A24映画監督が描く「アメリカ人同士の殺し合い」…屈指の恐怖シーンがアメリカに衝撃を与えている

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今年の4月12日に全米で公開されるや、公開2週に渡り全米1位の興行収入を獲得した映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。製作を手がけた人気映画会社A24作品の中でも最大規模のブロックバスター映画となっており、10月4日の日本公開を前にすでに多くの映画ファンから期待が寄せられている。

本作は、3回目の任期を迎えるために憲法改正を行なったアメリカ大統領の横暴に対抗するため、テキサス州とカリフォルニア州が同盟を組んで武装蜂起。血で血を洗う“内戦(シビル・ウォー)”が勃発してしまったアメリカを舞台に、ワシントンD.C.のホワイトハウスに立てこもる大統領にインタビューを行おうと最前線を目指す4人のジャーナリストたちの旅路を描いている。

本作で脚本と監督を務めたのはイギリス出身のアレックス・ガーランド監督。前編『いまアメリカで「不寛容な若者」が増えている…A24映画監督が感じた「衝撃の変化」』に引き続き、ジャパンプレミアと取材から本作について深堀りする。(以下、「」内はガーランド監督のコメント)

軽視される“ジャーナリズム”が持つ力

ガーランド監督には、対話の不完全さと隣り合わせで描きたかったもうひとつのメッセージがある。それは“ジャーナリズム”だ。

本作にはケイリー・スピーニー演じるジェシーという若いジャーナリストがメインキャラクターの1人として登場する。彼女は、キルステン・ダンスト演じる先輩ジャーナリストのリーらと疑似家族とも言える関係を築きながら、崩壊するワシントンD.C.に迫っていく。

「ジェシーというキャラクターにはジャーナリズムへの想いが強く集約されています。彼女は劇中で内戦の惨状を淡々とカメラに収めていきます。そこには彼女自身による戦争へのバイアスや分析は介在しません。戦地の惨状を切り抜いた写真を見て人々がそこに想いを馳せる。これは“古い時代のジャーナリズム”を表現したものであり、だからこそ彼女はデジタルカメラではなく35ミリのスチールカメラを握っているのです。思うに60年代から80年代にかけてのルポルタージュとはそういうものだったと思います。

劇中、若い世代の代表であるジェシーはそうした時代のジャーナリズムの体現者になっていくですが、これは古い世代から新しい世代への交代であり、古き良きものを根に持った彼女のほうがベテランジャーナリストのリーより優れているのでは、というメッセージでもあります。これは私自身が年を重ねたことで自分の気持ちや願いをダイレクトに物語に投影した部分も大きいと思います」

そんなジャーナリストたちを主役に据えた理由について、ガーランド監督はジャパンプレミアでこうも述べている。

「今の世の中で顕著になった変化のひとつに“ジャーナリストが敵視されがちになった”ということがあるように思います。これは腐敗した政治家たちがジャーナリズムを矮小化しようとしているからでしょう。

今様々な国では、ジャーナリストたちがデモを行なっている人々を取材しようとして唾を吐きかけられたり、言葉のみならず肉体的な暴力まで浴びせかけられたりするといった事態が頻発していますが、これは本当に狂気の沙汰です。国を守るため、我々の自由な生活を守るためにジャーナリズムは必須です。だからこそ、この映画では彼らをヒーローとして描きました」

作中屈指の恐怖シーン誕生の裏に隠された制作秘話

ジャパンプレミアでガーランド監督は、ジェシー・プレモンス演じる軍人が主人公たちに銃を突きつけて「君はどんなアメリカ人だ?」と問い詰める、作中屈指の恐ろしいシーンの背景についてこう語った。

「『君はどんなアメリカ人だ?』という問いは単純明快に思えますが、よく考えると非常にバカげており、同時にとても失礼な質問です。ここで描きたかったことを一言で言うなら“人種差別”です。誰が射殺され、誰が生き延びるのか……その答えは人種による。そういうおぞましいシーンなのです。

本作は社会の分断を描いているわけですが、社会の分断を描く上で人種差別を避けることはできません」

まさに一度見たら忘れられない恐ろしい軍人を演じたジェシー・プレモンスだが、彼が演じた役に関して、ガーランド監督は筆者とのインタビューでおもしろい撮影秘話を語ってくれた。

「実を言うと彼が演じた軍人役には、元々別の俳優がキャスティングされていました。ですが、撮影開始の数日前に突然その俳優から『ごめん、降りなければならなくなった』と電話があったのです。そう謝られたのはいいものの、こちらとしてはなんとか代役を立てねばならず、『どうしたものか……』とかなり頭を抱えました。

結局、電話をもらったその足で別のシーンのリハーサルをやっていたビルに行き、そこにいたキルステン・ダンストやワグネル・モウラ、ケイリー・スピーニーたちに正直に『彼が降りてしまった……』と告げたのです。

すると、困っている私を見たキルステンが『ちょっとうちの旦那に聞いてみる』と、突然彼女の夫であるジェシー・プレモンスにその場でメッセージを送ってくれたのです。幸運なことに彼から『問題ないよ』という返事までもらえ、なんと降板劇から1時間半後にはもう代役が決まってしまったのです」

数々の戦争を見続けたことで乾いていたはずの心が再び血を流す……そんな胸が張り裂けるシリアスな名演を見せていたキルステンだが、撮影現場ではなんともカラッとした頼り甲斐のある姉御ぶりを披露していた。妻の相談にひとつ返事で出演を快諾したプレモンスの男前ぶりにも拍手を送りたくなる素敵なエピソードだ。

意図的に現実の要素を排除したことで“遠い海の向こうの出来事”と分けて考えられない迫真性を獲得した、アレックス・ガーランド監督渾身の最新作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。引き裂かれてゆく“起こりうるかもしれないアメリカの死と再生”を、ぜひ大迫力の劇場で体感してみてはいかがだろうか。

いまアメリカで「不寛容な若者」が増えている…A24映画監督が感じた「衝撃の変化」