(撮影:今井康一)

育児休業を取得した民間企業に勤務する男性の割合(2023年度)が、初めて3割を超えたことが厚生労働省の発表で明らかになりました。

前年度(17.13%)と比べ13ポイント上昇し、過去最高の30.1%となったことに加え、18〜25歳の男性を対象にした調査では、84%が将来的に育休の取得を望んでいることも分かりました。より多くの男性が、世界に冠たる育休制度を活用するのは、とにかく明るい兆しです。

男性の育休取得率は「過去最高」になったが…

約10年前、大手メディアの政治部記者だった筆者は約1年間の“男性育休”を取得しましたが、当時は周囲から奇異の目で見られたものです。それもそのはず、当時、日本における男性の育休取得率はわずか2%台しかありませんでした。その頃と比べると、単純に15倍の男性が取得している計算になるわけですから、まさに隔世の感です。平日の朝晩や休日に、ベビーカーや抱っこひもを使って、子どもと一緒に街を歩く男性を見かけるのは、もはや珍しいことではありません。

ただ、過去最高の取得率を手放しで喜んでいられないのも実情です。取得日数は増加傾向とはいえ、1カ月未満の人が6割近くを占めます。“あらゆる事情”で、短期間の取得にせざるをえなかった、もしくは「形式的に取っただけ」人もそれなりに存在しそうです。

政府が男性育休を促す、そもそもの目的は「育休取得後も男性が育児に参画し、仕事と両立しながら分担する」ことであり、異例のスピードで進む少子化に歯止めをかけることです。

若い男性たちに強い取得意欲が見られ、いい流れを迎えた今だからこそ、その先を見据えた課題について、考えてみたいと思います。

政府は、男性育休取得率の目標として、2025年度に50%、2030年度には85%への引き上げを掲げています。2020年度に初めて10%台に乗ってからは、右肩上がりで伸びています。

厚労省は今回の急増理由について、育休制度の周知と育休取得の意向を確認する制度を2022年春から企業に義務付けたためと分析しています。取得を義務化するのではなく、取るかどうかを男性に尋ねることを義務化したわけです。

これによって、自分からは取得を言い出せなかった男性が、以前よりは気兼ねなく申し出ることができました。取りやすい環境づくりに向け前進したのは、間違いありません。

一方、来年4月からは育児休業給付(育休手当)は、両親がともに14日間以上の育休を取得した場合、手取り収入が育休前と同じ、つまり10割に引き上げられます。最大28日間ではありますが、育休取得をためらう理由が収入減である人にとっては、現行の67%から支援が拡充するわけで、大きな助け船になりそうです。

取得日数の多寡はともかく、より多くの男性が育休に踏み切ることは喜ばしいことです。政府が大号令をかけて、数値目標の実現に動いているのも、目指すべき到達点と時期を明示しないと、政策としての位置付けが曖昧になるという事情があります。まずもって、数字を引き上げるのは、政府の方向性として間違いとは言えないでしょう。

男性が「育休を取った後」の生活はというと…

しかし、こうした中、抜け落ちている視点があると感じます。それは、育休取得後の男性の働き方です。

育児を担うために、育休を取得し、復帰後も女性パートナーと分担したいのに、様々な理由で実現できない男性の事例は少なくないのではないでしょうか。女性は「時短勤務」を選択することもありますが、男性は元の働き方に戻ることが大半です。実際問題、育児を「分担」できるような働き方とは到底言えない人が多いと思われます。

その一方で、育休でキャリアが中断したことの“反動”が起きることもあります。育休でできた仕事上の“ブランク”を取り戻そうとして、育休前以上に必死で仕事に取り組む男性もいるかもしれません。

そうした背景には、日本社会ではいまだに男性のキャリア中断に極めて及び腰で、否定的な見方が根強いことがあります。

育休を取る男性に対し、ため息をつく同僚や上司を見たことがある人は少なくないはずです。育休を3カ月や半年取得する若い男性に対して「あいつは現場へのしわよせのことを考えていない」「いったい何を考えてるんだ」と裏でぼやく上司の話も、残念ながらそう珍しいものではありません。

実際、私自身もかつてそうした状況を経験しました。育休から復帰する直前に行われた所属長との面談で、時短勤務の存在を紹介されましたが、「時短は使うつもりはない」とはっきり伝えたことを思い出します。育休で長く仕事から遠ざかったうえ、時短を取得するのではブランクを取り戻せないという焦りがあったためです。「復帰後は、時流が早い永田町でまたバリバリ働きたい」「1年間を取り戻すように働くぞ」という思いばかりで、時短については頭の片隅にもありませんでした。

邪推かもしれませんが、当時は「1年も仕事を休んだような責任感のないヤツに、大事な仕事はもう任せられない」といった厳しい視線があるように感じていました。そうした周囲からの懸念を早く払拭したい。そのためには、長時間労働はもちろん、どんな仕事にも取り組む思いで、職場復帰しました。

男性を襲う「配置換え」「プロジェクト外し」

もちろん、こうした空気は職場によって、人によってまちまちですし、一概に言える類のものではありませんが、「気のせい」でもなさそうです。

一つの例として、育児世代の転職支援サービスを提供する「XTalent」が、育休取得経験のある男性に実施した調査を挙げてみます。

そこには「男性が家事育児メインで行っていることが理解されず、時短勤務に難色を示されている」「早く帰宅して家事育児をしたい気持ちが、仕事上の強いストレスになった」などのほか、「ボーナスの減少や配置換えを命じられた」「参加プロジェクトから下ろされた」などの回答が寄せられました。

復帰後の柔軟な働き方に理解を示さないどころか、懲罰的ともいえる不利益な処遇に見舞われた男性がいることが浮き彫りになっています。

この先も、育児休業を取得する男性が順調に増えると考えれば、育休後も育児参画したいのに、職場の環境や上司の無理解、長時間労働などを理由に叶わない。そうしたことについて、悩む男性も合わせて増えると思われます。

仮に、共働き夫婦において、妻が1年の育休を取得し、夫が1カ月の育休を取得して復帰するケースを想定してみます。妻の育休が続いているうちは、夫が仕事に没頭し、妻が家事・育児をメインで担うことは可能かもしれません。しかし、妻が再び働き始めた時、何が起こるでしょうか。

「男は仕事」とする性別役割意識が依然として定着し続けている中、女性に比べて、男性の柔軟な働き方が受け入れられているとは言い切れません。男性は会社での評価を気にし、時短などは取得しない(できない)。そうなれば、自ずと時短勤務などをして多くの家事育児を担当するのは女性となります。シッターなど外部リソースを最大活用しても、女性がメインであることに変わらないのではないでしょうか。

子どもを持つ男性の働き方の変化を容認する姿勢や、そのための仕組み作りが欠けていると、男性が育児に育休中以外は満足に参画できませんし、結果的に性別役割がさらに固定化してしまう恐れがあります。

こうして男性の育児参画が「短期間限定」で終わってしまうのであれば、そもそも政府が男性の育休を推進する意味あいは、大きく薄れてしまいます。

こうした男性たちの働き方、現状が改善するよう、何らかのメスを入れる必要があると考えます。合わせて、育休を含めた男性のキャリア中断に対する社会的包摂も求められます。

「子持ち様」バッシングの不穏

最近、「子持ち様」という言葉をよく耳にするようになりました。子どもを持つ親が育休をはじめ、時短勤務やフレックス、在宅勤務などでそもそも優遇されていることを揶揄するだけでなく、子どもの発熱などで退社した後、仕事を急に振られることを不公平に感じ、不満に思う人たちが捉えた表現です。個人的には、何とも複雑な思いにさせられる言葉です。

「子持ち」「子無し」がそれぞれの側に立って、相手を攻撃するような社会は健全とは言えません。「会社で、あんな言われ方をするぐらいなら、子どもは欲しくない」という思いに駆られる人も出てくるでしょう。それでは少子化に拍車がかかりかねません。子どもを持ちながら働くという人たちが、特権階級的で特別な人たちと受け止められるようでは、お互いが生きづらくなること必至です。

確かに、病気や介護など誰にでも起こり得る事象と異なって、人それぞれに様々な事情や背景を抱える中、子育ては誰しもが経験できることではありません。そのため、ひょっとすれば、嫉妬に近い感情が渦巻いているのかもしれません。

働き盛りの「子持ち」「子無し」の当事者ばかりに任せるのでなく、当事者ではない人たちが、真摯に取り組む姿勢が必要です。分断が本格化する前に、企業や組織・団体は、双方がお互いを尊重しながら、公平さを担保するための働き方の構築に向け、早急に手を打つことが求められるのではないでしょうか。

(小西 一禎 : ジャーナリスト)