エリサ・バデネス

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2024年11月2日(土)~10日(日)、東京文化会館でドラマティック・バレエの名作の数々を生みだしたドイツの名門、シュツットガルト・バレエ団が来日公演を行う。上演するのは、同バレエ団出身の巨匠ジョン・ノイマイヤーの名作『椿姫』(音楽:フレデリック・ショパン)と、創設者ジョン・クランコの傑作『オネーギン』(音楽:ピョートル・チャイコフスキー)。秋の来日を前に、8月上旬、第17回〈世界バレエフェスティバル〉出演のため来日したエリサ・バデネス (プリンシパル)に、彼女の主演する『椿姫』(11月8日のみ)と『オネーギン』(11月2日のみ)それぞれにおける役作りやバレエ団の近況、日本公演への意気込みを聞いた。

(Photo:Shoko Matsuhashi)


 

■「演じる喜び」にあふれるノイマイヤーの『椿姫』

――2022年3月、コロナ禍の影響を受けて当初予定されていた『オネーギン』『眠れる森の美女』での日本公演ができなくなりましたが、ガラ公演〈シュツットガルト・バレエ団の輝けるスターたち〉に変更して来日しました。クランコ作品、古典作品、コンテンポラリーまで多彩に魅せて評判を呼びました。この時の公演を振り返っての思い出を聞かせてください。

ガラ公演の良いところは、お客様がいろいろなスタイルの作品、さまざまな振付家の作品一晩で観ることができる点です。シュツットガルト・バレエ団は多様な才能が集まっている場所ですし、レパートリーはバラエティに富んでいます。私自身も古典作品だけではなく、さまざまな作品を踊りたいと思っていて、そうしたバラエティがないとダンサーとして完成しないと考えています。〈シュツットガルト・バレエ団の輝けるスターたち〉では、バラエティに富んだダンスを披露できたので素晴らしかったと思います。

『椿姫』 Roman Novitzky / Stuttgart Ballet

――6年ぶりのフルカンパニーでの日本公演では2演目ともに主演します。まずジョン・ノイマイヤー振付『椿姫』プロローグ付全3幕(1978年初演)についてうかがいます。主人公マルグリットを踊る際に心がけていることは?

マルグリットを演じるにあたって共感しようと思っています。ストーリー的にも、ノイマイヤーの振付や衣裳・装置も含めた面でも、何もせずとも舞台に一歩足を踏み出せば、すぐに役に入りこめる環境ができています。毎回この役に挑む度に喜びを感じます、その喜びというのは、単に興奮することではありません。ドラマティックな作品なので、感情にも振幅がありますし、最終的には抜け殻になってしまうような感じなのです。恋をしたり、死んだり、裏切られたりといった、さまざまなことを演じられる喜びを感じる作品です。

――先日行われた記者会見の席上、「ノイマイヤーは、一人ひとり踊り手のことを考えて、そのダンサーの才能を生かした形で変化を加えてくれます」というように話されていました。ノイマイヤーの振付・演出の素晴らしさはどこにあると考えますか?

ノイマイヤーと前回1年前に稽古したときは、第1幕のパ・ド・ドゥの一部を、テキストを読んで指導してくれました。彼が何を言いたかったかというと、登場人物同士の対話がとても大事だということです。我々はその対話を踊りを通して表現しなければいけないという重要性を教えてくれました。日本公演に向けてノイマイヤーと一緒に稽古をすると、また新たな発見がある思うので楽しみにしています。

『椿姫』 Roman Novitzky / Stuttgart Ballet


 

■日々進化するクランコの名作『オネーギン』

――続いて、ジョン・クランコ振付・演出『オネーギン』全3幕(世界初演1965年、改訂版初演1967年)に関してお聞きします。ヒロインのタチヤーナ像を、どう捉えて踊っていますか?

何度も演じているとタチヤーナの肌をまとっているようで、すでに心地よく感じています。タチヤーナの心の内を2~3時間で旅をします。若く夢にあふれた女性が、最後の方で家庭を持ち、子どももいる中で昔の最愛の人に再会するというストーリー自体がとても美しく、誰しもが共感できる部分があると思います。素晴らしい傑作ですし、挑むたびに喜びを感じます。

――『オネーギン』の第2幕から第3幕にかけて、タチヤーナは少女から大人へと変貌を遂げ、そこには10年間くらいの時の変化があります。それを20分程度の休憩を挟んで見せなければなりませんが、そこで苦心されていることは?

本当に短い時間でメイクも衣裳も全部変えなければなりません。メイクも座ったまま全部やってもらうのですが、その際、何も考えないようにしています。第2幕を踊ってとても疲れているのですが、10年間の時の経過を表すのには、この疲れが有効なのです(笑)。その流れで10年の経過をお見せできると思います。

『オネーギン』 Stuttgart Ballet

――クランコは約50年前に亡くなっています。記者会見でクランコ作品を受け継いで「日々進化させている」とおっしゃっていましたが、具体的にどのように取り組んでいるのですか?

「進化しない」というのは不可能だと思います。というのも、そのときどきの世代によって、さまざまな考えがあったりしますし、知識を蓄えつつ物語の伝え方も変わってきます。もちろん、昔はどのようにやっていたのかを伝達されることもあります。ただし、ダンサーが変わり、テクニックもどんどん高度になっていきますし、感情の見せ方も変わってきます。これはクランコ作品に限らないことで、どんな作品も時を経て進化していっていると思います。

――両作品でフリーデマン・フォーゲルと共演します。彼とのパートナーシップでより深まってきたことはありますか?

年月を重ねて関係性は強くなっています。お互いのことをよりよく知っているというのもあります。いっぽうで、常に新鮮さを保たなければいけないということを理解していますし、それを心がけています。お互いを驚かせたり、お互いにチャレンジをあたえ合ってみたり。信頼もありますし、お互いに関する知識もありますけれども、常に舞台に立つとき、一緒に組んで踊るのは初めてであるかのような気持ちで挑んでいます。

『オネーギン』 Stuttgart Ballet


 

■「ストーリーを紡ぐことを重要視したい」

――クランコ作品やノイマイヤーの『椿姫』、ケネス・マクミランの『うたかたの恋』といったドラマティック・バレエを演じる際、古典作品を踊るのとはどのように違いますか?

私がダンサーとしてどう見られたいのかにも関わりますが、クラシック・バレエでもドラマティック・バレエでも同様にアプローチしています。当然それぞれ違うものが求められます。クラシック・バレエではとくにテクニックを、ドラマティック・バレエであれば感情が求められます。私はクラシック・バレエでもストーリーを重要視しています。クラシック・バレエだとお姫様のようなキャラクターが出てきますが、終いには1つのストーリーを紡いでいます。高度なテクニックを披露しなければいけないストレスを感じることもあるのですが、物語に集中することによって、そのストレスを感じないようにしているという面もあります。

――芸術監督がタマシュ・デートリッヒになったのは2018年。それから6年、現在のカンパニーの状態と今後の展望について、ご意見をお聞かせください。

タマシュはもともとシュツットガルト・バレエ団に長くいるので、彼が就任して劇的な変化があったわけではありません。シュツットガルト・バレエ団はクランコに始まり、マリシア・ハイデ、リード・アンダーソンらが継承し、タマシュに引き継がれました。同じ路線上ということで、伝統は受け継がれたのではないでしょうか。タマシュは将来的なヴィジョンをとても持っていて、オープンにしようとしています。たとえばアクラム・カーンら新しい振付家を呼んだり、マクミランの『うたかたの恋』やイリ・キリアンの『ワン・オブ・ア・カインド』を新制作したりと新しいものを取り込んでいくハングリー精神があると思います。コロナ禍でも創意工夫をして、若い振付家を育てるプラットフォームを創ったりしました。カンパニーを大きくし、新しい世代にチャンスをあたえていこうとしています。

――日本の観客へのメッセージと『椿姫』『オネーギン』への意気込みをお願いします。

毎回戻ってこられてうれしく思います。お客様も我々に対する愛とかエネルギーをいつもくださいますし、私たちのことをよく知ってくれているのも分かっています。今後も強いつながりをどんどん育んでいきたいですし、これからもお客様に楽しんでいただきたいです。日本公演は絶対に見逃さないようにしてください! 美しい2つの傑作をお持ちするので、お客様が会場を後にされるとき、たくさんの感情を持ち帰っていただけるかと思います。

(Photo:Shoko Matsuhashi)

取材・文=高橋森彦
 

【プロフィール】エリサ・バデネス(プリンシパル) Elisa Badenes, Principal Dancer


シュツットガルト・バレエ団のトップダンサーとして、クランコ振付のドラマティック・バレエをはじめ、あらゆる作品に主演する。ローザンヌ国際バレエコンクール、ユース・アメリカ・グランプリなどを総なめにした強靭なテクニックと開放的で豊かな感情表現の持ち主。世界バレエフェスティバルに今回含め3度出演。

スペイン、バレンシア生まれ。同地のコンセルバトリオ・プロフェシオナル・デ・ダンサで学ぶ。2008年、ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップを獲得、英国ロイヤル・バレエ学校に入学。卒業後、2009/10年のシーズンにシュツットガルト・バレエ団研修生となり、2010/11年シーズンに正団員となる。2013/14年のシーズンにプリンシパルに昇進。

クランコ版『白鳥の湖』のオデット/オディール、『ロミオとジュ リエット』のジュリエット、『オネーギン』のタチヤーナ、『じゃじゃ馬馴らし』のキャタリーナ、『ジゼル』のタイトルロール、『リーズの結婚』のリーズ、グエラ版『ドン・キホーテ』のキトリ、『眠れる森の美女』のオーロラ姫、『椿姫』のマルグリット、『オセロ』のデズデモーナ、マクミラン『うたかたの恋』のマリー・ヴェッツェラ、シャウフス版『 ラ・シルフィード』のエフィーなど、幅広い役柄を踊っている。また、バランシン、クルグ、エロ、フォーサイス、インガー、キリアン、マクミラン、ファン・マーネン、ロビンズといった振付家の主要な役柄を踊る。アドリシオ、ビゴンゼッティ、シェルカウイ、ゲッケ、ヘラー、コジエルスカ、リー、マクレガー、シュプック、シュティエンスなどの作品を初演。2016年、ヴォルピはバデネスのために『サロメ』のタイトルロールを振付けた。ユース・アメリカ・グランプリでの金メダルのほか、2011年のエリック・ブルーン・コンクールでの観客賞、2015年のドイツ・ダンス賞「未来」など数々の賞を受賞している。