落合晃、久保凛、ドルーリー朱瑛里...高校中距離選手の躍進とパリ五輪の高速化の妙 800m元日本記録保持者が語る関連性とは
横田真人氏は「久保凜選手はニュータイプ」と高評価 photo by YUTAKA/アフロスポーツ
パリ五輪の陸上競技では、女子やり投げの北口榛花が金メダルを獲得し、大きな盛り上がりを見せた。一方でトラックの中距離に関しては、東京大会で結果を出した田中希実が1500mと5000mでともに決勝に残れず、期待通りの活躍を見せることができなかった。
特に1500mに関しては、東京大会では準決勝で日本女子初の3分台となる3分59秒19をマークして決勝に進出し8位入賞を果たしたが、今回は準決勝で3分59秒70でフィニッシュしたにも関わらず、11位に沈む結果となってしまった。
このパリ大会では、どんな変化が起こっていたのか。陸上800m元日本記録保持者でロンドン五輪代表の横田真人氏にパリ大会の中距離を振り返っていただくとともに、今後の中距離界の展望について話を聞いた。
【ショッキングだったパリ大会】――パリ五輪での中距離種目の結果については、どのような感想を持ちましたか。
田中希実選手が走った1500mも5000mもそうですが、彼女の実力で決勝に残れなかったのは、僕だけではなく、日本女子の中長距離界としては、かなりショッキングなことだったかなと思っています。
――田中希実選手に関しては1500mで4分を切りましたが、決勝には残れませんでした。世界との差はどのように感じましたか。
ひと昔前だと、4分を切るのは世界でも一握りの選手しかできなかったことだったんですが、今は準決勝でも二桁順位になってしまいます。これからは、女子が3分台を出すことを当たり前と捉えていかないといけないかなと思っています。
――5000mも含めて、彼女のパリでの走りを見て、何か感じたことはありますか。
個人的には、実力はすごくついているのかなと思いました。5000mのレース内容に関しても力はついてきていたと思いますが、それにも関わらず、決勝に残れなかったのは、結構ビックリしています。
――田中選手は東京五輪以来の3分台でした。これは全体的なレベルが上がってきたのか、勝負の綾として決勝に行けなかったのか、どのように捉えていますか。
全体が上がっている感覚のほうが強いですね。それは女子の1500mだけでなくて、今大会に限って言えば、男子800mと1500mもタイムが上がってきています。特に男子800mに関しては、ここ数年1分41秒台が出ていなかったんですが、今年になって一気に出てきていて、オリンピックでも4人が41秒台を出していました。その意味で中距離のフェーズがひとつ変わった大会だったかなと思っています。
【理由のひとつはシューズ】――国内に目を移すと、滋賀学園3年(滋賀)の落合晃選手が7月末の高校総体、男子800mで1分44秒80の日本新記録を出しました。
僕が引退してから、川元奨選手など何人かが45秒台を出していて、全体的な底上げはされてきたかなと思いますが、44秒台はいませんでした。そんななかで今年は、男子は落合晃選手、女子は久保凜選手(東大阪大学敬愛高2年・大阪)が日本記録を更新しました(1分59秒93)。高校生が一気に壁を超えたことと同時に、世界的にも800mの水準が一気に上がったことが、すごく面白いなと思っています。
その理由のひとつは、シューズの影響だと感じています。もしかしたら中距離の選手が一番シューズに関して繊細な感覚を持っているかもしれません。僕が最近のシューズを履いて感じるのは、昔の感覚と全然違うということです。そうすると走りを根本から変えていかなければなりません。
ただ今の高校生たちは、陸上を本格的に始めたころから、もう今のシューズが当たり前にありました。厚底ネイティブみたいな感覚です。そんな選手たちは、走りを変える必要はなくて、動きの壁を感じずに走れているところが、国内で記録が更新された大きなポイントのひとつだと感じています。海外に関しても技術に適応していったタイミングが、このパリ五輪だったのかなと感じる部分はあります。
――記録を更新した高校生が出てきたことは、全体的なレベルアップにつながるのでしょうか。
それは難しいところがあると思います。田中希実選手のあとに、1500mや5000mで次々と選手が出てきているかというと、そうではありません。女子の中距離で言うと、田中選手は「違う存在」という見方をされてしまっていて、落合選手に関しても、「落合選手だからできている」というマインドを持ってしまうと、差が広がってしまうかなと思います。
【久保凛はニュータイプ】――若い世代の女子選手で言うと、久保選手のほかにドルーリー朱瑛里選手(津山高2年・岡山)も注目されています。このふたりの走りを見て、どう感じていますか。
久保選手はバランスがいいですね。スピードもありますし、今年2月の5kmロードレースで、16分22秒で優勝していましたので、長い距離も強いなという印象を受けました。スピード系の800mの選手が長い距離を走るためには有酸素のトレーニングをする必要があるんですが、そうすると、接地時間が長くなってしまったり、関節の可動域が悪くなったり、動きが小さくなったりして800mにつながらないと、男子も女子も僕も含めて、どの選手も口をそろえて言っていました。だから有酸素の開発をやることに抵抗がありました。その観点から言うと、久保選手は日本には今までいなかったニュータイプの選手なのかなと思います。
それからドルーリー選手は常にチャレンジする姿を見せてくれています。シニアのなかでレースをしたりしていて、そこで失敗したとしても続けていく姿勢を持っているのは大事なことだと思います。彼女の特性を考えると、将来的には1500mに振っていったほうがいいかなと思っています。
――来年2025年9月には東京で世界陸上があり、4年後にはロス五輪があります。日本の中距離界は希望があると考えてよろしいでしょうか。
希望はあると思います。そのためにも将来性のある選手たちが、国内にある従来の仕組み、実業団や箱根駅伝などのなかで、伸び伸びとやってほしいなと思いますし、しっかりと活用してほしいです。僕もそういう部分に携わっているのでわかりますが、優れた逸材がその仕組みのなかでつぶれてしまったという事実も歴史もあります。そこに関わる人たちには、選手の育成の部分について目を背けないで真剣に向き合ってほしいなと思います。
【Profile】
横田真人(よこた・まさと)
1987年11月19日生まれ、東京都出身。800m元日本記録保持者。現役時代は富士通陸上競技部に所属し、ロンドン五輪に出場する。2016年に現役を引退し、2020年にTWOLAPS TRACK CLUBを設立。選手の育成・チーム運営のほか、アスリートのコーチング、マネジメント、スポーツビジネスに関するコンサルティングも行なう。