DLA-V800R

大画面有機ELテレビやミニLED液晶テレビの画質がいかに良くなったと言っても、高画質プロジェクターの映像を大画面スクリーンに投射して映画を観る楽しみ、喜びには到底かなわない、というのが映画好きのぼくの意見。

部屋を暗くするのがイヤだ、億劫だという方にはお勧めできないが、ぼくなどはまず遮光カーテンを引いて全暗環境をつくり、電動スクリーンをスルスルと下ろす儀式めいた行為がなにより好きだ。映画上映が始まるワクワク感に満ち溢れているからである。自分が映写技師と観客の一人二役を演じる楽しさと言ってもいいかもしれない。

さてそんなわけで、ぼくはソニーやJVC/ビクターのプロジェクターを30年以上使い継いできたが、2018年の暮れ以降は、約5年半にわたってJVCのD-ILAプロジェクターDLA-V9R(発売当時約200万円)を愛用してきた。OSの「ピュアマット3シネマ」(ゲイン1.0)の110インチ・スクリーンにその映像を映し出してきたわけだが、そろそろ水銀ランプを取り換える時期かなとは思いつつ、はっきり言って、その画質に今なお大きな不満はない。

我が家の「DLA-V9R」

黒の黒らしさや精妙な階調表現、8K e-shiftを用いた8Kアップコンバート性能、Frame Adapt HDRと名付けられたHDRコンテンツへの高画質対応など、V9Rは他社の高級モデルを凌駕する魅力を持っているのは間違いない。2018年当時、家庭用プロジェクターの王様はこのモデルだと、ぼくは信じて疑わなかった。

2021年に出た後継機DLA-V90Rの画質ももちろんチェックしたが、確かな画質向上は認められるものの、あわてて買い替えることもないな、というのが正直な感想だった。

そして、この夏登場したのが、「DLA-V900R」(オープンプライス/実売297万円前後)と「V800R」(同165万円前後)。実際その両モデルの映像をJVCケンウッドのデモルームで観て、V9Rから2世代を経て、明らかに画質面での大きな進化があると実感させられた。

DLA-V900R

しかし、V900Rの値段は約300万円。うーむ、今の自分にはちょっと手が出ない。ん? V800RはV900Rと映像信号処理回路はほぼ同じで160万円台か。主な違いは光学系で、約140万円の値段差はほぼレンズ代ということになる。

V900Rに採用された前玉100mmのこのレンズ群、じつは2世代前のV9Rで使われているものと同じなのだが……。つまり、アナログのノウハウのかたまりと言うべきレンズ設計は、膨大な時間とコストがかかるわけで、4年や5年で新しくするというものではないのだろう。

ということで、“V800RとV9Rの画質を比較してみたら、いったいどうなる?”との思いがふつふつと沸き起こり、このお盆休み中にV800Rを借りて、その画質を我が家のV9Rと比較しながらチェックさせてもらうことにした。贅沢レンズ(前玉100mm) + 旧映像信号処理回路のV9R vs.普通レンズ(前玉65mm) + 新映像信号処理回路のV800Rというのが比較の構図です。

DLA-V800Rのレンズ部分

進化を実感できる8Kアップコンバート技術

投射レンズと映像信号処理回路の他に、V9RとV800Rの大きな違いとして光源が挙げられる。V9Rは高圧水銀ランプで、V800Rはレーザーダイオードという違いである。ちなみにファンノイズは、両者ほぼ変わらない。HDRソフト投射時はV800Rのほうがちょっとうるさいかな、という感じだ。

スペックを見てみよう。明るさはV9Rが2,200ルーメン、V800Rは2,700ルーメン、V800Rのほうが500ルーメン明るい。ネイティブコントラストはV9R、V800Rともに100,000対1である。しかしながら、V800Rは瞬時に明るさを変えられるレーザー光源搭載機。レーザー出力をダイナミックに制御することで、たとえば全黒時は光源を完全に絞って無限大のコントラストを実現できる。ちなみにこのレーザー光源は20,000時間の長寿命を誇っている。

HDRコンテンツにたいしては、トーンマッピング時にMaxCLL(コンテンツの最大輝度情報)に加えて新たにDML(Display Mastering Luminance)情報を参照する仕様に進化した。DMLはコンテンツ制作時のグレーディングに使われたマスタリングモニターの最大輝度値のことで、MaxCLLとDML両方を解析することで実際のコンテンツの輝度に合ったトーンマッピングが可能になったという。

また、V800Rはシーンごとの輝度情報がメタデータとして埋め込まれた「HDR10+」に対応できるようになったことも注目ポイントだろう。

「HDR10+」に対応できるようになった

それから、今回V800Rの画質を精査してみて強く実感したのは、「8K/e-shiftX」と名付けられた8Kアップコンバート技術の進化だった(詳細は後述)。本機のD-ILA表示素子は3,840×2,160ピクセルの4K解像度なのだが、1画素を上下左右の4方向に0.5画素シフトすることで、仮想的に8K化する技術が8K/e-shift。V800Rでは同社が独自に磨いてきた超解像処理の最新バージョンを盛り込むことで、いっそうの高画質化を果たしたという。

調整項目は2世代後のV800Rのほうが断然多い。まずSDRコンテンツ向きの映像モードとして<ビビッド>が加えられた。これは、新しく就任したアニメ好きの画質エンジニア肝煎りのモード。アニメのみならずスポーツ番組などを想定した絵づくりのようだ。

SDRコンテンツ向きの映像モードとして<ビビッド>が追加

V9Rになかった機能として、「Frame Adapt HDR」内に設けられた「Theater Optimizer」がある。これは<スクリーンサイズ>と<スクリーンゲイン>を入力することで、適切な明るさでHDRコンテンツが楽しめるようにトーンマッピングを調整する機能だ。

Theater Optimizer

加えて、「FILMMAKER MODE」がある。これはハリウッドの映画スタジオ、コンテンツ配信会社、家電メーカーなどが加盟する「UHD Alliance」が開発した画質モード。このモードではフレーム補間やノイズリダクションなどの画質調整項目はオフとなり、色温度はD65に設定されるようだ。

解像感、精細感が大きく進化

DLA-V800Rを設置

DLA-V9Rを収めていたスクリーン後方6mほどの棚にDLA-V800Rを設置する。ビクターのプロジェクターは後面吸気、前面排気設計が採られているため、我が家のような後ろが囲われている棚に置いた場合にとても具合が良い。後面排気設計だと熱をうまく逃がすことができず、故障の原因になってしまうのである。これもプロジェクターを選ぶときの重要なポイントだ。

ふだんよく見ている4KのUHD Blu-rayと2KのBlu-ray数枚をV9Rで観たのち、同じソフトでV800Rの画質をチェックした。再生するのは、パナソニックのUHD BD「DMR-ZR1」だ。

結論を先に言うと、解像感、精細感においてはV800RがV9Rを大きく凌駕していることがわかった。やはりV800Rに投入された超解像信号処理回路の仕上がりがすばらしいということだろう。それから映画コンテンツにおいてはSDR、HDR問わず何も調整せずともV800RのホワイトバランスがV9Rよりも好ましかった。これは新画質担当エンジニアのセンスと腕がよいということに他ならない。

いっぽうで、黒の黒らしさの表現や暗部階調の精妙さ、色合いの豊富さなどにおいて、V9RとV800Rに大きな違いはないことがわかった。贅沢レンズを有したV9RにV800Rを凌駕する魅力があるかと問われると、短期間の使用ではよくわからなかったというほかないが、基本画質については、V9R、まだまだ十分なポテンシャルを持っていると言っていい。

バスに轢かれて治療を受けた売れないミュージシャンのインド系青年が、病院から出てみると、ビートルズのいないパラレル・ワールドが出現していたというシチュエーション・コメディの傑作『イエスタディ』のUHD BD(HDR)。

友人の家でアコースティックギターをプレゼントされ、「イエスタディ」を主人公の青年が弾き歌うシーンを観てみたが、V800RはV9R以上にテーブルを囲むガールフレンドや友人の顔の表情を克明に描く。頬の凸凹が断然立体的に描かれるのだ。比べるとV9Rはややのっぺりした表情に見えるのである。それから、スキントーンもV800Rのほうが赤みがさして好ましい。V9Rは比較すると、少し緑がかる印象だ(もっともこれはRGBゲイン/バイアス調整で補正可能)。

リドリー・スコット監督の『最後の決闘裁判』のUHD BD(HDR)。朝靄の中を戦争に赴く騎士ジャン(マット・デイモン)を見送る妻(ジョディ・カマー)と使用人たちを捉えたショットでも、V800Rの凄さを認識させられた。登場する人物それぞれがスクリーンからふっと浮き上がってくるような立体感が得られるのである。解像感、精細感が極まっていくと、観る者は3次元的な立体感を抱くようになるのかもしれない。

UHD BD(HDR)『ミッション:インポッシブル デッドレコニングPART ONE』の、薄暗い廃墟でトム・クルーズとIMFの若い男が出会う場面を観た。暗闇から主役のイーサン(トム・クルーズ)がふっと浮き上がる場面の描写がV800Rはじつに見事だ。しっかりと沈んだ黒、見えるか見えないかぎりぎりの暗部の階調表現、ともに絶妙でイーサンの顔の表情も精密に描く。V9Rは黒の黒らしさと暗部階調の描写でV800Rに劣ることはないが、イーサンの顔の表情の精密な描写でV800Rの勝ち、という印象だった。<Frame Adapt HDR>モード再生時において、V800Rのほうが解像感とノイズの少なさ、色乗りに優れるということだろう。

BD(SDR)の映画『Mr.ホームズ』を観てみよう。年老いたホームズ(イアン・マッケラン)が列車に乗って海辺の町に行く冒頭をV800Rで観たが、その精細感によって生み出される立体描写に「おっ!」となった。V9Rに比べて圧倒的に情報量が多いのである。イアン・マッケランの長い人生の襞が表された皺の深さ、昼光に照らされた美しい森の木々の描写の緻密さなど驚くべき描写力だ。

ここでの視聴では、パナソニックDMR-ZR1で4Kアップコンバートした映像をV800Rに入力し、本機で8K e-shiftした画質をチェックしたわけだが、このコンビネーションによる2Kブルーレイ映像は、家庭用プロジェクター史上最強だと思うと同時に、DLA-V900Rで観たらいったいどういうことになるんだろうとも思った。

ジャズを志す青年の熱血怒涛の物語を描いたアニメ映画『BLUE GIANT』のブルーレイ(SDR)を、新設された<ビビッド>モードで観てみたが、なるほどこのモードの画質はこの作品にピッタリだった。色がたっぷりと乗り、ピーク輝度がぐっと上がり、フラットな画調の<ナチュラル>モードなどに比べると、2次平面上に描き出されるキャラクターたちがいっそうイキイキと動き始めるのである。少し明かりを残した部屋でAPL(平均輝度レベル)の高いスポーツ番組を観るのにもうってつけだろう。

というわけで、オーバーオールの画質性能において、V800Rは文句なしにすばらしいことがよくわかった。

しかしながら、先述した通りこの画質を目の当たりにすると、V900Rはいったいどこまでいくんだろうという気持ちにもなる。ん? 待てよ、ぼくのV9RのレンズをV800Rに取り付けてくれないかな? そうすればV900Rになるわけでしょ、どうですかビクター関係者のみなさん。