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新紙幣が導入されて2カ月が経ち、新しいデザインのお札を受け取る機会も増えてきた。寸法はこれまでと変わらないため、ほとんどの人が財布の買い替えといった準備に追われることはなかっただろう。

しかし、今回の新紙幣導入によって「死活問題になる」と嘆く人たちがいる。ラブホテルを中心とする「レジャーホテル」の関係者だ。

フロントで直接対応する都市部と違い、地方のレジャーホテルの多くは自動精算機を導入しているが、今あるものは新紙幣に対応していないため、買い替えを余儀なくされている。(ライター・玖保樹鈴)

●自動精算機を替えても「客の増加」につながらない

「自動精算機の買い替えコストは、1台あたり60万円です。この店舗は18部屋あるので約1000万円かかりましたが、行政から補助はまったくありません。新紙幣が導入されてあまり時間が経っていないので、まだ表面化していませんが、流通するお札がほぼ新紙幣に変わる年末ごろには、閉業に追い込まれるホテルも出てくると思います」

こう語るのは、群馬県と栃木県に合わせて4店舗ある「ホテルセーラ」の代表、市東剛さんだ。千葉県出身の市東さんは、ピンク・レディーのバックバンドなどを経て、23歳でレジャーホテルの経営に携わるようになった。

そんな市東さんいわく、群馬県と栃木県のレジャーホテルの大多数がフロントを通らず、自動精算機で支払いが完結するようになっているという。第三者と顔を合わせるわずらわしさがないことも利用者に選ばれる理由となるため、市東さん自身は「無理してでも自動精算機を維持しないとならない」と考えているそうだ。

「とはいえ、自動精算機を新しくしても客足は伸びません。『60万円かけて改装してベッドをふかふかにした』なら、お客さんが増えるかもしれませんが、自動精算機のリニューアルなんてなんの魅力もないですよね。お客さんにとって魅力がないものにコストを払うのは、正直きついです。でも替えないと、敬遠するお客さんも多いのも事実です」

●新型コロナきっかけで店舗削減を余儀なくされた

静岡県内のレジャーホテルチェーンから、34歳で独立した当時はバブルの真っ只中だった。そんな状況でもホテルセーラは閉業したラブホテルを買い取って居抜きで改装したり、その改装も極力自分たちの手でおこなうなど、徹底的にコストを下げてきた。コテージ形式の駐車場付き平屋が並ぶ赤堀店(群馬県伊勢崎市)も、買い取ったときは荒れ果てていたそうだ。

「当時は敷地内に入れないぐらい草ぼうぼうで、まさに廃墟が並んでる状態でした。それを土地代込みで約3000万円で購入して、改装費に約1000万円、自動精算機導入に約500万円かけました。18部屋で1000万円の改装費は非常に低コストですが、自社で内装を施工することには費用を抑える以外にも意味があるんです。

壁紙一つとっても、業者任せにして、はがしにくいものにしてしまうと施工に時間がかかりますが、自分たちでビニールクロスを張れば数時間でできます。また壁紙の柄合わせにもこだわらなければ、資材のロスが減らせます。

また工務店に発注して設計士が考えたシャンデリアを付ければ、維持に手がかかります。でも照明器具を天井に直付けすれば、掃除の手間も省けてほこりもたまりにくい。『できることは自分たちでやる』を徹底した結果、一時は7店舗まで増やすことができました」

もう1店舗増やそうか――。そう考えていた最中にコロナ禍に見舞われ、そこで初めて「自分たちが差別を受ける対象だった」ことに気づいたという。

「お客さんが全然来なくなって困っているのに、公的な支援は一切ありません。GoToトラベルや持続化給付金、固定資産税の免除措置からも排除されてしまって、『差別っていうのはこういうことなんだ』と初めて気づきました。それまでは『資本主義は競争社会だから勝つしかない、弱い奴が負けて強い奴が勝つんだ』なんて考えの、ガチガチの自己責任論者だったのですが・・・」

市東さんはSNSで現状を訴え、関西の性風俗店が持続化給付金から除外されたのは「法の下の平等」に反すると国を相手取った「持続化給付金等支払い請求控訴事件」の原告側協力者にもなった。まさに差別体験を機に「声をあげる経営者」に生まれ変わったのだ。しかし、ホテルセーラも事業規模を縮小せざるを得なくなったという。

「行政の対応が不公平なことは、担当者もわかっているはずです。だって、レジャーホテル業界を公的支援から外さないとならないという法律は、どこにもありませんから。『ラブホテルの経営者の多くは反社会勢力』という噂も根拠がありません。なのに『国民の理解が得られない』から排除するなんて、そんなバカな話があるかと。

とはいえ、約70人の従業員のためにも、経営努力で乗り切るしかない。私は担保にできる物件があったので、銀行から借り入れして店舗も一部売却して、4店舗まで減らしてしのいでいます。売り上げそのものもコロナ前と同水準とは言えませんが、回復基調にあります。だから『自助努力で頑張ろう』と前を向き始めたところに、まさかの自動精算機問題が勃発して。新たにもう1店舗売却する決断をしました」

●自動精算機を諦めてフロントにセルフレジ導入

コロナ禍だけではなく、自然災害でダメージを受けたレジャーホテルであっても、自動精算機の買い替え問題は待ったなしだ。

能登半島地震で被災し、塔屋や客室天井、給水管などが破損し、ボイラーの不調も起きた石川県金沢市の「ホテル月世界」支配人、高田英治さんは「買い換え前提に数年前から少しずつ貯金してきた」ものの、買い換え自体を諦めたという。

「購入台数や工事内容によっては値引きがあると思いますが、今回、業者から提示された金額は1台100万円以上でした。コロナ禍による売上減少と持続化給付金対象外にはじまる公的支援除外によって貯金の多くを吐き出し、さらに元旦の能登半島地震で被災して、復旧工事や修繕工事に多大な出費がかさんだので、断念せざるを得ませんでした。

利便性を損なわず安価な他メーカーを探したのですが、あからさまに『レジャーホテルとは取り引きしたくない』とか『業務多忙につき』など、体よく断られてしまって。そこで隣接する姉妹店と共同利用で、フロントセルフレジを導入することにしました。

また、全客室内でクレジットカードとPayPayの両方で支払いできるセルフキャッシュレス決済を導入する予定でしたが、PayPayのほうの審査にはまだ通っておりません。審査の申し込みもルートが狭く限られていますし、一旦は通っても利用停止にされたり、強制解約されたという話も聞いています。

今後、業界内からクレジットカードと同様に使えるよう、要請する動きが出るのではないでしょうか。国はスーパーなどの小売店や飲食店にはキャッシュレス決済を進めるための補助金や助成金を出していますが、必要性や利便度が変わらないのだから、われわれの業界にも分け隔てせず支援するべきだと思います」

ホテル月世界も全12室の部屋ごとに専用ガレージがあり、その上が客室という構造となっている。客室内に精算機があるため、フロントに立ち寄らず支払いを済ますことができるが、12室分の精算機を導入するとやはり1000万円以上かかってしまう。ホテル月世界近くの同業者のうち、2軒がすでに廃業を選んだそうだ。

●一部は公的補助を受けられたものの、対象外の部分も多い

能登半島地震で被災したものの、レジャーホテルは公的支援から除外されていたことは以前紹介した(https://www.bengo4.com/c_18/n_17412/)が、被災した宿泊施設の改修工事費の一部について助成する「金沢市被災宿泊施設改修支援事業費」の対象に含まれることが3月末に決まった。

外壁や配管など、破損した部分の3分の2の費用を公的補助金で修理できることになったと高田さんは明かす。

「もう感謝しかありません。申請の締め切りの4月末に何とか間に合わせて市の審査も通り、7月初旬に約360万円の補助額が決まりました。

ただ、非常に助かったのには間違いないのですが、内装などは震災用ではなく通年の改修費補助で対応となり、補助対象外の部分も多く、当店でも客室内の内装や天井、非常用避難階段などの内壁がひどく傷んでいるところもあり、塔屋壁面のネオン照明などはどちらの補助金からも対象外でした。

そこでやむなく、ペンキ塗りや内壁補修など、一時的ですが自分で修繕したところもあります。受領予定の補助金以外に約500万円の出費になりそうです。8月段階で工事を終えたのは、緊急補修の給水管と、かなり危なかった塔屋の鉄骨補強と外壁替えだけで、他はまだ工事待ちになっています」

高田さんによると、奥能登6市町にある約10店舗のうち営業再開できたのは、わずか2店舗しかないという。公的支援のなさに加えて、人口流出による商圏縮小や再建築不可という風営法の悪影響もあり、このまま廃業してしまう店舗も多いのではないかと危惧している。

「すぐ近くの津幡町にあるラブホテルは床上浸水して休業となりましたが、今でも野ざらしの状況です。一方で周辺はきれいに直されていて、その格差を見るにつけ心が痛みます。自分も被災当事者になって身に染みてわかったことですが、自店の再建だけでもかなり労力が必要で、行政に対しては思うような動きがほとんど取れませんでした。

窮余の策として、隙間時間にSNSで訴えたのが大きく取り上げられたからこそ、部分的に改善されたに過ぎません。レジャーホテルが二次避難所や再建関連の各種補助金、復興宿泊割などから排除されたことは、有志で結成した金沢レジャーホテル協会のアンケートで約9割が『おかしい』と答えています。親身になってくれた議員もいますが、行政に訴えても、再検討されず動きもありません」

●誰もが当事者になる可能性があるのに「声をあげる人」はわずか

ホテル月世界の8月までの新紙幣の利用率は、実感として1〜2%程度で「正直、拍子抜けしている」と高田さんは言う。しかしこれは新紙幣が導入される直前に「客室内精算機で使えるのは旧札のみで、新紙幣は姉妹店のフロント対応」と案内したことが功を奏しているからで、ホテル月世界に限った話かもしれない。

また、そう遠くない未来に南海トラフ巨大地震が来ると言われている今、被災する可能性はどの地域でもある。新紙幣には対応していかないとならないし、いつ自然災害に見舞われるかわからない。

そんな状況なのに、公的補助からの排除に表立って異を唱えるレジャーホテル関係者は、ごくわずかなのが現状だ。この「業界の足並みがそろわない」理由について、市東さんも高田さんも、経営者自身にも問題があると指摘する。

「昔のように家族経営だったり、自分たちの手で運営しているホテルは減少しています。支配人はいても、所有しているのは他県の法人で、リスク分散のためにラブホテルに投資してるケースも多いので、なかなかオーナーにつながらないんです。

私は伊勢崎東毛旅館組合というラブホテル組合の顧問をしていますが、業界のための署名活動をしても、現場の人しか集まらない。経営者自体が店舗になんの思い入れもなくて、儲からなくなればやめればいいと考えているケースもあります。

SNSを通して、息の合う同業者と出会えましたが、次第に『こんなことやってる場合じゃない』と元気がなくなり、結局、廃業した人もいます」(市東さん)

同じ「レジャーホテル」で括られたとしても、風営法届け出の有無や、立地や客層によって状況も異なる。オーナーの意向や熱意もバラバラで、まとまりにくい業界なのは事実だとしながら、高田さんは言う。

「だんだんと少なくはなってはいますが、未だに偏見を持たれている業界であるため、依然として表立って動こうとする人はわずかです。だからなのか、『等しく扱うように』程度の要望を出しても、異論のごとく扱われて抹殺されてしまうことが多いのですが、その責任は私を含め、全国の経営者たちにもあると感じています。

復旧復興はマンパワーや費用調達と時間とのたたかいなので、他の地域で大震災が生じる前に、今回までに起きた大小さまざまな問題を改善していただきたい。金沢市の『震災宿泊施設改修費補助』のように、早期に政治主導で決着する必要があるのではないでしょうか。

そのためにも、未来を変えたいレジャーホテル経営者や心ある支援者は私に連絡してほしいし、自分ができる範囲でいいので、何か行動を起こしてほしいです」(高田さん)