取り入れて改良していくと、ベビーを市場から叩き出し、富士重工にとっては期待通りのヒットとなりました。

フルキャブオーバー軽商用車を定着させた傑作

フルキャブオーバーレイアウトで荷台/荷室は広く、急坂で空荷でも登坂能力の高いサンバーは市場で歓迎され、ヒット作として軽貨物車のフルキャブオーバー化に大きく貢献した

ライバルにもそれぞれ見るべきところはあったものの、やはりキャブオーバースタイルの実用性にはかないません。

他社が二の足を踏んだ理由でもある「衝突時の安全性」については、むしろ視界良好で衝突しにくいという面もあるのでユーザーはあまり気にせず、もちろん軽オート3輪と異なり転倒しやすいということもないため、軽トラック/軽バンのスタンダードとなっていきます。

とはいえ、真っ先にフルキャブオーバー化の波に乗ったホープスターOV(1962年)は、小規模メーカーの悲しさで販売台数を伸ばせず自動車メーカーとしては撤退(後にホープスターON型4WDで市場復帰を図るも断念、初代スズキ ジムニーとして発展する)。

ダイハツやスズキ、コニーなども1960年代半ばにようやくフルキャブオーバー型へ脱皮しますが、アンダーフロアミッドシップのホンダ TN360やコニー360ワイドを除けば、リアエンジンのサンバーは騒音が低く、四輪独立懸架で貨物も傷みにくいメリットがありました。

販売網の弱さもあって、いずれライバル車にシェアを奪われていくサンバーですが、軽貨物車のフルキャブオーバー化という流れを決定的にした功績は大きく、その後も独自性を発揮しながら、「軽トラ/軽1BOX車の代表車種」として君臨していったのです。

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