【西田宗千佳のRandomTracking】日本製造企画の新ARデバイス。コノキューデバイスの「MiRZA初号機」を試す
コノキューデバイス開発の「MiRZA初号機」。発売は秋、価格は24万8000円を予定
NTT QONOQ Devices(コノキューデバイス)は、新しいXR向けデバイスである「MiRZA(ミルザ)」の初号機を公開した。
コノキューデバイスはNTT系のXR事業会社「NTT QONOQ(コノキュー)」のデバイス関連子会社。複数のXRデバイスを企画・開発中で、今回公開されたのは初号機となる。
MiRZA初号機コンセプトビデオ
実機を試しつつ詳細を説明してみたい。
NTTドコモ関連会社が「光学シースルーAR機器」を開発
まず、今回の製品の位置付けを説明しておこう。
NTTコノキューは、NTTドコモの100%子会社。通信事業の先にある「通信を使うもの」としてのXRを軸にした企業だ。といってもNTTドコモで扱う事業を考える企業ではなく、通信事業者としての目線からXRを捉え、必要な機器やサービス、ソリューション提供を目指す会社である。
現状でもXR向けソリューションの提供を行なっているし、B2B向けにMeta Questシリーズなどのデバイスを供給するビジネスも行なっている。
その中で、「現状世の中にない性質のデバイス」を開発し、供給することを担当するのがNTTコノキューデバイス。NTTコノキューとシャープの合弁事業となっている。
NTTコノキューデバイスが初めて世に出すXR機器が、今回紹介する「MiRZA初号機」だ。MiRZA自体はNTTコノキューデバイスが手がけるデバイスのブランド名であり、今後も新しい機器が提供されていく予定だという。
NTTドコモとコノキューデバイス、シャープの関係はこのようなイメージ
NTTコノキューデバイス・代表取締役CEOの堀 清敬氏は、「ソフトからハードまで、すべてコノキューデバイスが独自開発したもの。企画・開発から製造まで、シャープとともに日本で行なっている」と説明する。
NTTコノキューデバイス・代表取締役CEOの堀 清敬氏。手にしているのがMiRZA初号機
MiRZA初号機はいわゆる「光学シースルー方式のARデバイス」だ。周囲の状況を見つつ、その上に映像を重ねてAR(Augmented Reality、拡張現実)を実現する。中央には映像を撮影するためのRGBカメラがあり、両端にあるセンサーで、6DoFの位置認識や手の認識を行なう。デザインとしてはサングラス型ディスプレイに似ているが、PCやスマホのディスプレイとしての用途ではなく、スマホと連携し「ARアプリケーションを使う」ことに特化している。
MiRZA初号機の実機
本体とケース
中央にカメラがあり、左右のものは位置認識用のセンサー
筆者がかけてみるとこんな感じ
MiRZA初号機の主なスペック
先に説明しておくが、本デバイスは業務用の色合いが強い。価格も24万8,000円とかなり高価だ。
Amazonやドコモショップなどでも販売されるが、コンシューマに対して大々的に普及させるためというより、開発機材としての入手性を考えたもの、といった方がいいだろう。まずはパートナーとともに用途開発を行った上で、2025年以降に発売される「一般向け製品」で幅広い展開を……というところだろうか。
販路や価格など。24万8,000円と、個人向けとしては高価な値付け
ARを重視し「明るい光学系」を選択
MiRZA初号機には2つの特徴がある。
1つは「明るい光学系を使っている」ことだ。
映像を表示する機器ではディスプレイデバイスが注目されがちだ。だがXR機器については、「目に光をどう届けるか」が極めて重要。いわゆる視野角(FoV、Field of View)も、目にみえる解像感(PPD、Pixel Per Digree)も、そして「映像がどれだけ明るく見えるか」も、ディスプレイデバイスと光学系の組み合わせで決まる。
MiRZA初号機の場合、FoVは45度・デバイス解像度は1,920×1,080ドット・最大輝度は1,000nitsと、一般的なサングラス型ディスプレイと大差ない。
だが実際には、映像ははるかに明るく見える。
サングラス型ディスプレイは「バードバス」と呼ばれるハーフミラーを使った光学系が利用されることが多い。この仕組みはシンプルでコストを下げやすい一方、ディスプレイから出てくる光のすべてが目に届くわけではない。一般論だが、バードバスは低コストかつ均質な映像を得られる一方で、目に届くのはディスプレイデバイスから出る光の数割以下で、グラスの外からの光の透過度も低い。
外部が見やすい光学シースルー式のARグラスでは、「ウェーブガイド」と呼ばれる導光方式が使われることも多いが、こちらはディスプレイから目に届く光の量がさらに少なく、色がにじみやすく、製造コストが高いという欠点がある。
そこでMiRZA初号機では、どちらとも違う「PinTILT」という方式を採った。
他の方式とPinTILTの比較。技術開発元であるLetin AR社のウェブより
ディスプレイに黒い縞があるのがわかるだろうか? これでディスプレイの光を屈折させ、組み合わせて目に届ける。ディスプレイからの光が明るく見えやすく、外光が強くても見やすく、映像が重なった時のコントラストも明瞭になる、というメリットがある。
レンズを表と裏から。スリット状の縞があるが、ここで光を曲げて目に届ける
同じくLetin ARの資料より。ざくりいえばこんな感じの構造だ。
この光学系を開発したのは、韓国の光学デバイスメーカーである「Letin AR」。もう10年近くAR用の光学技術を開発し、製造パートナーを探していた。
シャープはLetin ARと提携し、PinTILTを使ったデバイスの開発を進めていた。シャープと協力して開発を行なうコノキューデバイスもその関係から、「明るく見えるAR」として、PinTILTを採用することになった。業務用のAR活用では、周囲が明るく見やすいことを前提とした用途が多数ある。そこに新しいデバイスを供給することを狙っているのは間違いない。
MiRZA初号機ではシェードを前にかけて、外光を暗くすることもできる
ただ、PinTILTには「目に届く像に縞が重なって見える」という欠点がある。クリアーな映像だが縞があるように見えてしまい、コンシューマ向けの「映像を見る」用途には向かない。目との距離や表示する映像(特に白い映像では目立つ)によって向き不向きのある方式であり、その弱点はMiRZA初号機も例外ではない。
MiRZA初号機が「業務用」とされているのは、後述する価格の問題だけでなく、向き不向きのはっきりした光学系を使っているところも影響していそうだ。
なお、視力補正には専用のインサートレンズを使う。パリミキとアイジャパンと協業し、自分の視力に合ったインサートレンズを作り、はめ込んで使うことになる。
視力補正にはパリミキ・アイジャパンとの協業による専用インサートレンズを利用
クアルコムと協業、業務用ソフトを重視
2つ目の特徴は「ワイヤレスでスマホと連動する」ということだ。
現状のXR機器は「PCやスマホとケーブルで接続して使うもの」と、「スタンドアローンで動作するもの」に別れている。前者は過去のOculus RiftやXREAL・VITUREなどのサングラス型ディスプレイが代表格。後者はMeta QuestシリーズやApple Vision Proが代表格だろう。
それに対してMiRZA初号機は、特定のスマートフォンと無線で連動して動作する。
主な処理系やインターネットとの通信機能はBluetooth・Wi-Fiと接続されたスマホ側を利用し、位置認識や表示・音声制御などはMiRZA初号機内にあるプロセッサー(Snapdragon AR2)が担当する。
MiRZA初号機は多数のセンサーを搭載しつつもバッテリーまで搭載して約125gと軽量で、サイズ的にもそこまで大きくないところに抑えられているのは、「Snapdragon AR2を使ってスマホと連動」することと、「PinTILTという光学系を使った」ことの合わせ技といえそうだ。
本体は意外と薄くて小さい
現状では「翻訳」「ゲーム」「バーチャルコンサート視聴」「美術館などでのAR展示」向けのアプリが作られ、デモされていた。どれも、映像と外光の明るさを生かしたものと言える。
MiRZAで動作するデモアプリ。翻訳
ゲームのデモアプリ
美術館などでのAR展示
遠隔地から指示を受けつつ、配電盤の作業を行なっているイメージ
MiRZAではデバイス制御用のプラットフォームが用意されており、Androidアプリとこのプラットフォームが連動して「グラス内でアプリが動く」ようになっている。
また、ウェブブラウザーを複数開いて利用する機能もある。スマホから操作することになるが、操作自体は簡単。Androidのエンベデッドブラウザーを呼び出しているので、ウェブを見るだけでなく、YouTubeなどのウェブ経由で提供される動画配信を利用することも可能だ。
ウェブブラウザーの利用イメージ
ウェブブラウザーを複数開いて利用しているところ
現状は利用できないが、今後はAndroidの2Dアプリの起動なども考えているという。
一方でこの方式の課題は「使えるスマホが限定される」ということだ。
プラットフォーム開発ではクアルコムと共同で行われており、Snapdragon AR2と連携する「Snapdragon Spaces」を基盤として使う。アプリ開発にはSnapdragon SpacesのSDKを使うことになり、ノウハウ共有という意味ではプラスだが、Snapdragon SpacesとMiRZAプラットフォームの両方が対応しているスマホでないと動作しない、ということになる。
Snapdragon AR2を使い、Snapdragon Spacesを開発環境に。最初はAQUOS R9のみの対応
そのためにスタート段階では、シャープの「AQUOS R9」だけが対象機種になる。本質的には「動作確認が進んでいないため」なのだが、一方で、「動作保証はないがどのスマホでも動く」と言えるわけでもないらしい。プラットフォーム自体が大規模であり、Snapdragonベースの機器である必要もあるためだ。機器の普及率を考えるとiPhoneなどへの対応も考えたくなるが、クアルコム側の動きも見る必要がある。
パートナーと共にアプリ開発が行なわれる
シャープ子会社のダイナブックもPinTILT採用のXRデバイスを開発中だが、こちらはSnapdragon Spacesを使っておらず、専用機器(オープンな組み込み用OSとのことなので、まあ予想はつくだろう)をケーブルで接続するスタイルを採用した。理由は「クアルコムの事情に縛られないようにするため」だ。この辺は、同じように見えて開発方針が異なる部分と言える。
シャープ子会社のダイナブックが開発中のXRデバイス。こちらはSnapdragon Spacesを使っていない
MiRZA初号機はB2B向けの開発機材に近い。価格は24万8,000円と高め。コンシューマ向けを狙うデバイスではなく、数量を狙ってはいないからだろう。
各種のトレードオフを考えても、その判断はよくわかる。B2B向けのデバイスには確実な需要があり、そこで「企業に求められる製品」を狙ったのだろう。
だが、ここで開発を進めていった先にコンシューマ向けがある。コノキューデバイス・堀CEOは、「2025年の早い時期には、これとは異なるデバイスをお見せできる」と話す。
その時のためにこのデバイスの特徴や方向性を覚えておくと面白いのではないだろうか。