(※写真はイメージです/PIXTA)

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一度貧困のワナに陥ってしまうと、抜け出すことは困難です。貧困が貧困を生み、そんな連鎖がずっと続いていくのです。悲劇としていいようがない「貧困の連鎖」とは。今回はAさんの事例とともに、日本の貧困の実態について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。※個人の特定を避けるため、事例の一部を改変しています。

父の借金を機に、家がどんどん貧しくなった少年

Aさんの家庭は、母子家庭。父親が事業に失敗してから、働かなくなり借金が膨らんでいきました。このままでは最悪の事態となることまでを予想した母親は離婚を決意し、調停離婚します。当時、Aさんはまだ小学校1年生。1人留守番ができず、帰宅時間も早いことから、学童に通います。

母親の最終学歴は中学です。高校には2年ほど通っていましたが、出席日数の不足と成績の低下から留年してしまい、そのまま中退しました。その後はしばらく派遣の事務職員として働いていましたが、22歳で寿退社。以来、専業主婦でした。正社員としての経験が乏しい母親は、フルタイムで働く仕事が見つからず、パートで働きますが、年収は130万円以下。親子2人はひと月約10万円の収入内で生活することを余儀なくされ、児童扶養手当を合わせても生活は厳しいものでした。

母親は、「勉強したいなら、大学まで行かせてあげたい」といってくれましたが、「勉強は嫌いだから、中学を卒業したら、すぐに働きたい」と自分の気持ちとは裏腹な気持ちを伝えます。ですが、母親は息子の将来を心配し、せめて高校までは卒業してほしいと伝えます。

Aさんは、母親とワンルームの築40年のアパートで身を寄せて暮らしていました。小学校では、同級生たちが人気のゲーム機で遊んで盛り上がるなか、買ってもらえないAさんは遊びの話題についていくことができずに、1人で過ごすこともありました。

中学校時代は、放課後は部活動に所属しながらも、塾に通う同級生を横目に、仕事中の母に代わりスーパーの特売を狙って夕食の買い物をする生活でした。同級生たちからは「毎日同じ服を着ている」「スーパーで万引きしている」と噂され、いつも「なんで自分の家庭は貧しいのだろうか」とたまらない気持ちになっていました。

学校の勉強についていくことができず、次第に学校へは行ったり行かなかったりと不定期で登校するように。せっかく登校した日も、保健室へ直行して寝て過ごすということもありました。そのため、成績はさらに下がります。高校なんてどうでもいいと考えるようになり、Aさんが選んだ道は就職。

ひとり親世帯の貧困

ここで、子どもの貧困についてみていきます。

大人が2人以上いる世帯に比べると深刻で、国民生活基礎調査に基づく、相対的に貧困の状態にある子どもの割合は11.5%です。特にひとり親世帯の貧困率は44.5%と高く、近年の離婚率上昇によるひとり親世帯の増加は、子どもの貧困の要因の1つとなっていることも推測できます。

転職を繰り返す日々

中学校卒業後、就職したのは製造業の小さな会社。面倒見のいい社長がいて、入社当初、若いAさんを可愛がってくれました。しかしあるとき、会社へ行くことが億劫になり、一度ずる休みをしました。すると、次の日もその次の日も働きたくない欲望が勝ってしまい、結局半年と経たず退職することに。その後は、お金が尽きる前に少し働いては同じような理由で辞めてしまい、転職を繰り返します。

学歴社会の現実

厚生労働省の「令和5年賃金構造基本統計調査結果の概況」によると、学歴別、年齢計の賃金は、男性で高校30万6,100円、大学39万9,900円、女性では、高校23万500円、大学29万9,200円となっています。

20歳未満に絞ると、小企業の中卒の男性は18万1,300円(令和元年調査)、同時期の高卒では18万2,800円です。さらに、生涯賃金で比べると、学校卒業後フルタイムの正社員を続けた場合の60歳までの生涯賃金(退職金を含めない)は、男性は中学卒2億円、高校卒2億1,000万円、高専・短大卒2億2,000万円、大学・大学院卒2億7,000万円となっています。

正社員を続けたとしても、1,000万円から7,000万円と差が出ていることがわかります。会社の規模等を加味すると、さらに開きがでてくることは想像できます。

Aさんは、運よく正社員で働けていた時期もありますが、学力が足りないことから、「中卒」と職場の人からかわれることもしばしば。また、嫌がらせを受けることもあったようです。仕事はどうしても長続きしません。転職を繰り返し、非正規雇用として働く33歳のいまの年収は130万円前後。一緒に暮らしていたころの母親の年収と変わらない金額です。

「俺だって子どものころに友達と一緒に遊びたかった。自分ではどうしようもなかった。大人になったらどうにか抜けだせると信じていたけどだめだった。親のせいだと思わずにはいられない」Aさんは振り絞るように思いを吐露しました。

行政等の支援も活用して負の連鎖を断ち切る

2013(平成25)年子どもの貧困の解消に向けた対策の推進に関する法律では、「国はこどもの貧困の解消に向けた対策を総合的に策定し及び実施する責務を有する」とあります。つまり、教育の支援・生活の安定に資するための支援・保護者に対する職業生活の安定と向上に資するための就労の支援・経済的支援などのために必要な施策を講ずるとなっているのです。

Aさんの家庭のように、ひとり親の場合、子どもにも貧困が連鎖することもあります。現在では、行政機関の支援体制は、たとえば教育であれば、就学支援制度のように無償化が広がってきています。

Aさんは、自分自身の弱さについて反省しつつ、中卒で社会にでたことを悔やんでいます。いまからでもスキルアップし、自信をもって働くことができればと願うばかりです。

<参考>

こども家庭庁:令和4年度少子化の状況及び少子化への対処施策の概況https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/0ccb3a83-155c-4c5e-888e-8b5cbc9210fe/c6fc81e7/20231220_resources_white-paper_02.pdf

厚生労働省:令和5年賃金構造基本統計調査結果の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2023/dl/03.pdf

独立行政法人労働政策研究・研修機構生涯賃金など生涯に関する指標https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/2019/documents/useful2019_21_p314-358.pdf

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表