「ややこしい本」を読み進めるためにはどうすればいいのか。小論文塾校長の吉岡友治さんは「小説を読むような感覚ではダメだ。難読本を読み進めるためには工夫が必要だ」という――。

※本稿は、吉岡友治『ややこしい本を読む技術』(草思社)の一部を再編集したものです。

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■なぜ「ややこしい本」を読む必要があるのか

「至福の読書」体験がない人には、すべての本が『法華経』のように見えるかもしれません。でも、読書好きでも「ややこしい本」は『法華経』のようなものです。

「読まなきゃならない」とされ、自分でも「読まなきゃ」と思う本は、なかなか取りかかれない。やっと読み始めても「楽しい! 楽しい! 楽しい!」とはなりにくい。でも、何とかして読まなきゃならないし読まなきゃ後で後悔する、と気ばかり焦る……。そういう、自分にとっての「ややこしい本」が何か、は個人の必要や時代・社会の状況によって違うでしょう。

『更級日記』の時代には、極楽往生に導くお経だったかもしれないが、近代労働者なら、自分たちの貧しさを経済・社会から解明する『資本論』や『共産党宣言』かもしれません。大学生だったら『刑法綱要』や『西洋経済史』『解析概論』あたりかもしれない。

いずれにしても、自分の生き方や周囲・社会や宇宙のあり方を教えてくれ、その後の人生において、さまざまなヒントと参照元になるのが「ややこしい本」と言っていいでしょう。

とはいえ、それは専門書・学術書とは限りません。専門書・学術書は、その世界にどっぷり浸かった人のためのものです。読む人も少ないので、そもそも本の形は取れず、当該分野の細かく深い知識・情報を集めた「論文」の形になることも多い。

■資本論を読み進めるのは苦行だった

でも、「ややこしい本」は、まとまった一冊の本の形になっていて、対象についての全体像を与え、周辺分野との関係も示し、現代社会で生きていく我々に何らかの有益な示唆を与えてくれます。だから、専門家以外の人も読むし、商業的な書籍という形が取れる。

ただ、菅原孝標女があれほど熱中した『源氏物語』だって、現代人が原文で読もうとしたら、注や訳も参照しなければなりません。一度にたくさんは読めず、スピード感も失せる。

「ひるはひぐらし、よるはめのさめたるかぎり」なんてリーディング・ハイな状態にはたどりつけない。一頁読むたびに注や説明と本文を行ったり来たり「うーん、この理解でいいのか?」と迷う。

私は、マルクスの『資本論』を大学時代に読んだことがありますが、「資本論、楽しかった!」という想い出はありません。むしろ「大変だった」「長かった」「苦しかった」という記憶ばかり。それでも、読み終わったときには「よくやった!」と自分をほめたくなったのですが、それは後のこと。そのときはただただ苦行に近い体験でした。

ややこしい本を読む→没入にはならない

■「意志の強さ」は当てにならない

「ややこしい」本は、固く決意しても途中で挫折することが多いので、なかなか結果が出ません。結果が出にくいものには、ずっと注意を集中できません。気分は変わりやすく、いったん嫌になったら、もう一度興味を取り戻すのは難しい。とすれば、「ややこしい本」を読み通そうとするなら、自分の気分のアップダウンとは無関係なところで、読書が進行する客観的なメカニズムをこしらえる必要があります。

たとえば『資本論』を読んだときは、友人たちと「読書会」をしました。それぞれが分担を決めて章や節を読んで、それを要約して、何を言っているのか、自分なりの解釈を皆の前で発表して検討してもらう。

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これだと、自分の担当のところは必ず読まなければなりません。また「今週はここまで進もう」と皆で約束しているので、自分の分担でなくても事前に読んでおかなければ、という気持ちになります。たとえ何らかの事情で読めなくても、他の担当者から要約が配られるので、後から追っかけて読むときもずっと楽です。

よく子どもに読書習慣をつけるには、ご褒美と組み合わせるのが良いとされます。最近聞いたのは「1頁読むと1円お小遣いをあげる」という方法でした。これだと、子どもも小遣いほしさに読むようになるとか。

実は、大人でも「ややこしい本」を読むときは同じで、何かの工夫をこらす必要があります。「締め切りを設ける」「発表をする」「友人と話す」などという動機づけをして、何としてでもある箇所までは読み進む。自分の意志の強さなど当てにしないことが大切なのです。

自分の意志の強さを過信しない→読み進めるための工夫

■今でも「読者会」方式を採用している

私は、今でも「古典」を読むときは、この「読書会」方式を採用します。たとえば、現在、ドイツの哲学者G・W・F・ヘーゲルの『精神現象学』というチョー「ややこしい本」を読み直しています。

大学のときに数カ月かけて脂汗を流しながら読んだのですが、難しすぎて内容を覚えていません。とはいえ、現代思想の本を読むと至る所にヘーゲルへの言及が出てくる。「いつか読み直さなきゃ」と思っていたのですが、なかなかその気にならない。

そこで参加したのが、ヘーゲル専門家の主宰している読書会です。1回ごとに進む分量が決められているから、とりあえず、そこまでは何が何でも読んでいかなきゃならない。ヘーゲルは意味が取りにくいので有名ですが、分かっても分からなくても、とにかく決められたところまで読んでいく。

混乱したら後で質問すれば解説してくれる。でも、専門家だって分からない箇所がいくつも出てくるので、自分が疑問に思ったことは、皆も分からない、と安心するとともに、帰りの電車の中で、納得できないところを含め今日読んだところを読み返す。

■5年かけて1冊を読むでもいい

すると、少しずつ見えてくる。そんな発見をささやかな収穫として読み進む手がかりにするわけです。のろのろしても時間は進むもちろん、こんな調子だと1回に進める量も限られます。

この読書会は、もう5年以上通っているでしょうか? いったい、いつになったら読み終わるのやら、と時々不安にもなります。でも、ありがたいことに思ったより早く終わるのです。

大人になると、1年という時間はあっという間に過ぎます。何もしないでグズグズするうちにも、時間は容赦なく溶けていく。1週に1回続けていくうちに1年たつと、それなりに先に進みます。この調子でいけば、あと5年かければ1冊読み終えられるかも、という予測や希望も出てきます。

嫌になったら、とにかく、今週読む分だけ読んで出席し、誰かの進行で勝手に進んでいくのをボンヤリ見ています。1回に進む分量は少なくても、ダラダラと続けるうちに1章分終わる。

それを何回か何十回かあるいは何百回かクリアすると、もう最後です。ダラダラ続けていればいいのだから、こんな楽なことはありません。自分の気分に頼らないで続けていける点で、読書会は「ややこしい本」を読むには、案外すぐれたやり方なのです。

■時間をかけて読書をすることの意味

そもそも、読書はできるだけ速く終わらせる競争ではありません。せっかく「ややこしい本」を読むなら、なるべく良い本、身になる本に出会いたいものです。何度でも読み返し、その一部分を暗記し、それと対話することで、自分の考えをシェイプアップし、これからの生き方や社会を考える。そういう本との出会いこそ読書の醍醐味でしょう。

人間でも、相手ときちんとつきあおうと思えば、時間をかける必要があります。さまざまな場面で一緒になり、相手の言葉や行動を見て、どんな人なのかを見極める。そのうえで、その人がどんな場面で活きるのか想像し、良いタイミングが来たら、一緒に協力できることを探す。それが深いつきあいというものでしょう。本も同様です。

本は、いわば文字の形になった人間です。この形に落ち着くには、それなりに膨大な時間やお金がかけられているはず。とすれば、それなりの時間をかけて、さまざまな角度からつきあわねばちゃんと理解できないし、読んだ内容も活用できないはずです。

吉岡友治『ややこしい本を読む技術』(草思社)

逆に言えば、こういうように辛抱強く読書できる、ということは、他人と丁寧につきあう技法にもつながります。読む訓練を積んでいない人は、他人とちゃんと対話することができません。

相手を理解しようとしなければ、会話でも、言いたいことだけを委細構わず言い散らかすことになる。これでは、自分の発言欲は満たされても、相手は、聞いてもらうための道具にすぎません。そういう自分勝手な人につきあってくれるのは、やっぱり自分と似たような人。私の発言が終わるや、その人もまた、私の発言を理解しようともせず、息せき切って話し出す。こういう相手とは話も深まらず、そのうち、つきあいも途絶えます。

丁寧に読む→他人と丁寧に対話する技法

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吉岡 友治(よしおか・ゆうじ)
「VOCABOW 小論術」校長
宮城県仙台市生まれ。東京大学文学部社会学科卒、シカゴ大学大学院人文学科修士課程修了、比較文学・演劇理論専攻。代々木ゼミナール講師を経て、現在、インターネット講座「VOCABOW 小論術」校長。ロースクール・MBA志望者などを対象に文章、論理の指導を行うほか、企業でもライティング指導を行っている。著書に『東大入試に学ぶロジカルライティング』『反論が苦手な人の議論トレーニング』(ちくま新書)、『シカゴ・スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術』『文章が一瞬でロジカルになる接続詞の使い方』(草思社)など多数。
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(「VOCABOW 小論術」校長 吉岡 友治)