夫の急死後、「前妻の子」から「遺留分2000万の請求」…満額支払わなければダメなのか?

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最愛の夫・博さんをある日、突然の病で失った芳美さん(50歳、仮名=以下同)。悲しみに暮れるなか、前妻・朋子さんの子・慶太くんから届いたのは、「遺留分侵害額請求権」を行使するという内容証明だった……。

納得できないのは、前妻・朋子さんはかつて博さんが貯めたお金を持って、まだ3歳だった慶太くんを連れ去るように家を出た経緯があるということ。それでも、慶太くんが相続財産の「遺留分」を請求してきたため、芳美さんはしばらく放心状態に。

はたして芳美さんは請求額を満額支払わなければいけないのか。相続にくわしい税理士の古尾谷裕昭氏が解説する。

【この記事の登場人物】

佐藤 博(享年58歳):被相続人

佐藤 芳美(50歳):博の後妻。博の相続発生時の配偶者

朋子(60歳):博の前妻

慶太(30歳):博と朋子の子ども

莉子(20歳):博と芳美の子ども

夫の日記から判明した意外な事実

調停が続く中、芳美さんはつらい気持ちを紛らわすために家の掃除を始めました。そこで博さんの日記を発見したのです。

博さんは何十年にもわたって日記をつけていましたが、クローゼットの奥にしまい込んでいたので、芳美さんの目に留まることはありませんでした。

戸惑いながら読んでみると、芳美さんにプロポーズをした時のことや、莉子ちゃんが生まれたときのことなどが書かれていました。

さらに読み進めると、驚くことが判明したのです。なんと、朋子さんは博さんに何度かお金を無心しており、博さんはそれに応じていたのです。そして、慶太くんの海外留学費用を工面したときに「これが最後だと言って渡した」と書いてあったのです。

芳美さんはこの事実に驚き、顧問税理士に思いの丈をぶつけました。

すると、顧問税理士が「博さんの財産調査で、ちょうど使途不明の出金が2,000万円ほどあって、何の支払いかわかるか聞こうと思っていた」というのです。

そのお金は「特別受益」に該当

時期的にも、この金額が慶太くんの海外留学費用として渡したお金でしょう。芳美さんは悔しくて仕方ありません。なのに、顧問税理士は芳美さんに「よかったですね」と言い出したのです。

「こんなに悔しい思いをしているのによかったとは何事か」と芳美さんは顧問税理士を睨みつけましたが、顧問税理士はこう続けました。

「慶太さんがもらった海外留学費用2,000万円は特別受益というお金に該当し、相続財産の先渡しともいえるものです。そのため相続でもらう財産額から差し引かれるべき金額なんですよ」

参考)特別受益を加味する前の慶太くんの遺留分

会社の株式:5,000万円

マンション:7,000万円

預貯金:4,000万円

合計:1億6,000万円

1億6,000万円 × 1/2 × 1/4 = 2,000万円(慶太君の遺留分)

顧問税理士の説明によると、博さんの財産額は1億6,000万円にさらに2,000万円があったとして遺留分を計算し、先渡しの2,000万円を遺留分の額から差し引いた額が今回慶太くんに支払うべき金額となるとのこと。

そうすると、250万円となります。

特別受益を加味した慶太くんの遺留分

1億8,000万円 × 1/2 × 1/4 − 2,000万円 = 250万円

証拠は調停の場へ…

芳美さんは全身から力が抜けていくのを感じました。250万円でも少ない金額ではありません。ですが、2,000万円という大金が今、手元から出て行くよりかは幾分かマシでしょう。

この状況で日記を見つけて特別受益に気づいたのは、博さんが芳美さんに「慶太くんに罪はないんだから許してくれ」と言っているようにも感じたのです。

調停の場に特別受益の証拠を持ち込み、慶太くん側もこれを認めたため、慶太くんへ250万円を支払うことで調停は終了となりました。

慶太くん本人も、母親の朋子さんが博さんにお金を無心していたことを知っており、「海外留学費用を出してもらったのに、遺留分侵害額請求をして心苦しかった」とのことで、その後はトラブルになることもなく、相続税の申告までスムーズに進んだのでした。

今回は幸いにして特別受益が見つかり丸く収まりましたが、できれば遺言書は遺留分も考慮した内容にしておきたいものです。

遺言書を作成するときには、税理士や弁護士などの専門家に相談した方がよいでしょう。

【筆者プロフィール】

古尾谷裕昭

税理士/ベンチャーサポート相続税理士法人代表税理士

1975年生まれ、東京都浅草出身。2017年にベンチャーサポート相続税理士法人設立。相続専門の司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社・保険販売代理店・金融商品仲介業者からなるベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を代表税理士として率いている。10万人のチャンネル登録者数のYouTube『相続専門税理士チャンネル』を運営。

著書に『令和5年度版 プロが教える!失敗しない相続・贈与のすべて』 (コスミック出版)などがある。

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