すべてを知った妻の反応は――

写真拡大

【前後編の後編/前編を読む】大学時代に観た映画で「特殊な趣味」に目覚め…44歳夫は劣等感を抱き続けた 隠されていた出生の秘密

 鶴野晴也さん(44歳・仮名=以下同)は、大学時代に観た映画をきっかけにSMの趣味に目覚めた。しかし、自らの性癖に戸惑い、その欲望を封印。学生時代に恋愛に失敗し、社会に出てからも劣等感に苦しみ続けたという。さらに、成人後に両親が離婚したことで、自分は母の浮気によって産まれた子ということを知る。30歳で同い年の麻由美さんと結婚したが、そんな家族の秘密は話せないでいた。

 ***

【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】

 結婚してから半年過ぎても、晴也さんは麻由美さんと関係をもたなかった。麻由美さんも忙しく仕事をしていたので、新婚当初、誘い損なってからずっと誘えないままだったのだ。ふたりでドライブ旅行に出かけたこともあるのに、彼は運転疲れでホテルに着くやいなや眠り込んでしまった。

すべてを知った妻の反応は――

「さすがに麻由美もイライラが募ったんでしょう。半年過ぎたころに『私はあなたにとって性的な魅力がないのかな』と言いだした。そんなことないよとしようとしたけどできなかった。彼女は子どもがほしいのにと泣いていました。僕は麻由美を好きだよ、悪いのは僕なんだと言いながら涙がこぼれました」

 機能に問題があるというより精神的に緊張するんだと言い訳をして、3ヶ月ほど彼はがんばった。麻由美さんの献身的な協力があってようやくできるようになったとき、心からほっとしたという。

 その1回で妻は妊娠し、晴也さんは「義務」から解き放たれた。彼はセックスそのものが好きではないと確信した。妻のことは愛しているのに、セックスをともなう関係からは解放されたいと願った。

僕もオヤジのように…と疑いつつ

 妊娠中は「怖くてできない」と妻に言い続け、娘が産まれてからは心身ともに疲弊していた麻由美さんのほうが欲求を見せなくなった。そのままずるずるとレスが続き、ふたりの間では暗黙のうちに「しなくていい」ということになっていった。と、晴也さんは言うが、果たして妻は本当にそう思っていたかどうかわからない。言っても無駄だと思っていたのかもしれない。

「娘が1歳になる前に保育園があいたので、妻は仕事に復帰しました。協力しあって育児をし、家庭はそれなりにうまくいっていたと思います。でも、たまたま定時で仕事を終えたので、今日は僕が行くよと妻にメールをしてから保育園に行ったら、先生が『今日は延長ということになっていますけど、いいんですか』と。そんなことが何度かあったんですよ。残業の予定があったのかと聞いたら、ごにょごにょとごまかされて……。そのとき、もしかしたら娘は僕の子ではないのかも、と思ったことがあるんです。僕もオヤジのように妻に騙されているのではないかと。さすがにそんな連鎖はないだろうと考えるのをやめたけど」

 妻とレスなのだから、自分に何か言う資格はない。彼はそう考えていた。そして勇気を出してレスを解消する気にはなれなかった。妻は外で何かあるのかもしれないが、家庭生活に支障をきたすようなことはなかった。それでいいと彼も考えていた。

コロナ禍で“封印していた箱”が開いた

 3年ほど前のことだ。コロナ禍で、晴也さんは週1度の出社という状態が継続されていた。妻は仕事の関係で、毎日出社していた。家で仕事をしながら、晴也さんはどこか心が鬱々としていた。あのころ日本中がそうだったのだ。

「仕事の合間にネットサーフィンをする習慣がついてしまって。こういうときに風俗というのはやっているんだろうかとちょっと調べたら、案外やってましたね。あんな時期だからこそ、癒やしを求めていた男たちが多かったのかもしれません」

 ふっと目に入ったのがSMという文字だった。心の奥がずきんと疼いた。20年以上たって、封印した箱が開いてしまったのがわかった。今、こんな時期だからこそストレス解消をしたほうがいいと自分に言い訳をした。

「SM系のクラブに行ってみたんです。女王様に鞭で打たれてみて涙が出るほどうれしくて興奮して。あんな喜びは生まれて初めてでした。同時に、こういう関係を、パートナーと1から作って行きたいという思いにかられました」

SMの中でしか生きられない人

 ネットで探せばいいと女王様が教えてくれた。勇んで帰って探すと、そういうマッチングアプリがいくらでもあった。怖い思いはしたくない、損もしたくない。純粋に欲求の合う相手がほしかった。

 ところがなかなか見つからなかった。再び、SMクラブに行き、女王様に話してみた。そもそもあなたはどんなプレイがしたいのと言われ、そうか、これは恋愛でも友情でもなく、「プレイ」という名の芸術なのだと晴也さんは思ったそうだ。

「自分が何をしたいのかもはっきりわかっていないのだから、相手が見つかるわけもない。僕はたぶんSでもMでもあるんですよ。プレイを通して、限界ギリギリのところまで追いつめたり追い込まれたりしながら、相手と魂を共有したい」

 饒舌になっている晴也さんの表情を思わず盗み見てしまう。SMをこよなく愛する人、というかSMの中でしか生きられない人がいるのだと痛感する。

「2年前、ようやく理想の相手と巡り会いました。痛みと快感を共有しながら、ぎりぎりのところで人としてつながれる。僕はようやく、自分の理想の生き方を手に入れることができた気がしました」

 神経をすり減らしながら激しいプレイを求め、相手にも与える。それが愛であり、自分が生きている証でもある。だがそれは恋愛感情ではない。ということを彼は言葉を尽くして語ってくれた。しばらく話してから、「すみません。ひとりで盛り上がって」と詫びた。

理想の相手、桜子さん

 理想の相手は3歳年下の桜子さんで、彼女は若いころから自分の性癖を自覚していたため、ずっと独身なのだという。プレイの相手とは敬意をもって接する誠実な女性だと晴也さんは絶賛する。

「本気でないと向き合えないから、彼女と会うのは月に1度くらいです。そのときは休みをとってホテルにこもり、朝から夜までプレイをし続ける。彼女とはいわゆる通常のセックスはしません。いろいろなプレイをしますが、僕らにとっての理想的コースもあるんです」

 恋ではないが愛はある。晴也さんはそう言った。

 桜子さんが独身のため、プレイに使う道具は桜子さんの部屋に置いてある。プレイの日は、晴也さんが彼女の部屋に行って道具をもってホテルへと赴く。桜子さんの部屋でそういうプレイに及んだことはない。あくまでも非日常、別世界へ行くのが目的だから、日常生活が営まれている場所ではできないのだという。

「月に1度でも、そういうことがあるとまた1ヶ月がんばれるんですよ。生きるために必要な行為だし、それによって僕は生きていると思える」

もちろん、妻は疑い始め…

 だが、妻は急に生き生きしはじめた夫を不審に思ったようだ。知らない間に探偵をつけられていた。浮気をしているんでしょと責められて、彼は「浮気ではない」と言い張った。桜子さんとともにホテルへ入っていく写真をつきつけられ、「違うんだ」とプレイのことを話した。

「つい力が入ってSMの説明をしてしまったんですが、聞いていた妻は、カッと目を見開いて『変態!』って。いや、魂なんだよとわけのわからないことを口走って、よけいに妻に軽蔑の目で見られました。いやだいやだ、そんな変態が夫だなんて、と妻は何度も叫んでいた。そういえばあなたのお義父さんもお義母さんも少し変だものって」

 そのとき初めて、彼は妻が「親子の秘密」まで知っていることを悟った。妻は結婚前に、晴也さんの兄からすべてを聞いていたのだという。

「そういう人だからこそ人の痛みがわかると期待していた。だけどあなたはそもそも夫婦の愛情確認としてのスキンシップも嫌がっているみたいだし、どこか普通じゃないと思ってた。SMプレイをするのがいちばん楽しいなら、どうして結婚なんかしたのよと追いつめてくる。確かにそうなんだけど、僕はきみを愛しているし、家族として何より大事なのはきみと娘だと言うと、そんなふうにごまかさないでよと怒られました。何を言っても生理的に受け入れられないんでしょう」

 本当なら妻と一緒に楽しみたかった。でもそれさえ言い出せなかったと彼は言う。

「汚らしいもの」という扱いに…

 どうしても僕のことが気持ち悪いなら離婚してもらってもかまわないと彼は思いきって言った。だが妻は「今は離婚しない」と言い張った。それでも、とにかく洗濯物だけは自分でやって、それからお風呂は最後に入ってと吐き捨てるようにつぶやいた。

「汚い、気持ち悪いという気持ちなんでしょうね。どうしてそうなるのかわからない。イメージだけで決めつけないでほしいと頼んでも無理と言われて。しかたないんでしょうけど」

 家庭が大事なのは本音だろう。だが彼にとってプレイも重要なのだ。生きるエネルギーとして。それがなければ仕事も家庭も力を注ぐことができないのかもしれない。妻とできないからこそ、彼は理想的なプレイができる相手を見つけた。

 彼にとっては大好きな映画を「この人と」観に行きたいのと同じような感覚なのだろうが、そういう世界を知らない人には理解はできない。理解してもらおうと思うのが間違いだとわかっているとも言う。

家族への愛情とはまったく別のものなのに……。寂しいですね」

 くぐもった声でそう言った彼の表情は、SMを語るときとはまったく別の寒々しいものだった。

 ***

【前編】では、晴也さんが自らの趣味に目覚めたきっかけなど、彼の原点を紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部