「苦手なこと」は克服するのではなく"回避する"
無理になくそうとせず、回避するのも、恐怖症を克服する方法のひとつです(写真:Graphs/PIXTA)
こんにちは。メンタルアップマネージャ®の大野萌子です。
「電話が怖い」と思う方が、それを克服しようとすればするほど、泥沼にはまっていくことがあると思います。恐怖を感じるといった湧き上がる気持ちを抑え込もうとしても、かえってその存在が自分の中で大きくなり、余計に辛くなってしまうことはよくあることです。そのような場合には、どう対処したらよいのでしょうか。拙著『電話恐怖症』から、一部抜粋・再構成してお伝えします。
恐怖を回避する
電話恐怖症に限らないことですが、苦手を無理やり克服するのはかなり難易度の高いチャレンジになります。電話恐怖症の方が、いくつかの試みにチャレンジして、それでも恐怖がなくならないのなら、無理になくそうとせず、別の手だてで回避するのも、恐怖症を克服する方法のひとつです。
実は私は高いところが苦手で、飛行機に乗るのも恐怖です。ですから可能な限り、飛行機には乗らずに、別の交通手段で移動することで、その問題を解決しています。
ただ、身近な問題として長いエスカレーターには苦労していました。上りも下りもダメで、乗り降りするところを想像するだけで手に汗をかいてしまいます。ですから普段は、上下に大きく移動する際は、階段やエレベーターを使います。
最近は、どこもバリアフリー化しているので安心ですが、以前は新しく行く先のエスカレーターは必ずチェックし、長いものだとわかったら、エレベーターや階段の場所を検索してから行くことで難を逃れていました。
少々面倒ではありますが、もし高所恐怖症を治そうとしたら、ものすごく大変なことになりますし、努力しても、おそらく完全には治らない可能性のほうが高いでしょう。ですから私は逆らわずに、苦手なものを回避する方法を考えます。
電話恐怖症の方も、恐怖がなくせないのなら、回避する方法を考えておくといいでしょう。「電話はできないのですが、いつもSNSをチェックしているので、緊急のときはこちらにお願いします」でもいいし、「メールをいただければ10分以内に返信します」でもいいと思います。回避する方法の選択肢をいくつも持っていれば、無理やり電話にこだわらなくてすみます。
また、周囲に「電話が苦手です」ということを公言しておくのもいいでしょう。私も「長いエスカレーターには乗れません」と公言してあるので、みんながエスカレーターに乗るときに「私はエレベーターで行きます」と一人だけ別行動をしても、とくに問題は起きません。
無理して相手に合わせると、ますます恐怖心をこじらせてしまいます。
初めて会う人や新しい職場に行った際には、最初に「電話はちょっと苦手なので、これこれでお願いします」と先手を打って公言しておくとよいと思います。そうすれば、「この人は電話が苦手」という目で見てもらえるので、少々の失敗は大目に見てもらえるはずです。
それに「自分はこれがいやです」とはっきり伝えるだけで、気持ちが楽になることもあるのではないでしょうか。
恐怖は人に必要なもの
そもそも「恐怖」は人が生きていくために必要不可欠な感覚です。恐怖心がなければ、身の安全を守ることができません。ただ何に危機感や不安を持つか、アンテナの立て方は人それぞれだと思うのです。
高いところがこわい人もいれば、狭い空間がダメな人もいます。私の友人の子どもは赤ちゃんのころ、丸いものを見ると泣き出し、ドラえもんやアンパンマンなど丸っこいものはみなダメで、とくに雪だるまを一番こわがったと言っていました。当然ながら、それらが出てくるアニメや絵本も読めなかったそうです。
しかし幼稚園に入ったころから何がきっかけかはわかりませんが、まったく問題なくなったとのことでした。
このように人それぞれ恐怖の対象に違いがあり、年齢や環境によって変わってくる場合もあります。もしそうなら、恐怖だけを特別なものととらえずに、甘いものが好きとか嫌いとか、赤い色が好きとか嫌いなどと同じように、個人の傾向、個性として見るべきではないでしょうか。
それを無理に「直せ」と押しつけるから、よけいに追い詰められて、病的にエスカレートしてしまうのだと思います。
どう考えても、あらゆる恐怖を取り除くことなど不可能です。だとしたら、恐怖という強い言葉でとらえないで、「私は電話が苦手」「ちょっと好きじゃない」くらいのニュアンスでとらえていれば、気持ちが楽になるのではないでしょうか。
「電話恐怖症でよかった」と思える日のために
何かこわいものや固執するものがあっても、そのうち気にならなくなることもあります。丸いものがこわかった私の友人の子どもの例もそうですが、私自身にも同じ経験があります。
ちょうど大学卒業を控え、就職活動をしていた時期に強迫観念にとらわれたことがありました。
自分の手が、ちょっとしたことをしてもすぐに汚れてしまったように思えて、頻繁にせっけんで手を洗わないと気がすまない。家の中で家族が私のものにさわっただけでも、「お父さん、手、洗った?」と血相を変えて聞くので、えらく不興を買いました。
でも就職活動が終わって落ち着いたら、必要以上に手を洗うことはなくなりました。誰しも自分に余裕がないと不安が強くなる傾向があります。でもその不安の原因がなくなると、きれいさっぱり忘れてしまうこともあるのです。
私の場合も、しきりに手を洗っていたのは、手が汚染されているという恐怖ではなく、違うところに原因があったのです。その原因が取り除かれれば、恐怖は消滅したのでした。
ですから、もし今何かに対する恐怖や不安があるなら、少しふり返って「自分が今何に困っているのか」「何を解決しないといけないのか」を考えたらいいのではないでしょうか。
就職して、電話がとてもこわくなったという人は、もしかしたら、職場の環境や仕事そのものに問題があるのかもしれません。あるいは人間関係に行き詰まっている可能性もあります。
原因がどこにあるのかふり返ってみて、原因を取り除くことを考えてみてもいいと思います。原因が解決できれば、私の手洗い恐怖のように、いつのまにかなくなっていることもあるかもしれません。
恐怖心が人間性を磨く
それに恐怖心は悪い影響ばかり与えるものではありません。それがあることで、逆に生きる原動力になっている面があります。欠点と同じように「自分のこういうところがダメだから、ここをがんばろう」と健全な方向に成長する力になるのです。
たとえば恐怖症の人は心配性でもあるので、商談の時間に遅れるのが心配だから早めに会社を出たとします。すると電車が遅れても、時間に十分間に合って取り引きがうまくいった、というようなこともあるでしょう。
恐怖心や不安感があるからこそ、準備万端整えたり、最悪にそなえて打開策を考えたりしておけるといえます。つまり視野が広がり、ビジネスの力もついてくるというわけです。
電話への恐怖心を克服するために、いろいろなことを実践するうちに、ビジネス力も人間性も磨かれていけば、「電話恐怖症があってよかった」とさえ思えるようになるかもしれません。
電話に限らず、苦手とうまく付き合うことも大切なスキルだと思います。すべてを完璧にしようとせずに、気持ちにゆとりをもって過ごせることこそが、恐怖心を払しょくするために必要なセオリーです。
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(大野 萌子 : 日本メンタルアップ支援機構 代表理事)