真田広之(C)ロイター

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 今年の米プライムタイム・エミー賞で史上最多となる18部門を独占した連続ドラマ「SHOGUN 将軍」。世界でいま最も注目が集まっているドラマだ。なぜここまで高い評価を得たのか。「SHOGUN 将軍」を楽しむためのポイントとあわせて、映画評論家の北島純教授(社会構想大学院大学)が解説する。

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 まず何よりも「SHOGUN 将軍」にはドラマとしての圧倒的な面白さがある。それを支えているのは、優れた脚本と俳優陣の演技だ。脚本を手掛けたジャスティン・マークスとレイチェル・コンドウ夫妻は、戦国時代の日本に漂着したイギリス人航海士の数奇な運命が語られるというジェームズ・クラベルの原作小説「将軍」(1975年)の基本線を維持しながらも、物語を「異文化間のコミュニケーション」を影の主題とする壮大なダイナスティードラマ(権力争奪譚)に新しく作りかえた。

 権力を巡る争いを描くドラマといえば、「ゲーム・オブ・スローンズ」を筆頭に多々あるが、「SHOGUN 将軍」は、16世紀のカトリックとプロテスタントの戦いやポルトガル貿易の利権など、これまで日本の時代劇ではあまり深掘りされてこなかった視点を取り込んだ上で、日本文化を全く知らない「異国人」と彼を助ける「通詞」(通訳)の間の対話劇を通じて、個人の損得を超えたところにある「宿命」「忠義」、「イエ」(藩)といった当時の日本的価値を分かりやすく伝え、米国人視聴者の興味を駆り立てることに成功している。

 原作小説「将軍」やそのドラマ化(1980年)は東西分断を前提とした旧冷戦下に出版・公開されたものだったが、現代は「グローバル化」を前提とした上で徐々に「分断」が進みつつある時代だ。異文化間のコミュニケーションを巡る描写は繊細さを要求されるようになっている。特にコロナ禍以降は世界中から日本に観光客(インバウンド)が押し寄せ、高層ビルと寺社仏閣が共存する風景に驚嘆し、礼節を重んじる日本文化が称賛を浴びている(円安もあるが)。この作品は、「サムライ」「ニンジャ」「ハラキリ」といった強調描写が残るものの、全体としては細心の注意をもって日本人蔑視、東洋趣味(オリエンタリズム)のにおいが払拭された上で、日本が「再発見」されるような鑑賞体験を提供している。「異なる文化がいかに交流できるのか」という今の時代に見合った問題関心を脚本に取り込んだことが成功した要因だろう。

 主人公の吉井虎永を演じた真田広之(主演男優賞)の抑制が利いた演技と美しい所作も素晴らしい。耐え難いような重荷を背負う通詞・戸田鞠子役のアンナ・サワイ(主演女優賞)や抜け目のない伊豆領主・樫木藪重役の浅野忠信らの演技も冴え渡っているが、特筆すべきは太閤側室の「落葉の方」を演じた二階堂ふみの演技だ。その存在感、目線の動き、連歌を詠む声は権力の存亡を懸けた人間群像劇に比類なき深みを与えている。美術セットは豪華絢爛だが全体の描写はダークな色調で、武家社会の峻厳、死と隣り合わせの戦国時代の日常がよく表現されている。派手な合戦シーンもなく、「ゲーム・オブ・スローンズ」の対極にある重厚な歴史ドラマだ。

「SHOGUN 将軍」が高評価を得た背景には、近年のエンターテインメント界における「アジアの勢い」がある。「パラサイト」や「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」といった映画がアカデミー賞を席巻し、エミー賞でも韓国ドラマ「イカゲーム」が作品賞にノミネートされた。外国語作品の字幕視聴という新習慣も含めて、アジア系作品が受け入れられる地ならしは済んでいたともいえる。

 製作はディズニー傘下のスタジオ「FX」。2.5億ドル(約360億円)を超えるといわれる膨大な予算が投じられたのは、Netflixに後塵を拝しているディズニーにとって戦略的価値のある作品だったからだろう。プロデューサーを兼ねた真田広之の細部にわたる指導と美術セットの完成度のおかげで、日本文化が描かれる際にしばしば日本人が感じる「違和感」が低減されている。特に第8話以降は日本人であっても固唾をのむような展開で、これが「外国作品」であるということを思わず忘れるような仕上がりになっている。その「オーセンティシティー」(真正性)は日本文化に対する興味とリスペクトをかきたてる。今後のインバウンド需要に対する影響は計り知れず、真田広之の貢献は国民栄誉賞に値するだろう。授賞式のスピーチも秀逸だった。

 虎永が徳川家康、石堂和成が石田三成をモデルにしているのは明らかだが、細部は異なる。史実に詳しい人ほど混乱する可能性がある。あくまでも創作キャラクターであることを念頭に、固定観念をリセットした状態で鑑賞したい。Disney+の独占配信だが、契約する価値は十分にある。公式サイト掲載の人物相関図を横目で見ながら、字幕が乱れる場合はテレビに接続したFire TV Stickなどの外部機器から再生するのがおすすめだ。

▽北島純(きたじま・じゅん)映画評論家。社会構想大学院大学教授。東京大学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹を兼務。

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