ホラー小説は今、盛り上がっている!? 初心者は何を読むべき? 「ホラー小説の楽しみ方」をホラー小説編集者に聞いてみた

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『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)や『変な家』(雨穴/飛鳥新社)などのヒットが相次ぎ、盛り上がりを見せるホラー小説界。この機にホラーデビューしたいという人も多いのではないだろうか。

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 そこで本稿では、2023年に30周年を迎えた角川ホラー文庫編集部編集長の藤田孝弘さん、副編集長の今井理紗さん、話題の書き下ろしアンソロジー『堕ちる』『潰える』を編集した伊藤泰平さん、菰田はるなさんに、ホラー小説の楽しみ方を伺った。ホラーのプロが選ぶ、まず読むべき一冊とは?

取材・文=野本由起

ホラー界に地殻変動を起こした澤村伊智という才能

藤田孝弘さん(以下、藤田):子どもの頃、映画『リング』が流行っていたんです。それを深夜のテレビで観たのが、ホラー作品との出会いでした。貞子が出てくるシーンで親がガチャッと部屋に入ってきて、ものすごくビビッたのを鮮明に覚えています(笑)。ですが、本格的にホラー小説にハマったのはKADOKAWAに入社してから。貴志祐介さんの『黒い家』(KADOKAWA)などの作品を読んで衝撃を受けました。

今井理紗さん(以下、今井):私も入社してからホラー小説に目覚めました。ライトノベルの部署から文芸に異動し、最初に担当したのが宮部みゆきさんとデビューしたばかりの澤村伊智さん。それまでホラー小説はほとんど読んできませんでしたが、そこから積極的に読むようになりました。中でも印象に残っているのは、澤村さんのデビュー作『ぼぎわんが、来る』(KADOKAWA)ですね。

伊藤泰平さん(以下、伊藤):僕は角川ホラー文庫が大好きで、小学生の頃から書店でホラー文庫のマークを探してはレーベル買いするという気持ちの悪い子どもでした(笑)。そのきっかけは山田悠介さん。『ブレーキ』(KADOKAWA)を読んでご飯が食べられなくなりました。映画でも小説でも怖ければ怖いほどいいし、怖いものを探して歩いていたので、今の仕事は本当に楽しいです。

藤田:天職だ(笑)。

菰田はるなさん(以下、菰田):私はグロテスクなものが苦手で、子どもの頃はホラーがあまり好きではありませんでした。ですが、ミステリーは好きだったんです。その流れで、大学時代に三津田信三さんのホラーミステリーを読んだところ、あまりの面白さにハマってしまって。『蛇棺葬』(講談社)や「死相学探偵」シリーズ(KADOKAWA)を読んで、ホラー小説が好きになりました。

――近年ホラーブームが続いていますが、ブームの火付け役、ホラーが盛り上がり始めたきっかけは、どの作品だったのでしょうか。

今井:個人としての実感になりますが、やっぱり澤村伊智さんの出現がホラー界を変えたと思います。一時期ホラー業界は映画でも小説でも「怖すぎるものはヒットしない」と言われていた時期がありました。その頃は、角川ホラー文庫でも「怖さ」を前面に押し出したものよりも、ミステリ要素のあるキャラクターホラーが人気を博していたんです。ですが、2015年10月に澤村さんが現れ、『ぼぎわんが、来る』がヒットしたことで「こんなに怖くて面白い作品があるんだ。怖くても売れるんだ」と、方向性がシフトしていったように感じています。

 その後、澤村さんはホラー界のスターへと駆け上がっていきました。そんな澤村作品の影響を受け、ホラー作家としてデビューした若手作家さんも少なくありません。

 もうひとつは、ゲーム実況ブームも大きいと思います。ホラー不毛の時代が続く中、『青鬼』『ゆめにっき』『魔女の家』などのRPGツクールで制作されたインディーゲームの実況がニコニコ動画で大ヒットし、最近ではChilla's Artさんのゲームなどは新作が出るごとにYouTuberやVTuberによって実況配信がされています。ゲーム実況によってホラーに触れるきっかけが生まれ、若い方にホラーというジャンルが浸透しましたし、このブームを受けてホラーゲームの書籍化も増えました。

菰田:私も高校生の時、ホラーゲーム実況を観ていました。ゲーム配信者のガッチマンさんが好きなのですが、他のゲームジャンルと比べてホラーゲームはミステリ的なオチがあることも多かったので好んで観ていましたね。

今井:ホラー系はインディーゲームが多いので、配信の規制が大手ゲームメーカーに比べて厳しくなかったんではないかなと思います。それに、1〜2時間くらいでクリアできる点が配信にマッチしたのだと思います。ホラーファンの裾野も広がり、ホラーが好きだと言っても当たり前のように受け止められるようになりました。

――最近は、ドキュメンタリーの体をとる「モキュメンタリーホラー」と言われるジャンルが人気ですよね。先ほど名前を挙げた『変な家』『近畿地方のある場所について』は、このジャンルを代表する作品です。こうした風潮をどう捉えていますか?

菰田:モキュメンタリーホラーは、令和の実話怪談なのかなと思っています。実話怪談の魅力は、本当に起きた出来事だということ。モキュメンタリーも、Xで情報を集めたり、断片をつなぎ合わせて「こういうことだろうか」と考察したりしながら楽しむので、本当っぽさがありますよね。実際、ネットでモキュメンタリーホラー、体験型ホラーを発表している作家さんには、実話怪談の影響を受けた方も多いようです。

今井:確かに、エンタメに体験感を求める風潮はありますよね。ホラーはこうしたニーズと相性が良いのだと思います。体験型ホラーが好きな方は、王道ホラーが好きというより脱出ゲームや謎解きが好きな方が多いような気がします。こうした仕掛けのある作品は、単行本の方がよく売れますし、読者も若いように感じますし。

 また、ホラーは人に話すのにも向いているジャンルです。何を怖いと思うかは、その人次第。だからこそ「これが怖かった」と言いたくなりますし、感想を話したところでネタバレにもなりません。SNSが普及して以降、誰かとシェアしたいという欲求が高まっていますが、ホラーはその気持ちを満たしてくれるのだと思います。

人はつらい時ほどホラーを求める?

――怖いと感じる対象は違っても、人はなぜか恐怖を求める傾向があります。本来怖いものは遠ざけたいはずなのに、なぜホラーに惹かれてしまうのでしょう。

藤田:根源的なことを言うと、子どもってみんな怖いテレビ番組や肝だめしが好きですよね。僕の息子も、「怖い怖い」と言いながら怖い絵本を読んでいます。「怖いもの見たさ」という言葉もありますし、基本的にはみんな怖いものが好きなんじゃないでしょうか。

伊藤:僕の場合、怖い小説を読むと安心するんです。「ここにはもっと大変な人がいる」「自分は幸せなんだ」と自分の安全性を確認しているのかもしれません。ある作家さんからは、「病院の入院患者向けの本棚にホラー小説がたくさんあった」と伺ったこともあります。つらい状況に置かれると、人は幸せな小説を読めなくなる。その気持ちは僕もわかるなと思いました。

藤田:そういえば、僕も身内の入院中にホラー映画ばかり観ていました。現実に不安なことがある時にホラーに触れると、ホッとするのかもしれません。

伊藤:あとは、辛いものが好きな人も、ホラーが好きなんじゃないかと思いますね。スパイスのような刺激を求める気持ちに近いものがあるような気がします。

菰田:私も伊藤君に似ているかも。ミステリーを愛読していた高校時代は、すべてロジックで解決できる明快さが好きだったんです。当時の私にとっては、高校が世界のすべて。テストで良い点を取れば褒められますし、そこに幸せを感じていました。ですが、大学生活や就活においてはテストの成績なんて関係ありません。ロジックでどうにかなるほど世界は明快ではなく、理不尽にあふれていると気づいたんです。そこから、理不尽なことがたくさん起きるホラー小説に魅力を感じるようになりました。

今井:私の場合、“非日常との隣り合わせ感”が好きなんです。ゾンビパニックのようなホラーよりも、日常の中で突然なにかが起こるほうが怖くて。『リング』(鈴木光司/KADOKAWA)も、ビデオテープを見ると呪われるというのが本当にありそうで怖かった。日常に潜む非日常が、私の恐怖心を刺激するのだと思います。

――求める怖さはそれぞれ違いますが、定番ジャンルはあるのでしょうか。ホラー小説の中でも、今人気のジャンルを教えてください。

菰田:お化けホラー、家ホラーは定番ですよね。モキュメンタリーホラーは、ジャンルというより形式。このスタイルを使って、何を描くかでジャンルも変わってくると思います。

今井:因習村ホラーも定番ですが、そろそろお腹いっぱいな気もしますね。奇祭が行われる謎の島、みたいなものは(笑)。

藤田:「やっぱり人が一番怖い」という“ヒトコワ”も一時期人気でしたよね。

今井:ただ、単純な“ヒトコワ”ではもうみんな怖がってくれなくなりましたよね。最近は「お化けも怖いし人も怖い」というハイブリッド型になっている気がします。何が怖いと思うかは、本当に千差万別。10年くらいホラー小説の編集をしてきて、「全人類が怖がってくれるホラーは存在しない」と思うようになりました。

ホラーアンソロジーは、好みの怖さを知るための第一歩

――ホラーの初心者に向けて、皆さんがおすすめするホラー小説はありますか?

今井:手前味噌ではありますが、角川ホラー文庫30周年記念の書き下ろしアンソロジー『堕ちる 最恐の書き下ろしアンソロジー』『潰える 最恐の書き下ろしアンソロジー』(ともにKADOKAWA)は、初めてホラー小説を読む人でも楽しめるラインナップです。多くのホラーアンソロジーはテーマに沿った短編をまとめたものですが、今回はあえてテーマを設けず、「とにかく怖いものを」とお願いし、書き下ろしていただきました。

 その結果、作家さん一人ひとりの原点に立ち返るような作品をご執筆いただくことができました。宮部みゆきさんなら少年が登場するノスタルジックなホラー、鈴木光司さんなら『リング』をめぐるホラー、小池真理子さんなら喪失を描いたゴーストストーリーと、それぞれがもっともお得意とするテーマで書いてくださって。描かれる恐怖も幅広く、きっと皆さんにとって最恐の一編が見つかると思います。

――執筆陣も驚くほど豪華ですよね。

今井:アンソロジーを企画した際、「この作家さんに書いていただけたらうれしいよね」という“夢リスト”を編集部員みんなで作ったんです。無理を承知でご依頼したところ、皆さん「角川ホラー文庫30周年だし」とご快諾いただき、私たちもあまりにも夢が叶うので驚いたほどです(笑)。

藤田:ラインナップでこだわったのは、ホラー界のレジェンドと新鋭の作品をミックスすること。読者の皆さんにとって、新しい作家さんとの出会いが生まれるアンソロジーにしようという思いで、各巻を構成しました。

――現在、伊藤さんが編集を担当した『潰える』、菰田さんが担当した『堕ちる』が発売中です。おふたりは、どのような思いで本書を編集しましたか?

伊藤:大御所の先生方と新進気鋭の作家さんが混ざり、バランスの取れた構成になりました。これまでずっとホラー小説を愛読してきた方々に加え、ホラーに初めて触れる方にもぜひ読んでいただきたいですね。各巻6編ずつ収録していますが、全作品で怖さの種類が違います。誰もが絶対に好きな作品が見つかるアンソロジーになり、とてもうれしいです。

菰田:私が長年読者として接してきたレジェンド作家が名を連ねていて、すごく豪華ですよね。私が担当した『堕ちる』には、ゲームブックのような仕掛けを施した新進作家・新名智さんの短編などユニークな作品も収録され、新旧の楽しさが味わえます。お読みになった方々で、どれが一番怖かったか語り合っていただきたいです。

今井:Xでの反応やAmazonのレビューを見ると、どれが一番怖かったか人によってバラバラなんですよね。あらためて、恐怖を感じるツボは人によって違うんだなと思いました。

――特に人気が高いのは、どの短編でしょう。

今井:『堕ちる』に収録された内藤了さんの「函」は、皆さん怖いと言いますね。

伊藤:KADOKAWAではホラーテイストの強い警察小説をご執筆いただいていますが、他社では物件系ホラーミステリシリーズを書かれていたことも。これまでの経験をすべて注ぎ込んでくださったので、本当に怖かったです。

今井:一穂ミチさんの「にえたかどうだか」も好評でした。「一穂さんがホラー?」と驚いた方も多かったようですが、本当に怖くて。他にもお名前を挙げたらキリがないですし、全部怖い(笑)。「私の推し作家はこの方だけど、一番怖かったのは別の短編だった」という感想も多く、本当に良い企画になったなと思います。12月刊行予定の『慄く 最恐の書き下ろしアンソロジー』(KADOKAWA)の収録作もすべて原稿があがっていますが、いずれも渾身の作品ばかり。こちらもまた全然違う恐怖を味わえるので、楽しみにしていただきたいです。

――芦花公園さん、北沢陶さんをはじめ、若手作家の台頭も目覚ましいですよね。「この作家さんは押さえておくべき」という方は?

菰田:私は梨さんですね。仕掛けで注目されがちですが、それにとどまらず「私、こういうものにも恐怖を感じるんだ」と気づかせてくれる新たなホラーを書いてくださる方です。私も読むたびに毎回こわさを再発見しています(笑)。11月には角川ホラー文庫で書き下ろし短編集を刊行する予定です。

今井:私は、2023年に『をんごく』(KADOKAWA)で第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉〈読者賞〉〈カクヨム賞〉の三冠を獲得した北沢陶さんですね。「天才、現る!」と思いました。横溝正史ミステリ大賞と日本ホラー小説大賞を統合し、横溝正史ミステリ&ホラー大賞になったことで、ジャンルを超えて新たな書き手が生まれているように感じます。

藤田:僕も北沢さんを挙げようと思っていました。北沢さんは、文章がすごくいいんです。小池真理子さんもそうですが、ページを開いた瞬間から匂い立つような怖さがあり、異界に引き込まれていくような感覚を味わえます。ホラー小説の系譜が今も受け継がれているんだなと、北沢さんの作品を読んで強く感じました。

すべての道は角川ホラー文庫に通じる?

――最後に、皆さんからホラー小説初心者に向けてアドバイスをお願いします。

伊藤:小説に限らず、どんなメディアでもかまいません。興味を持ったホラー作品を起点にどんどん深く探っていただければと思います。例えば映画『バイオハザード』が好きなら、ゾンビホラーを深掘りしていくと、外でゾンビが暴れ回るのが好きなのか、建物などの閉鎖された場所のほうが恐怖を感じるのか、ゾンビを軸にした人間模様に惹かれるのか、自分の好みがわかってくるはず。そうやって好きなものを突き詰めていくと、いつかはすべて観尽くして、観るものがなくなっていくはずです。そうなったら、今度はホラー小説にも挑戦していただけたら。そもそも小説から映像やゲームになった作品も多いですし、無尽蔵にジャンルが広がっています。好きなものから入ってもらえたら、いずれは角川ホラー文庫にたどりつきます(笑)。

今井:すべての道は角川ホラー文庫に通ず、ですね(笑)。私のおすすめは、やっぱり澤村伊智さん。『ぼぎわんが、来る』は中編で構成されているので読みやすく、キャラクター小説としての面白さ、お化けの怖さ、人間の怖さなどすべてが詰まっています。

 いきなり長編は読めないという方は、乙一さんが山白朝子さん名義で書かれた短編集『私の頭が正常であったなら』(KADOKAWA)はいかがでしょうか。切なさもある怪談で、しっかり怖さもあります。グロいもの、ホラーっぽいものは苦手な方にも読みやすい作品なので、すごくおすすめです。

藤田:僕としては、やっぱりアンソロジーがおすすめですね。短編で読みやすく、いろいろな怖さに触れられるので。まずは好きな作品、作家さんを見つけていただけたら。

菰田:私はミステリ的な仕掛けもあって入りやすい、三津田信三さんをおすすめしたいです。私が好きなのは『蛇棺葬』。好きな作家、作品から入り、ホラーの終着点として角川ホラー文庫にたどりついてください(笑)。

――角川ホラー文庫は30周年を迎えました。今後の展望をお聞かせください。

藤田:12月にはアンソロジー第3弾『慄く』が控えていますし、アンソロジーの特装版BOXも制作中です。こちらもぜひ楽しみにしてください。角川ホラー文庫の黒い棚を探したら、面白いホラー小説に必ず出会えるという状況はすでに作れていると思います。その期待に応えられるよう、今後も面白くて怖い本を作り続けていきたいと思います。ホラーの幅広さ、奥深さは損なわず、40周年を目指して頑張っていきたいですね。