五味一男氏

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五味一男氏に聞く

 かつてクイズ番組はテレビ界の華だったが、このところ元気がない。象徴的なのは9月のTBS「東大王」の終了。ほかにも大ヒット番組が見当たらない。どうしてなのか? 日本テレビで数々の高視聴率番組をつくり、「天才テレビ制作者」とも呼ばれる五味一男氏(68)に考察してもらった。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

【写真】今は一般人になった「美人すぎる東大王」の貴重ショット

 五味一男氏は現在、「エンタの神様」などを手掛けているが、過去には「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」(1988〜96年)、「マジカル頭脳パワー!!」(1990〜99年)などのクイズ番組を大ヒットさせた。最近のクイズ番組事情について問うと、こんな答えが返ってきた。

五味一男氏

「まずテレビ界にクイズ番組が非常に多くなって、飽和状態になり、視聴者には食傷気味になっている気がします」

 9月第1週(1〜7日)のプライム帯(午後7〜同11時)に放送されたクイズ番組は6本。確かに多い。五味氏はほかにも気になっている点があるという。

「今のクイズ番組の大半は回答者の学歴を前面に出すようになりました。問題も漢字やことわざ、英語、世界遺産絡みのものなど偏差値的な能力を問うものが増えている。けれど、偏差値と頭の良さはイコールではありません。タレントさんたちを見ても分かる通りです。そこに視聴者は気づき始めた気がします」

 確かに最近はクイズ番組で学歴を出すことの意味が乏しくなりつつある。まず、クイズ番組によく出るタレントの学歴は既に知れ渡り、驚きや意外性はなくなっている。また、高学歴が売り物のタレントはクイズで一定以上の成績を挙げるものの、本業のほうではあまり目立たないというケースが珍しくない。

 逆に世間的には高学歴と言われないが、活躍しているタレントは数多い。これではクイズ番組が学歴を前面に出す意義を考えてしまうし、番組内での好成績もありがたみを感じにくい。

QuizKnockはネットで人気

 一方で五味氏は、「東大王」を支えてきたQuizKnockの存在は、事情が異なると見ている。QuizKnockとは伊沢拓司氏(30)が代表で、東大OBと現役東大生たちによる知識集団である。

「QuizKnockの場合、YouTubeやウェブメディアでの人気が続いていますから」

 QuizKnockのYouTubeのチャンネル登録者数は230万人を突破している。書籍も出し、イベントなども開催している。茶の間での幅広い人気が求められる地上波での「東大王」は終わったものの、コアなファンがネットなどに集まっているわけだ。

 そもそもQuizKnockが得意とするクイズのスタイルは、地上波のクイズ番組のものとは異なるはず。QuizKnockは本来、最初から抜群に頭の良いメンバーが、さらに勉強を重ね、超が付くほどの難問に挑む。

「東大王」のスタイルはQuizKnockに合っていたのだろうか。芸能人との対戦などがあった分、比較的解きやすい問題も目立ったため、QuizKnockたちは持ち味をフルに発揮できなかったのではないか。

 クイズが学歴重視、偏差値重視になったのはいつからだろう。源流を辿ると、五味氏に行きつく。五味氏は「全国高等学校クイズ選手権」(1983年〜)を2008年から5年間担当した。この間、内容を一新。「知の甲子園」と銘打ち、知力勝負に徹した。

「『高校球児は甲子園で脚光を浴びる。頭のいい高校生がクローズアップされる機会があってもいいんじゃないかな』と思ったんですよ。だから、問題はかなり難しくしました」

 それまでの「高校生クイズ」は「知力」「体力」「チームワーク」の総合力で勝負が行われた。母体の「アメリカ横断ウルトラクイズ」(1977〜92年、98年)の高校生版と言って良かった。知力だけで勝負は決まらなかった。一方でマンネリのためか視聴率が下降していた。

 内容刷新1年目の2008年に優勝したのは愛知の東海高校で世帯視聴率は14.0%だった。2007年は鹿児島のラ・サール高の優勝で8.6%だったから、数字は大幅にアップした。

 ちなみに2008年の問題の1例は次の通りである。

「古代ローマ時代に5賢帝と呼ばれた5人の皇帝は?」(答え・ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス・アントニヌス)

 これを早押しで答えるのだから、難問に違いない。番組には外部から「非常に難しい問題にどんどん答えていく高校生は素晴らしい」との意見が寄せられた。

 一方で茶の間では到底解けない問題も多かったため、違和感を訴える声もあった。どんなジャンルの番組も転換期には異論が付き物だ。しかし、視聴者ニーズの高まりは他局も見過ごせるはずがなく、クイズ界全体の学歴重視、偏差値重視が始まった。

クイズ番組にも変化が必要

 五味氏自身は学歴と偏差値を絶対視しているわけではない。

「凄い回答者たちを視聴者に観てもらいたかった。だから『こんな問題、解けない』という声が出るのも分かっていました」

「知の甲子園」の2回目となった2009年の優勝は奈良・東大寺学園で、世帯視聴率は17.7%。3回目の2010年は東京・開成高校が頂点に立ち、同15.5%。この時、現在はQuizKnock代表の伊沢氏が同校1年生として出場。イケメンと話題になり、のちに東大に進んだ田村正資氏(32)らも3年生で、伊沢氏と一緒に参加した。

「知の甲子園」は改革だった。学歴重視と偏差値主義に陰りが見えてきた今のクイズ番組界にも改革が求められているのかも知れない。クイズ番組は一定の視聴率をマークしていたら長寿番組化しやすいが、その分、常に古くなる危険がある。

 過去に大ヒットしたクイズ番組も例外なく新しさがあった。回答者の誰が正解するかを出場者が当てる「クイズダービー」(TBS、1976〜92年)。1979年6月30日の放送では40.8%の最高世帯視聴率を記録した。

 海外レポートとクイズを組み合わせた「なるほど!ザ・ワールド」(フジテレビ)も斬新だった。1983年12月27日に同36.4%をマークしている。

「マジカル頭脳パワー!!」は新しいスタイルのクイズを次々と世に放った。その上、小学1年生から高齢者まで同じ問題に取り組めるようにしてあった。1996年5月2日放送で同31.6%を記録した。

 五味氏は「クイズ!ヘキサゴンII」(フジテレビ、2005〜11年)も画期的だったと指摘する。回答者はタレントだが、学歴は前面に出さず、問題は易しかった。たとえば「英語で1番目はファースト、2番目はセカンド、3番目は?」(答え・サード)。演出力で見せていた。

「エンターテインメントとして、きちんと成立していました」

「ヘキサゴン」も新しかったわけだ。最高視聴率は23.5%だった。

 五味氏自身は2011年からは東大、京大などから選抜された俊才が超難問に挑む「最強の頭脳 日本一決定戦! 頭脳王」を始めた。伊沢氏や東大医学部卒の医師でQuizKnockにも所属する水上颯(29)たちが出演した。「知の甲子園」をグレードアップした番組だった。

「問題が小学1年生でも解ける『マジカル頭脳パワー!!』とは対極に位置する番組。異次元の難問を出しました」

 その1つは回答者にQRコードを見せ、「何のQRコードか答えなさい」と問う問題。解ける人は人間離れしている。問題の難しさは最大級で、これも新しさだった。

 超難問が解ける人材はどこで探すのか。

「東大のクイズ研究会などからです。『地頭がいいのは彼』といった情報を教えてくれますから。東大にアプローチすると、京大の内実も分かります。クイズ愛好家たちは繋がっていますから」

 今の五味氏には懸念がある。各局のクイズ番組の制作者に日が当たっているかどうかである。

「ドラマの制作者は『凄い』という共通認識があり、それは良いことなんですが、クイズ番組の制作者についてはどうなんだろうと思っています。『クイズ番組なんて誰にでも出来る』という空気があったら問題ですね(笑)」

 確かに近年はクイズ番組制作者にスポットライトが当たりにくい。1990年代までのクイズ番組制作者はスターだった。

 クイズ番組制作者の苦労を考えると、それも妥当だろう。五味氏は「マジカル頭脳パワー!!」などの問題のすべてを自分でつくっていた。独特の連想ゲーム「マジカルバナナ」も考案した。

「番組が盛り上がるかどうかの決め手ですから」

 クイズ番組の制作者は苦労が多い。それを乗り越え、再び大ヒット番組を生む制作者は出てくるか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部