Charli xcx「Guess featuring Billie Eilish」ミュージックビデオより

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 「洋楽離れ」が叫ばれ始めたのは具体的にいつ頃からなのだろうか。このトピックはネット上でもたびたび話題に上がっており、多くの人々がそれぞれの視点から意見を持っているように見受けられる。「グローバルポップ」について語る本連載はもちろん「洋楽」を紹介するわけだが、「洋楽離れ」については何の結論も仮説も提示しない。だが、それについて考えるには何よりもまずは現状把握からだろう。改めてそういった意味でも本記事が何らかの手助けになれば幸いだ。

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■Charli xcx「Guess featuring Billie Eilish」

 チャーリーXCXの6作目のスタジオアルバム『brat』は、複数のメディアから2024年上半期のベストアルバムとして高く評価された。チャーリーが本作について「とても直接的」と述べている(※1)通り、回りくどい言い回しや華美なリリックは用いず、感情をストレートに表現している。「brat」は直訳すると「悪ガキ」だが、チャーリーによると「ちょっとだらしなくて、時々間抜けなことを言ってしまうような女の子」であり、「自信に満ちているけど、時には気分が落ちてしまうこともある。それでもパーティーを楽しむ。正直で率直で少し不安定」なのが「brat」なのだという(※2)。

 ここで取り上げるのは『brat』発売の3日後にリリースされたデラックス版に収められた楽曲「Guess」に、ビリー・アイリッシュをフィーチャーした新バージョン。チャーリーとビリーの親密なやり取りを盗み聞きするような歌詞が刺激的だ。例えば、最初のヴァースにおけるチャーリーの〈You wanna guess The color of my underwear(下着の色を当ててみたいんでしょ)〉というリリックに対し、ビリーは〈Don't have to guess The color of your underwear(その必要はないよ)〉、〈The ones I picked out for you in Tokyo(君のために東京で選んできた)〉と返す。そして最後は〈You wanna guess If we're serious about this song(私たちがこの曲についてどのくらい本気かどうか当ててみたい?)〉とリスナーに問いかけるのだ。こういったあまりに挑発的でスリリングな内容が2分半にも満たない短い尺の中に詰め込まれている。

 もちろん、ロンドンのレイヴカルチャーから強く影響されたサウンドもアルバム全編に渡って冴えているが、本楽曲より前に発表された「Girl, so confusing」ではチャーリーがロードをフィーチャーし、長年の確執を解消する内容が話題となった。つまり、今作は特に歌詞まで読み込む価値のある作品なのだ。

■Tinashe「Nasty」

 アメリカのR&Bシンガー、ティナーシェのシングル「Nasty」は、自信に満ちたセクシーな女性像を描いた楽曲。彼女が敬愛するジャネット・ジャクソンやTLCといった往年の女性アーティストの系譜に連なるオーソドックスなR&Bの要素とヒップホップ/ラップを掛け合わせたもので、その繋ぎ方も非常にスムースだ。また、この曲がTikTokでのバイラルヒットの勢いを受け、インディペンデントで活動するようになってからのティナーシェにとって最大のヒットとなった。

 歌詞で特に印象的なのは〈I've been a nasty girl, nasty〉と無感情なロボットのような声で繰り返される一節だ。ラップと歌のパートを繋ぐ役割も果たしつつ、「nasty girl」という言葉を誇りとして再定義している。その点でチャーリーXCX『brat』とも通じるテーマを持っていると言えるだろう。

 ティナーシェはレーベルを脱退した理由について、自身のクリエイティブなコントロールを取り戻すためだと語っている(※3)。独立後初の大きなプロジェクトである7作目のアルバム『Quantum Baby』のリリースに向けて、しっかりとメインストリームでも存在感を発揮できる実力を示した「Nasty」は、ティナーシェの音楽キャリアにおける重要な節目となったのだ。

■Zach Bryan「28」

 沖縄生まれでオクラホマ州育ちのカントリーシンガーソングライター、ザック・ブライアンは、アメリカ独立記念日である7月4日に最新アルバム『The Great American Bar Scene』をリリースした。このアルバムもまた19曲63分というボリュームで、彼の過去作品と同様になかなかの大作である。中でも特に注目されているのが4曲目の「28」だ。静かなギターのストロークから始まり、徐々にピアノとバイオリンが加わる。ブライアンの感情が漏れ出るような歌声とバイオリンの響きが、アルバムの序盤にしてクライマックスに至ったような雰囲気を演出している。歌詞はブライアンが28歳の誕生日を迎えた際、子犬の手術を終えた後に感じた幸福感を綴ったものだという(※4)。アルバム発表以前からライブで披露されていたため、ファンの間でリリースが待ち望まれていた。

 昨年の米チャートはカントリーが席巻し、ブライアンもカントリー勢力の急先鋒の一人だった。今作ではブルース・スプリングスティーンやジョン・メイヤーといった大御所とのコラボも実現しているように、ブライアンはカントリーの伝統に根差しながらさらなる一歩を進めたと言えるだろう。今年はビヨンセの『COWBOY CARTER』がカントリーを取り入れた作品として話題になり、同作で活躍したシャブージーは「A Bar Song (Tipsy)」がロングヒットを記録している最中だ。カントリーと米国の音楽シーンの動向は、まだまだ見逃せない。

■Clairo「Juna」 

 クレイロの3年ぶりのアルバム『Charm』は、レトロな質感と現代的なひねりを組み合わせ、2024年のリスナーの好みにも合致した絶妙な作品だ。実際、アルバムは全米チャートで8位デビューし、クレイロにとって過去最高の順位を記録した。

 クレイロは出世作となった『Immunity』(2019年)では元Vampire Weekendのロスタムを、『Sling』(2021年)ではラナ・デル・レイやテイラー・スウィフトから重宝されるジャック・アントノフをプロデューサーに迎え、彼らの個性的なスタイルを彼女は柔軟に取り入れてきた。『Charm』もこの流れを踏襲し、共同プロデューサーとして迎えたレオン・ミシェルズの影響がアルバムのレトロな美学に現れているのだろう。ファンクやソウルの伝統に根ざした硬派な活動を続けるEl Michels Affairというバンドも率いるミシェルズは、ノラ・ジョーンズの最新作『Visions』もプロデュースしているように、ヴィンテージなサウンドと現代的な感性を融合する腕は確かだ。

 中でも「Juna」はその塩梅が優れた1曲だ。大胆なメロディの展開と過剰にならない程度に様々な音が含まれたサウンドデザインに、アウトロのトランペット風のチャーミングなスキャット歌唱はジャズとの接近を感じさせる。そういった意味では若い世代からの支持も厚いレイヴェイと通ずるものがある。実はトレンドにもしっかり乗っている作品でもあるのだ。

■Rema「OZEBA」

 ナイジェリアのアーティスト、レマが2ndアルバム『HEIS』をリリースした。セレーナ・ゴメスをゲストに迎えたことでも話題になった「Calm Down」が数々の大記録を打ち立てるという特大級のヒットを21歳で経験し、アフロビーツというジャンルをさらに世界中に浸透させた人物だ。今作を一聴して驚くのは、牧歌的なアフロビーツだった「Calm Down」の印象を払拭するかのような激しい作品であるということ。ドラムのパターンや音色はアフロビーツのそれだが、弦楽器のアレンジや気性の荒い猛獣のような生々しく激しいボーカルなど、あらゆる要素がこれまでとは一線を画している。

 アルバム中盤に位置する「OZEBA」は、ドリルビートのパターンで刻まれるクラップや8拍子で刻まれるストリングスが性急な印象を与える。まるで倍速再生していると勘違いしそうなほど速い。酔っぱらったようなフロウを聞かせるバリトンボイスでのラップは時折ケンドリック・ラマーのようだ。

 おそらく本作でレマはアフロビーツというジャンルにおける自身の立ち位置を再定義しようとしているのだろう。伝統的なアフリカ音楽のサウンドをゴシックな雰囲気やパンクロックの影響と融合させているという指摘も一部である通り、自身のパブリックイメージや限界を突破しようとしている。だからこそまとまりに欠けたアルバムだという批判はあるだろうが、少なくとも一度は耳を傾けるべき入魂の一作である。

※1:https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/136108/2※2:https://wwd.com/feature/what-is-brat-summer-charli-xcx-aesthetic-1236490299/※3:https://hiphopdna.jp/news/15533※4:https://www.songsdetails.com/songs/zach-bryan-28-meaning/

(文=最込舜一)