焼肉チェーン業界で売上1位となった焼肉きんぐ

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 帝国データバンクが7月5日に発表した焼肉店の倒産件数(負債1000万円以上、今年1〜6月)は、前年同期比2.5倍の20件で過去最多ペース。円安を主因とした輸入肉の価格上昇が“ミートショック”となって、経営を圧迫しているようだ。だが大手焼肉チェーン『焼肉きんぐ』は2007年創業の後発でありながら、昨年の売上は840億円(富士経済「外食産業マーケティング便覧2024」参照)と焼肉チェーン業界1位。なぜここまでの人気を保てているのか。同店では焼肉以外のサイドメニューやデザートなども豊富で、過去には「食べ放題メニュー」に期間限定で「ペヤング ソースやきそば」が入っていたことなどもSNSを中心に大バズりした。昨今、回転寿司でもラーメンやからあげなど、寿司以外のサイドメニューが人気だが「焼肉食べ放題」でも同様の傾向が見られる。“焼肉屋”をどのように定義づけることが、ここまでの発展につながったのか。 

【写真】ジンラーメン、チュクミドサ、プリンクルポテトまで…焼肉きんぐで食べられる韓国フェアメニュー

■「あくまで焼肉店であることが大事」焼肉食べ放題が“何でも屋”になることを危惧

 「焼肉きんぐ」では、季節ごとに開催されるフェアが来店時の目玉のひとつとなっている。現在開催中の「韓国フェア 〜新大久保〜」のチーズハットグ食べ放題や「CAMPフェア」のペヤング食べ放題など、肉以外のメニューに焦点が当てられることも。同店舗を展開する物語コーポレーションの焼肉事業部事業部長 岩谷氏は「確かにグランドメニューや各種フェアにおいてもサイドメニューはお客さまに楽しんでいただいていますが、“何でも屋”となってはいけないと肝に銘じています。あくまでも“焼肉店であること”を大切にしています」と方針を明かしている。

 『焼肉きんぐ』が創業したのは2007年。当時から期間限定のフェアを行ってきた。常に新たなメニューがあることで、来店者を飽きさせないこと、定期的な来店数を増やすねらいもある。当初は「焼肉」でいかに「季節感」を出すか模索。2018年の激辛ブームをきっかけに、“しび辛”の辛口メニューや「韓国フェア」などが始まり、季節だけではなく、昨今のトレンド性も意識したサイドメニューが検討されていった。

 「我々が意識しなければいけないことは、焼肉屋としての専門性を損なわないメニュー設定です。焼肉から連想しやすい親和性の高いフェアメニューにしなければ、先に述べた通り“何でも屋”になってしまうわけです。例えば、人気の高いサイドメニューの『冷麺』も、韓国焼肉の流れを汲んでいます。北海道フェアではジンギスカンを出したのも、焼肉の枠組みのなかで考えられたものです。肉以外のサイドメニューについても、デザートメニューやキムチなど、それらを食べてお口直しをしていただき、また肉を食べてもらえるよう工夫しています。普段は頼まないサイドメニューでも、焼肉きんぐに行ったから頼める。これこそが、“食べ放題”ならではの“楽しみ”だとわたくしどもは考えております」

 同社のキャッチコピーに「焼肉は自由だ」ともある。これらが単品メニューであれば、焼肉を食べに来た客は頼まないだろう。だが“食べ放題”であれば払うお金は一緒。ならば様々な楽しみ方をしてもらおうと多くのサイドメニューが登場したわけである。だがどうしても『ペヤング』などの意外なメニューなどが話題になった例をとっても、メニューの開発は“何でも屋”と紙一重の位置にある。同店はそうならないよう、“焼肉を扱う専門店ならではの視点”を常に研鑽してきたという。

■ビュッフェ形式&ドリンクバーの廃止で客は「食を楽しむ」ことのみに集中、“質の低下”を払拭する服地効果も

 2007年の創業時、まず課題にあがったのは、焼肉食べ放題店ならではのオペレーションだ。当時はそのほとんどが、バイキング、ビュッフェ方式であった。ここで同店は「せっかく家族団らんやお友達との談笑など“楽しく”したいところ、いちいち立ち上がってお肉を取りに行くのは興が削がれてしまうのではないかと考えました。ゆえにテーブルバイキング形式。つまり立ったりして会話が途切れることなくテーブルで食べ放題メニューをどんどんオーダーできるシステムにしたのです」。

 これが功を奏した。業績は右肩上がりとなり、やがてドリンクバーも廃止。完全注文制にして、誰かが肉やドリンクを取りに行ってその場から欠けてしまうことをなくした。そんな“楽しみ方”をする場であるから、出店もメインターゲットのファミリー層向けに郊外へ。コース価格も小学生半額、幼児無料など打ち出し、他店との差別化を図ってきた。

 またこれには副次的効果もある。バイキング形式だと陳列された商品がしっかり管理されていないのではないか、長く放置されていることもあり、商品のクオリティが低いのではないかという懸念が払拭できたのだ。

 そして当然のこと、肉にもこだわった。まず肉の仕入先との関係強化を重視した。取引先との関係性があっての商売だと考えているからだ。だが輸入牛も取り扱っているため、これは為替によっては限界がある。そのためまずはチェーン店というスケールメリットを生かして大量仕入れを行った。そうしてWin-Winの関係を築き、良い肉を取引先が困ることないよう安く仕入れ、さらには調理にもこだわりを。味付けはもちろん、スリットを入れて食感を変えるなどの研究をし、現在の“円安”も乗り切っているのだ。ただそれでも「国産牛も扱っていますがメインの“きんぐコース”は輸入牛ですので厳しいことには間違いない」と嘆息する。焼肉個人店がどんどん潰れているのもこの背景があるからだ。

 「また安いだけではないと考えていただきたいため、カルビ、ロース、タン、ハラミなどのスタンダード商品の美味しさには特に注力をしました。こうして生まれたのが“四大名物”(現在は“五大名物”)で、お肉のプレミア感も感じてもらえるよう努力しています。そのためにも社内において隔週で“改善会議”を行い、新たなプレミア感のある商品開発を。定期的にメニューを入れ替えたり、新しい部位を開発したり、カットの仕方や味つけを変えるなどブラッシュアップを続けています」

■人気店ゆえの苦悩…行列待ちに疲れる客への対応は?

 ところでここ昨今のコロナ禍の影響、また物価高は外食産業に大きなダメージを与えている。財布の紐が固くなったと同時に、外食がある意味、“特別”なものとなってきた。“特別”だからこそハードルが上がっており、その上がりきったハードルの上で、どれだけの“満足感”を与えられるか、お金を払いたくなる“エンターテインメント性”を提供できるかが重視される。好奇心をそそる商品開発、使う肉の種類の拡大、プレミアム感を出したメニュー構成…さまざまな改革に取り組んできたが、一方で課題も残っている。

 現在、大人気店ゆえに、「行っても満席で、結構な時間待たなければいけない」と、通りすがりにふらっと入れるお店ではなくなってしまっていることだ。これが続くと客離れにもつながる恐れがある。ゆえに同店は、web予約のほか、店の前で待たなくてもよく、席が空いたらお知らせが来る順番待ちwebシステムを導入した。これにより店頭で待つストレスからは解放されたが、来店者にとっては同店で食べること自体が一種のレジャーとなっており、“待ってでも楽しみたい”と思ってもらえる商品を提供できるのか、店に寄せられる期待値がさらに上がってしまう現状が皮肉にも垣間見えている。入れ替わりが激しく、盛者必衰の理を体現する飲食業界において、『焼肉きんぐ』はどこまでその勢いを持続できるか。

 同店のメニューには「テーマパークに行くような夢」があり、これが他店にはない強みだという。「たとえば、お子さまだったら、お肉以外にソフトクリームやケーキなどデザートが食べ放題であること。いつもなら『1品だけね』と言われるものが、2つも3つも食べられて、種類が豊富にあること。これは子どもからすると、すごくエンターテインメントな体験だと言えますよね。『ペヤング』を食べ放題にした時も、既存の焼肉メニューと掛け合わせて、お客様のなかで様々なアレンジメニューが生まれていました。このように、テーマパークに行くような感覚で、楽しみながら、焼肉きんぐを体験していただく。そこが郊外ロードサイドで伸びてきた要因であると思いますし、様々な外食の選択肢があるなかで『焼肉だったら“きんぐ”だよね』と言われるようなことをこれからもやり続けていきたいと思っています」。

(取材・文/衣輪晋一)