リアル・トラウム、Bunkamuraオーチャードホールへの道【Vol.4】高島健一郎インタビュー

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IL DIVOに始まり、日本でもLE VELVETSやTHE LEGENDなど多くのフォロワーを生んできたクラシカル・クロスオーヴァーの男性ヴォーカル・ユニット。メルビッシュ湖上音楽祭やドイツ44カ所のオペレッタツアーに参加するなど国際的なキャリアを歩むテノールの高島健一郎をリーダーとして、東京芸術大学を卒業した同門の声楽家たち4人が集まって結成されたのが、REAL TRAUM(リアル・トラウム)である。デビュー1周年記念の浜離宮朝日ホールの完売公演において、彼らは次なる夢の舞台としてBunkamuraオーチャードホールでの公演を発表した。

ドイツ語で「正夢・夢を実現する」といった意味のグループ名通りに着実にグループの実績を積んでファンを魅了してきた彼らの今Bunkamuraオーチャードホールへの道程について、メンバー各人にシリーズインタビューし、最後に3大テノールから始まった男性ヴォーカルのクラシカル・クロスオーヴァーの歴史を纏める特別寄稿を、9月21日に発表したい。

4番バッターは、テノール担当でグループのリーダー、そしてこの冬にはドイツ44都市を巡るオペレッタツアーでレハールの『メリー・ウィドウ』のカミーユ役を演じる高島健一郎である。

――ドイツ44都市を巡る、オペレッタのツアーで抜擢される日本人シンガーって他にどなたかいらっしゃるんでしょうか。どんな経緯でこうなったのか、以前も一度お聞きしましたが改めて教えていただけますでしょうか?

おっしゃるとおり、たしかに日本人では他にいないかもしれないですね。コロナ前の留学中にドイツのツアーでジプシー男爵のバリンカイ役などの主役が出来た事は、東京芸大時代の夢が叶った出来事でした。ウィーンでは、ドイツ語が母国語じゃないアジア人が、オペレッタの主役をやるのは難しい、と色んな先生に言われました。ウィーン市立音大のオペレッタ科に入学した時は補欠合格で、8人のクラスでビリの成績からスタートだったので(笑)。毎日のように新しい曲に追われ、授業についていくのに必死でしたが、ある日先生から「ジプシー男爵のアリアは歌える?明日のレッスンで歌ってみて」とメールがきました。次の課題かと思っていたのですが、歌ったら「来週オーディションがあるから受けてみなさい」と言われました。すると、ドイツ・ツアーの責任者の方が大変気に入ってくれて合格し、実際の公演でも新聞の批評が良く、認められたと感じました。そしてツアーが終わる頃に責任者の方から、来年も是非出演して欲しいと言って頂けました。

2年目のツアーも無事に終わり、レハール音楽祭にも呼んでいただけるようになり、ヨーロッパでのキャリアが軌道に乗ってきた2020年に起きたのがコロナ禍でした。ヨーロッパの舞台はすべてキャンセルされ、翌年にカミーユ役で出演予定だった「メリー・ウィドウ」のドイツ・ツアーも中止になりました。「メリー・ウィドウ」のカミーユ役はオペレッタのテノールを代表する役で、比較的若い年齢の時にしか出来ない役なのでこのチャンスを失ったことはショックでした。

今年のはじめに、YouTubeや日本での活動を全力で取り組み、そこでも結果がしっかりと見えてきたので、リアル・トラウムのプロデューサーにも相談しグループとの両立できるか相談しながら、久しぶりにドイツ・ツアーの責任者の方に、「次のツアーのオーディションを受けるチャンスがあるなら受けさせて頂けないでしょうか」とメールをしました。すると5分後に返信を頂き、「是非今のあなたの声を聞かせてください」と言ってもらえました。さらに僕はオーディションのためだけにでもウィーンに行く覚悟でいましたが、ドイツ・ツアーに2回出演している実績をふまえて「今のあなたの声がわかれば良いのでビデオ審査で構いません」と言ってもらえました。

――高島さんの実力がしっかりと評価されていたのですね。

課題曲として出されたのが、なんと!!!「メリー・ウィドウ」のカミーユのアリアでした。次のツアーの演目が「メリー・ウィドウ」という事を知り、運命的なものを感じました。コロナ禍から4年が経ち、こうして、もう一度メリー・ウィドウのカミーユ役を歌うチャンスが巡ってきたわけです。

――リアル・トラウムのプロデューサーにも相談されたとおっしゃっていましたが、迷いもあったということですか?

もちろんです。リアル・トラウムの活動も想像していた以上に順調で、かつ楽しくやれていますし、自分のソロもおかげ様で浜離宮ホールを売り切れるようになりました。今は日本での活動に集中するべきではないかという気持ちもあったのです。ただ、相談してみると、自分が思っていた以上にドイツでトライするよう背中を押してもらえて。「その仕事は高島君にしかできないでしょ?そんなチャンスを貰える日本人なんて、君しかいないんだから、トライした方がいいんじゃない?」と言ってもらえたので、自分でも吹っ切れました。そして、そこで吸収したものをまた日本での活動に活かせるはずだと思うことにしました。

――本当にその通りですね。そして、ドイツでのツアーが終わって、一週間ほどでオーチャード・ガラを開催することを決心されたのですね。

そうなりますね。まるまる3か月も日本を留守にしてしまうので、ツアーが終われば、なるべく早く戻って、すぐにでも舞台に立って、ファンの皆さんに会いたいという気持ちが強くありました。なので、プロデューサーには、なるべく早いタイミングでリアル・トラウムの皆とコンサートをしたいとお願いしました。まさか、オーチャードホールとは思っていませんでしたが(笑)。

――他のメンバーの皆さんは、「そんなの無理無理」と思ったとおっしゃっていましたが。

オーチャードホールと言われて、もちろん僕もビックリしましたが、不思議と他のメンバーほど無理だとは思わなかったんですよ。日本を代表する素晴らしいホールでできるチャンスがあることが、まずはありがたいなあと。もちろん満員御礼までもって行くためには、自分を含めメンバー全員で大変な努力をする必要性があるとは思いました。ただ、僕は今までの人生で、まわりからは絶対に無理だと言われたことにずっと挑戦してきました。二十歳を過ぎて楽譜の読み方からクラシック音楽を勉強し、芸大受験、ウィーン留学を経てメルビッシュ湖上音楽祭に出演するなんて、当時の僕を含め誰も予想出来なかったことです。だからリアル・トラウムのオーチャードホールへの挑戦は今の自分がやるべき運命のように感じますし、絶対に成功させることができるという自信があります。

――さすがリーダーですね。オーチャード・ガラですが、高島さんはどんなものにされたいのでしょうか?他の皆さんはやはり、進化した新しいリアル・トラウムを見せたいとおっしゃっていましたが。

それはもちろん僕も同じですね。メリー・ウィドウのカミーユはしっかり2か月体の中に沁みわたらせてくるつもりなんで、当然歌いたいと思っていますし、年末年始のウィーンやドイツの華やかな気分をそのまま持ち帰って、皆さんに少しでも伝えられたらいいいなあと思います。ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートは毎年全世界に生中継されて、日本でもお馴染みです。あの華麗な気分や雰囲気を自分で伝えることにトライして、少しでも皆さんと共有できたら幸せだなあと思います。こういう時に一緒にウィーンで学んで活動を共にしてきた藤川君がピアノをやってくれることは心強いですし、杉浦くんが推薦してくれた大槻桃斗さんを軸としたストリングスとの初共演も楽しみです。曲目も、カミーユのアリアだけではなく、レハールやヨハン・シュトラウス2世のオペレッタの名曲をたっぷりと前半で聴いてもらって、後半はリアル・トラウムならではの音楽を届けたいと思います。

――ウィーンとドイツで高島さんが吸い込んできた空気をフレッシュなうちに届けていただけるということですね。ますます楽しみになりました。

そういうことになりますね。ただ、そんなことが言えるのも、リアル・トラウムとしての活動やメンバーひとりひとりの活動がとても充実してきていると自分たちでも感じられているからだと思います。7月のツアーでは、前回の浜離宮とは全く違う手ごたえを自分でも感じることができましたし、一年間皆さんに支えられて活動してきたことが、全員の成長と自信となって、それがそのまま自分たちの音楽として実っていることに最高の喜びを感じました。音楽をやってて良かったなあ、とか、この舞台でこうして歌っていてなんて楽しいんだろう、とか、コロナの時は大変だったけどYouTubeをやりグループを結成して本当に良かったなあ、とか、いろんな思いが込み上げてきましたが、あの場にいた観客の皆さんとはそんな気持ちまで共有できたのじゃないかと思います。オーチャード・ガラでは来ていただいたお客様全員とまた新しい音楽の喜びと新しい感情を共有できると確信しています。是非来ていただきたいと思います。

――ますますオーチャード・ガラが楽しみになりました。ところで、しばしのお別れ公演かと思っていた浜離宮のソロ・リサイタルの後に、なんと緊急発表でシン・リーディング・コンサート「ウィーンの恋」を発表されましたね。

はい。春くらいから、ドイツ語をもう一度勉強するために原語でトーマス・マンなんかのドイツ文学を読み始めたら、どんどんいろんなものを読みたくなってしまって、その中でカフカが自分の女性担当編集者に送っていた手紙が気になって来て、カフカのアニバーサリー・イヤーのうちに形にしたいなという思いが止められなくなってしまいました。プロデューサーに相談して、同時代のフーゴー・ヴォルフやロベルト・シュトルツなどの音楽とリンクさせながら、朗読とコンサートのハイブリッド形式で、トライしてみることになりました。今年の春、京都のイベントでラフマニノフとスクリャービンの朗読コンサートで出演されていた声優の狩野翔さんにカフカ役をお願いして、僕の翻訳と台本を演じていただくことになりました。歌にはしっかり映像で対訳を付けたりして、カジュアルに見てもらえる工夫はしたいと思っています。一般発売となり、もう残席も数席だったかと思いますので、こちらもお急ぎください。

――本当にエネルギッシュにいろんなことに挑戦されていますね。

はい。僕自身が楽しめてないと、メンバーやお客様にも楽しんでもらえないと思いますから、どんどん新しいことに挑戦していきたいと思っています。リアル・トラウムのメンバーにはいつも本当に良い刺激をもらっています。同期の杉浦奎介は芸大在学中から色々な舞台で活躍していて、彼の音楽の知識や経験が4人の声と音楽をバランスよくまとめてくれていますし、後輩の鳥尾匠海はとにかく行動力とバイタリティに溢れていて、10年前の自分を見ているようで微笑ましくもあり、頼もしいです。YouTubeでの活動も今非常に話題になっていて、彼のエネルギーがグループを前へ前へと前進させています。先輩の堺裕馬は芸大在学中ソリストを総なめにしていたスターだったので、今一緒にグループをやっているのが不思議な感じですが、彼は良い意味でマイペースなので、グループ内でちょっと意見が違った時もいきなり全然関係ないことを言い出して場を和ませてくれます(笑)。何より4人全員がそれぞれのメンバーの人間性や音楽性を尊重しながら活動できているので、我ながら最高のメンバーを揃えることが出来たな、と感じています。

――高島さんをはじめ、皆さんの挑戦が本当に楽しみです。

オーチャード・ガラの後も、どんどん皆さんがあっと驚く企画を発表していきたいと思っていますから、楽しみにしていてください。

――えっ!もうその先も準備を始めていらっしゃるのですか?

はい、もちろんです。リアル・トラウムは夢を実現するグループですから。二期会に所属してオペラで活躍するバリトン、ミュージカルで引っ張りだこのテノール、そして鬼のパンツをはいたテノール!(笑)

文=神山薫