6月11日に、地域限定で発売された「未来のレモンサワー」。発売後3週間のうちに、各売り場で品切れ状態になった。希望小売価格(税込み)はオリジナル298円、プレーン298円と、RTDにしては高め(編集部撮影)

「パカッ」という小気味良い音とともにふたを開けると、開口部に向かいゆっくりとレモンが浮かび上がってくる。

世界で初めて、レモンスライスを入れた缶チューハイとして、アサヒビールから2024年6月11日に発売された「未来のレモンサワー」。首都圏・関信越で数量限定で発売するも、すぐに品薄、売り切れ状態となり、「どこに行ったら買えるの?」という声がネットやSNS上で巻き起こったようだ。

【写真】缶に充填する前の「未来のレモンサワー」のレモンスライス。液糖になじませたあと乾燥し、ドライフルーツの状態にする。レモンスライスを缶に充填する様子も

各社がしのぎを削る「レモンサワー」

数年前から高まっているレモンサワー人気は、いまだ衰えることなく続いている。

誰もが味で一番に推すのは、居酒屋で提供される生レモンサワーだろう。

爽やかな香り、唾液腺をキュッと刺激する酸味、喉を刺激する炭酸の爽快感……1日の終わりに飲めば、蒸し暑さ、仕事の疲れ、ストレスなどをスカッと吹き飛ばしてくれる。


8月27日に再販された「未来のレモンサワー」。写真は都内のスーパー。6月にあった「品切れの際はご容赦下さい」という文言は消えていた(編集部撮影)

RTD=Ready To Drinkと呼ばれる缶入りアルコールの市場でも、この「居酒屋のレモンサワー」を目指し各社がしのぎを削ってきた。

20年以上のロングランがキリンの「氷結」。原料からエキスを低温抽出する独自の技術を使っている。同じくキリンでは、果実とお酒だけを原料とした「本搾り」シリーズも、果実のフレッシュさを感じさせる点で群を抜く。

サントリーの「−196℃ストロングゼロ」も、瞬間冷凍させた果実を丸ごと使った味わいが特徴のロングセラー。

上記のレモンサワー第1世代に対し、キリンの「麒麟特製レモンサワー」、サントリーの「こだわり酒場のレモンサワー」などが、近年のレモンサワー人気を受けた第2世代と言えるだろう。

【2024年8月28日9:20追記】初出時、メーカー名に誤りがあったため上記のように修正しました。

さらに第2世代の中でも、ソフトドリンクのメーカー発という意味で異色なのが、日本コカ・コーラの「檸檬堂」だ。九州地区での限定販売を経て、2019年から全国発売された。すりおろしたレモンの皮をあらかじめお酒に漬けておくことで、ちょっと苦味がある、よりレモンらしい味わいを追求した。

近年のレモンサワーブームでは、各居酒屋でも、レモンを凍らせたり、漬けたり、写真映えよくジョッキにスライスをどっさり入れたりとオリジナルの工夫を凝らしている。RTD市場におけるレモンサワー第2世代商品にも、こうした影響を見てとることができる。

浮かび上がるレモンスライスが特徴

次々に現れる新商品に、消費者も最初は「おいしい」「これまでよりレモン感が強い」などと感動するものの、また次に新しい商品が登場するため、新規性も薄れてしまう。

その点、未来のレモンサワーについては、レモンスライスで「これまでの商品とは違う」ことが一目でわかる。


RTD商品としての新規性を一目でわかりやすく示すのが、レモンスライス。ふたを開けると、缶の底からゆっくり浮かび上がってくる。レモンをかじりながら飲んでもOK。ただし缶から取り出すために箸などが必要(編集部撮影)

開口部が広いためか、プチプチと弾ける泡の音、レモンの香りが広がって、大袈裟かもしれないが、あたりの空気を変えるような印象がある。
家飲みであっても、外で飲むかのような非日常感を感じさせてくれる。これは人気の一つの理由だろう。

口に含むと、スッキリとした、レモンそのものの味。サワー液に糖分が入っている「オリジナル」と、糖分を入れていない「プレーン」の2種類があるが、前者も甘さはごく控えめに仕上げてある。

この、レモン本来の味が楽しめる味の構成も、これまでのRTDのレモンサワーでは意外にない特徴。人気の理由の大きな部分を占めているのではないだろうか。

私ごとだが、シロップの入ってない、レモンと焼酎、炭酸だけのサワーが一番好きだ。料理の味を邪魔せず、余分な糖質を摂らずに済むためだ。しかしふだん行く居酒屋のうち、出してくれるところは2分の1ぐらい。シロップを使わないほうが手間がかかり、原価が高いということかもしれない。

韓国のレモンスライス入りハイボール

各店舗で品切れを引き起こした理由としてもう一つ、話題性がある。

発売に先立つ4月に、韓国のメーカーから、同じフルオープンの形状で、レモンスライスが入ったハイボールが発売されていたのだ。「どちらかが真似をしたのでは」との疑惑の声が巻き起こり、さらに話題が高まっていたわけだ。


韓国のコンビニチェーン「CU」で売られていたレモン輪切り入りハイボール(撮影:遠藤眞代)

疑惑の念を高めた原因として、未来のレモンサワーの発売発表(1月)から、実際の発売(6月)まで時間がかかっている事実がある。

アサヒビールに確認したところ、発表から発売まで時間がかかったことに深い理由があったわけではなかった。また、韓国の商品に先立つ1年弱前、2023年の5月に、クローズドのサイトにおけるテスト販売を開始している。

韓国のメーカーが真似できた可能性は残るが、「レモンスライスを入れる」という発想は誰でも思いつく。またサワーとハイボールで種類も異なるため、騒ぎ立てるほどのことでもないとも思える。

缶飲料にレモンスライスを浮かべるという発想はともかく、商品化する技術そのものは、一朝一夕に真似できるものではないようだ。

「これまで果肉を入れた商品はあったが、スライスそのものを入れる技術は実現が難しく、トライできていなかった」と説明するのは、商品開発において全体のコンセプト立案などを担当した、アサヒビールマーケティング本部新ブランド開発部担当課長の山田佑氏だ。

実現を困難にした「衛生管理面の問題」


アサヒビールマーケティング本部新ブランド開発部担当課長の山田佑氏(編集部撮影)

実現を困難にしていたのが衛生管理面の問題だという。菌や微生物を発生させず、品質を担保できるかどうかという点が、もっともハードルが高かったようだ。

それにもかかわらず、難問に挑戦することになったのは、社内に「このままでは未来がない」という共通の思いがあったからだ。

「RTD市場では多くの競合から次々に新しい味が発売され、消耗戦になっていた。目先のシェア争いでなく、当社しか実現できないことをやりたい、という思いがあった。レモンスライスが困難ではあるが、『いい未来』というゴールにつながる挑戦として共有できた」(山田佑氏)

マーケティング本部、開発部が一体となり、かつてない横連携のチームがつくられて、2021年初頭から開発がスタートした。

大きな課題であった衛生面については、レモンスライスを液糖になじませ、乾燥させるアイデアを採用してクリア。なお、缶の中でサワー液に浸かっている間にドライレモンに水分が戻り、味わう際にはみずみずしい色、食感になっている。


5mmの薄さにスライスしたレモンを液糖になじませたあと乾燥し、ドライフルーツの状態にして缶に充填。サワー液に浸かることで水分が戻り、みずみずしくなる。浸かっていた時間により熟成度合いが異なり、味にも変化が出てくるという。購入後しばらく冷暗所などに置いておき、飲み比べるのもおすすめ(写真:アサヒビール

開缶すると浮き上がるのはどのような仕組みなのだろうか。

「動力は炭酸が抜ける力のみ。その力で浮き上がるスライスの厚みを追求し、結果的に5mmの厚さがベストだった」

これに、2021年発売のヒット商品「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」で開発したフルオープン缶の技術を組み合わせた。開口部が大きいので、レモンスライスがしずしずと浮き上がってくる様子がよく見える。

缶の口は内側に曲げてあるので、このまま飲んでも、缶の切り口で怪我をすることはない。

「商品化において次の課題となったのがレモンの供給体制。口に入れるものなので、収穫後に薬剤を使用しないレモンを安定供給できる産地を探すところから始まった」

最終的に選ばれたレモンの産地は中国四川省。収穫されたレモンは選別のうえ、規定の厚みにカット、液糖づけ、乾燥。山口県の協力工場に運ばれて缶詰めが行われる。レモンスライスを缶に充填するためのロボット「パラレルリンクロボット」をアサヒビールにおいて独自開発し、工場のラインに組み込んだそうだ。


量産のために新たに開発されたのがレモンスライスを缶に充填する「パラレルリンクロボット」。1分に600缶を処理することができる(写真:アサヒビール

原料供給と生産ラインの拡大が今後の課題

商品が完成するまでに、関わったのは総勢80名。3年半という、過去に例を見ない期間がかかった。

「缶の飲料にレモンを浮かべる」という、素人なら簡単に思いつくであろうアイデアの実現は、飲料のプロにとってそこまで高いハードルだったのだ。

しかし発売後の実績は予想を上回り、反響も苦労に報いるものだったようだ。

「サワーを普段飲んでいる人だけでなく、ビールをメインに飲んでいる人も購入してくれている。新しいジャンルのお酒という見方をされている感じもある」

発売1カ月のうちにほぼ売り切れになったのは、人気が高かったこともあるが、現在のところ供給や生産体制に限界があり、追加販売ができないため。8月27日に再販されたが、1都9県の地域限定で、販売量も1回目と同じ程度とのことだ。

「原料供給と生産ラインの拡大が今後の課題。来年、再来年あたりの実現を目指す」

これまでのシリーズや競合他社では、レモンが当たればグレープフルーツ、という具合に他のフルーツに広がっていく傾向がある。しかし未来のレモンサワーにおいては他のフルーツのバリエーションは考えていないそうだ。

確かに、未来のレモンサワーの特徴は、これまで誰も実現できなかった新機軸にある。従来のように横に展開していくと、軸がぶれてしまうだろう。

未来のレモンサワーの発売により、レモンサワー市場の競争が1つ上の階層に上がったような感がある。他社が続くのか、それともまた別の新たな発想が生まれるのか、期待が高まる。

(圓岡 志麻 : フリーライター)