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1人マーケター組織で感じるリソース配分の難しさ

――富家さんは約10年にわたってマーケティングに従事しているとのこと。これまでどのようなキャリアを歩んできたか、簡単に教えてください。

新卒で大手通販会社に入社し、リスティング広告やアフィリエイト広告などの運用に携わりました。施策の成果などが数字で可視化される世界に感動し、「もっと究めたい」という想いから広告代理店へ転職したのが新卒3年目のことです。広告代理店で主にBtoCのWebマーケティングに関する経験を積んだ後、次にジョインしたコニカミノルタジャパンでは、BtoBマーケティングに携わり、3人からスタートしたチームを4年ほどで30人程度の規模まで拡大しました。1つのサービスのマーケティング担当から始まり、事業全体のマーケティング責任者を経て、全社的なマーケティング組織の責任者を1年ほど務めました。

2023年9月からはEVeM(イーブン)でMarketing Directorを務めています。EVeMは現在13人規模の5期目のベンチャー企業です(2024年8月時点)。担当している業務は、自社で開催するイベントの企画・運営、スポンサーとして協賛する他社イベントや展示会の対応、コンテンツの制作など、多岐にわたります。社内に落ちているボールを積極的に拾って推進するのも自分の役割と考えているので、例えばオフィス移転プロジェクトのPMなど、マーケティングの枠を超えた業務も担っています。

――30人規模のマーケティング組織だったコニカミノルタジャパン時代と、現在の1人マーケター体制には、どのような違いがあると感じますか。

本来チームで分担すべき役割を、全て自分が引き受けなければならない厳しさを感じます。最も難しいのはリソースの配分です。

マーケティング組織には、やるべきことが大きく3つあると思います。1つ目は、中長期的な視点で全体を俯瞰し、どのような戦略を立てて実行していくか考えること。2つ目は、短期的な施策を決定し、その企画を具体化すること。3つ目は、決定した施策を実行に移すことです。

これら3つの役割を1人で担うことは、現実的にはなかなか難しいと考えています。例えば経営陣から次年度のマーケティング戦略を考えるよう指示されても、イベントのページやフォームの公開、メールの作成、展示会の出展準備など、締め切りが差し迫った目の前の業務に追われてしまうためです。結果として、中長期的な戦略を考えるのは短期的なタスクを片付けた後になり、十分に時間を確保できないという状況に陥りがちです。

コニカミノルタジャパン時代は施策ごとに得意なメンバーをアサインできましたが、現在は1人体制のため、自身が不得意であっても会社として必要な施策に取り組まざるを得ない場面が増えています。例えば、私自身は細かいタスクや段取りがあまり得意ではありませんが、現状はそれらも含めて全てを担当しなければなりません。俯瞰して見たときに、自分自身をうまくアサインできていないと感じることがあります。

1人マーケターは物理的にだけでなく、精神的な負担も大きいと感じています。例えば「戦略と戦術に基づいて計画的にマーケティング施策を実行するべきだ」という信念やマーケターとして目指す姿があっても、実際には目の前のタスクをこなすので精一杯となり、理想とのギャップに悩まされることがあります。

また、意見を交わす相手がいないという点も大きな違いとして挙げられます。『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』は、そうした1人マーケターの壁打ち相手となることも目指して執筆しました。

BtoBマーケティングで悩みを抱える人の共通項

――『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』は、富家さんが2023年1月に公開したnote「5年間やってわかった、BtoBマーケターがやるべき仕事の全体感」を基にした書籍と伺っています。そもそもnoteの執筆のきっかけは何でしょうか。

コニカミノルタジャパンでマーケティング組織の責任を担う立場になった後、イベントでお話をしたり、「壁打ちさせてください」とご相談をいただいたりする機会が増えました。そこでいろいろな方の話を聞いて思ったのは、BtoBマーケティングの全体像が見えていないために自分の立ち位置があまり理解できておらず、細かな施策の「点」の部分で悩んでいる方が多いのではないかということです。私の経験や知識をまとめたnoteを公開すれば、手探りの状態でBtoBマーケティングに取り組んでいる方々の悩みを解消できるのではと考えました。

――noteから書籍を執筆するにあたり、変更したポイントや苦労した点をお聞かせください。

一番大きな変更点は構成です。noteはリードジェネレーションからLTV最大化までの流れに沿って、BtoBマーケティングの全体像を解説する構成でした。一方、書籍は組織を構築し、戦略や施策などのマーケティングプランを策定・実行して成果を出していくプロセスで再構成しており、「自社のマーケティング組織がどの段階にいて、次に何をすべきか」というストーリーを想像しやすくなったと思います。

また、自社の立ち位置を確認する「プロセスマップ」、最適な指標を見つける「キーポイントマップ」、施策実行時のポイントを整理した「アクションマップ」の3つを掲載し、読者が指さし確認しながら進めやすいようにもしています。

――富家さん自身はBtoBマーケティングの全体像をどのようにして把握できるようになりましたか。

書籍を読んだり、実践したりして個別の施策に対する解像度を高め、その1つずつの点を自分なりに線としてつないだ結果、BtoBマーケティングの全体像を把握できたのだと思います。

例えばインサイドセールスについては、関連書籍を熟読した上で、自身がインサイドセールス組織の立ち上げと改善を主導する役割を担ったことで、理解が深まりました。また、コニカミノルタジャパンで3年間プリセールスとして営業支援に従事し、セミナーの開催や提案書作成、商談などを一貫して担当したことは、営業やサービス提供の現場に対する理解を深める上で大きな役割を果たしたと感じています。

さらに、BtoBマーケティング組織の立ち上げから携わり、チームの成長に伴ってマネジメントの重要性も学びました。多くの書籍を読んで実践し、失敗しては改善を繰り返し、戦略設計の重要性やそれを実現するための施策、マネジメントについて理解を深めていく…私がBtoBマーケティングの全体像を把握できたのは、たまたまそうした積み重ねができる立場にいたからだと思います。一方で、誰もが同じような労力をかける必要はないとも思っています。

『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』を執筆した意図の1つは、読者の皆さんにこのような苦労を避けてショートカットしてほしいと考えたからです。BtoBマーケティングは全体像について取り上げた難解な書籍か、MAツールの活用やSEO、アクセス解析など特定のトピックに特化したものが多く、その間を埋めるような本が少ないと感じていました。本書は、まさにその間を埋めるような内容を目指しました。

戦略を「絵に描いた餅」で終わらせないために

――マーケティングの全体像を把握しないまま「とりあえずできる施策」を実行していると、組織はどのような課題に直面しやすいですか。

前提として、「とりあえずできる施策」を実施していくことが重要なフェーズも確実に存在すると思います。特にマーケティング組織の立ち上げ段階では、戦略や戦術の策定に固執して多くの時間を費やすよりも、まずは「とにかく1回セミナーを開催してみる」など、具体的な行動を起こすことが大切です。

しかし、「とりあえずできる施策」には限界があり、たいてい1年程度で成果が頭打ちになるでしょう。ある程度の成果を出せるようになり、その成果を倍増するよう求められた場合、「とりあえずできる施策」の量を2倍にしても、成果は同じように2倍にならないことが多いからです。施策の幅を広げたり、精度を高めたりするのではなく、施策の量で成果をカバーしようとすると、組織が疲弊するだけで終わる可能性があります。

「とりあえずできる施策」を実行しているときは、数多くある選択肢の中から、予算や組織の人数など、自社の状況を考慮した上で「できる施策」を絞り込み、順番に取り組んでいる状態だと思います。本来は、取り組むべき施策が他にもあるはずなのに、無意識のうちに自分たちでできる条件に当てはまるものを選んでいるのです。そうではなく、「本当に自分たちがすべきことは何か」「そのために何が必要か」を考えられると、これまで除外していた選択肢も実行可能な施策として検討できるようになり、可能性が広がります。

――マーケティング組織の戦略や戦術を立案し、それを絵に描いた餅で終わらせないために大切なことは何でしょうか。

戦略を立てて数字を達成していく施策の計画と、組織を成長させていく方法を分けて考え、どちらもしっかりとプランニングすることが重要です。

例えば、1年後に1,000人規模の大型カンファレンスを開催し、そこからリードを獲得する計画を立てるとします。数値の計画上は「1,000人規模のカンファレンスを開催し、リードを○件獲得する」で問題ありませんが、一方で、1年後に1,000人規模の大型カンファレンスを開催するために必要なチームの状態を考えることは全く別の問題です。大型カンファレンスを開催できる実行力を身に付けるために、まずは「他社イベントに協賛し、参加する」「100人規模のクローズドなイベントを企画・開催し、一連の準備を確認する」などの段階を踏む必要があります。

これは、施策の実行計画とは別に、それを実行できる状態にチームを成長させていくためのプランです。組織の成長計画が抜けた状態で施策のシミュレーションを行っている企業は、意外と多いのではないでしょうか。

――組織の成長計画はどれくらいのスパンで計画するのが良いでしょうか。

まずはクオーター(四半期)ごとで良いと思います。「商談30件」「売上金額○億円」などの定量的な目標値が設定されているはずなので、それに合わせて「求められる定量目標を達成しているチームの状態」をイメージし、そのイメージに向かうためにやるべきことを書き出してみてください。

――マーケティング組織の実行力を高めるために、富家さんがマネジメントとして大切にしていることは何ですか。

施策に人をはめ込むのではなく、人を中心に据えて施策を組み立てていくことです。施策に人をはめ込むと、その人が不得意なことをアサインせざるを得ないことがあります。すると、そのメンバーは意欲も能力もあまり発揮できず、成果は出にくいでしょう。メンバーの顔を1人ずつ思い浮かべ、それぞれができることややりたいことに焦点を合わせて、役割や戦略、施策を柔軟に変えていくことが大切です。

組織の立ち上げ期は人数が少ないことから、不得意なタスクにメンバーをアサインしなければならない場面ももちろんあります。しかし、そうした場面では「会社から指示されて…」と済ませるのではなく、「今この施策に取り組まなければならない理由」「その施策を通じてどう成長してほしいか」をきちんと説明して取り組んでもらいます。

これこそが、マーケティング組織の責任者として考えなければならないことであり、成果を出すために重要な点です。同じような戦略や戦術を考えたとしても成果に差が出るのは、「人を起点としたアサインができていて、メンバーが意欲的に取り組めているか」「組織のリーダーからメンバーのキャリアや成長に対するメッセージが伝えられているか」の2点ができているか否かによる違いだと思います。

これからのマーケティング組織の責任者に求められる資質

――マーケティング組織の責任者として、他に大切にしていることはありますか。

メンバーの発想や行動を促すような目標を設定することです。

KGIやKPIの目的は、日々の活動が確実に成果に結びついているかを適切にトラッキングすることです。ところが、「KGIやKPIはこうあるべき」という固定観念や「定量的に測定しなければならない」という思い込みにとらわれると、柔軟性が失われ、設定した目標に振り回される恐れがあります。

例えば、インサイドセールスのメンバーのケースを考えてみましょう。KPIとして1日30件メールや電話でのアクションを求められているとします。これを毎日繰り返すと、そのメンバーの思考や発想は、「1日のアクション数をいかに達成するか」に集中してしまい、本来の目的である「アクションを通じて中長期的に顧客との関係性を構築する」ための発想が徐々に失われていく可能性があります。

ここでEVeMで取り組んだ事例を紹介します。商談の機会をいただくため、ハウスリスト内のお客さまに対して個別にメールを送る施策を実施した際、私たちが設定したKPIは「メールを作成するのに1人のお客さまにつき20分かける」というものでした。

例えば「ハウスリストのお客さまに対してメールでアプローチをして10件の商談を獲得する」と目標を立てた場合、一般的には、メールの送信回数や1回あたりの送信数、開封率、コンバージョン率などを考慮して計画を策定すると思います。しかし、お客さまが日々受信するメールは大量で、テンプレート化された文章を送信しても恐らく読んでもらえません。逆に、一目で自分宛てに書かれていることが伝わるようなメールであれば、少し目を通してみようと思ってもらえるはずです。

そのようなメールを作成するために追うべき指標を考えた結果、「1人のお客さまにつき20分かける」というKPIを設定しました。「1人1人に丁寧に書く」といった抽象的なものではなく「20分かける」としたことで、20分間そのお客さまのことだけを考えて丁寧に書くことができました。結果的に、メールの送信数はかなり少なくなりましたが、返信や商談機会は高い割合でいただくことができました。

今の世の中には、KGIとKPIのどちらも「こうすべき」という情報があふれすぎています。まずはそれらを真似てみることも大切ですが、それだけではいずれ頭打ちを迎えるので、自分たちで考えて適切な目標を設定することが欠かせないと思います。

――富家さんが考える、マーケティング組織の責任者に必要な資質は何でしょうか。

1つは、人的資本を活かしたマーケティング戦略と戦術を実行できることです。もう1つは、体験を1人1人に届けていく意識を持つことだと思います。

マーケティング組織の責任者として成果を出すには、人に焦点を当て、「メンバーにいかに生き生きと働いてもらい、成果を最大化できるか」という観点で戦略や施策をプランニングすることが求められます。施策に人をはめ込むのではなく、人を起点として施策を展開させていくという発想の転換が必要です。

また、コンテンツがあふれる世の中において、機械的に物事を届けてお客さまの反応を得ようとするのは、どんどん難しくなっていくでしょう。もちろん多くの人に情報を届けようとすることも重要ですが、商談機会や受注をいただくためには、きちんと相手の顔を見て手渡しするような、温かいコミュニケーションが必要になってくると思います。

そのため、これからのマーケティング責任者には、重要な場面において非合理的な意思決定ができる力も求められるのではないでしょうか。

――最後に、BtoBマーケティングで「思うような成果が出ない」と悩んでいる読者に向けてメッセージをお願いします。

「1人で悩まないでください」と伝えたいです。どんなに優れたマーケターでも、事業や課題に向き合うほど、視野が狭くなっていくものです。そんなときは1人で悩まず、社内と社外のどちらでも良いので、さまざまな人に意見を聞いてください。

とはいえ「相談できる相手がいない」、いたとしても「なかなか勇気が出ない」という方もいらっしゃると思います。そのような方に『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』を読んでいただきたいです。

「プロセスマップ」「キーポイントマップ」「アクションマップ」の3つのマップを見ながら、「今どこにいるのか」「取り組もうとしていることはどの位置にあるのか」「そのときにボトルネックになりそうなのはどこか」などを指さし確認しながら話すだけで、ディスカッションの質が変わると思います。そして、1人でも多くの方がやるべきことに自信を持って取り組んでいただけるようになれば嬉しい限りです。

――ありがとうございました!

Profile
富家 翔平(ふけ・しょうへい)
株式会社EVeM Marketing Director。
新卒で大手通販会社のマーケティング担当として、デジタル広告の運用などに従事。その後、広告代理店にてマーケティングコンサルタントを経験し、2018年にコニカミノルタジャパンへ入社。「営業改革プロジェクト×マーケティング組織の立ち上げ」を推進した後、マーケティング企画部部長として事業部と全社のマーケティング組織の責任者を務める。2023年9月にEVeMへ入社。BtoBマーケティングやセールスをテーマにしたイベントやセミナー、メディアへの登壇実績多数。主な著書に『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』(翔泳社)がある。

 

 

 

 

 

 

記事執筆者

和泉ゆかり

いずみ・ゆかり
IT企業にてWebマーケティング・人事業務に従事した後、独立。現在はビジネスパーソン向けの媒体で、ライティング・編集を手がける。得意領域は、テクノロジーや広告、働き方など。
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