硫黄島の軍事拠点化のウラにうごめいていた「アメリカの思惑」

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なぜ日本兵1万人が消えたままなのか、硫黄島で何が起きていたのか。

民間人の上陸が原則禁止された硫黄島に4度上陸し、日米の機密文書も徹底調査したノンフィクション『硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ』が11刷ベストセラーとなっている。

ふだん本を読まない人にも届き、「イッキ読みした」「熱意に胸打たれた」「泣いた」という読者の声も多く寄せられている。

訓練基地と前進基地、そして作戦基地へ

ジレンマの中で硫黄島の訓練基地化を構想してきた旧防衛庁。1979年11月28日付の毎日新聞は、構想の実現に向けて動き出したと報じた。記事の見出しは「生まれ変わる“玉砕の島” 硫黄島ルポ 本格訓練基地に」。内容は次の通りだ。

返還後に硫黄島に置かれた海上自衛隊の部隊は〈飛行場(中略)の維持管理〉などを主な任務としてきたため〈基地というのに武器が一切ない。ピストル一丁(中略)なく、信号弾発射用けん銃がひとつあるだけ〉だった。そんな島を〈防衛庁は(中略)本格的な訓練基地にする〉ために〈来年から調査を開始する〉。

こうした動きが表面化した背景には、旧島民一世の高齢化に比例するように帰島希望の声が少なくなっていた実情もあっただろう。それでも一部の高齢の一世は諦めなかった。〈八十、九十代のお年寄りたちは「死ぬ前に島へ帰りたい」と訴え〉た。そう報じたのは1983年3月18日付毎日新聞の記事「硫黄島へ帰せとデモ 旧島民、国会には陳情書」だ。記事では、帰島を訴える旧島民らによるデモ行進を偶然見た通行人の言葉も伝えている。〈「へえー、硫黄島にはかつて人が住んでいたんですか。知らなかったな」〉。終戦38年の時点で既に、旧島民が忘れられた難民となっていたことがよく伝わる記事だ。

そんな社会的記憶の風化を待っていたかのようなタイミングで、旧島民の帰還を認めない審議会の答申が示されたのだ。この答申を伝えた毎日新聞の記事(1984年6月1日付)には予言的とも言える一文が添えられていた。〈旧島民の永年にわたる帰島の願いは閉ざされた。同島は今後、わが国のシーレーン(海上交通)防衛の要衝として軍事的機能を一層強めそうだ〉。

予言的記述は的中した。答申の報道から1週間後の6月8日付毎日新聞に「硫黄島は重要地点 防衛庁長官が基地視察」との記事が載った。記事には、注目される点が3点あった。

1点目はこの年から訓練が本格化したと伝えた点だ。〈今年一月からP2J対潜哨戒機の移動訓練を開始〉したのに加え〈十月からは航空自衛隊がF4戦闘機の訓練を実施する予定〉との記述がある。

2点目は、在島隊員の数だ。1979年の報道では海上自衛隊員60人だったのに対し、この記事では〈海上自衛隊百六十人、航空自衛隊百人〉と4倍の人員態勢となっている。当初の主要任務だった滑走路の維持に、訓練が加わったことが一因と推察される。

そして、3点目は「前進基地」という言葉が使われた点だ。それまでの報道では、旧防衛庁が目指すのは「訓練基地」としての整備だった。前進基地は、平時から戦闘に必要な物資を備蓄したり、施設を整備したりし、有事の際に前線への物資供給などを行う基地を指す。

この記事では〈“前進基地”としての整備が着々と進め〉られている具体例として、これまで〈滑走路の整備、隊舎、対潜哨戒機の格納庫などの建設が行われ、(中略)レーダーサイト、格納庫などの完成も間近に迫っている〉と報じている。

ついには「訓練基地」でも「前進基地」でもない表記が登場する。1984年6月19日付毎日新聞の記事の見出しはこうだ。「“シーレーン拠点”硫黄島 着々進む『作戦基地』化」。

前進基地は戦闘の間接的拠点であるのに対し、作戦基地は直接的に作戦を展開する基地を指す。滑走路の維持を主目的とする少数の海上自衛隊員が置かれただけに過ぎなかった硫黄島は、旧島民の帰島の願いを絶つ判断を国が示したのを機に、急速に軍事拠点化が進んでいくことになった。

その陰にちらつくのは米国の思惑だ。「着々進む『作戦基地』化」の記事では〈米国は八五会計年度「国防報告」でわが国に対して「一九八〇年代までにシーレーン防衛の達成」を求めたが、シーレーン防衛が最大の焦点である以上、硫黄島の軍事的価値が下がることはない〉とある。

米国の思惑の背景には何があるのだろう。公電「A-1315」収載の日米合同委員会議事録には、背景をうかがわせる記録がある。

小笠原諸島返還協定の締結日に開かれた合同委で、日米が合意した事項の一つに、次の項目があったのだ。〈米国政府が(硫黄島を含む)これらの島々における追加の施設及び区域の使用を要請した場合、日本政府は迅速かつ好意的な対応を行うものとする〉。

つまり、硫黄島の自衛隊施設イコール米軍施設なのだ。米軍にとって、日本が巨費を投じて硫黄島の基地化を進めることはメリットしかない。米軍占領時代と違い、整備費用を一切負担することなく、自軍が使用できる軍事施設が増えていくことを意味するからだ。

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