利上げを発表した日銀。市場は「単なる円安修正」への動きとはとらず、日本経済が再び「最悪のシナリオ」に向かっているのではないかと疑い始めている(写真:ブルームバーグ)

日本株は7月11日にTOPIX(東証株価指数)、日経平均株価とも最高値を更新した。だがその後は下落が続き、8月に入ると急落。2日には1月以来の水準まで下落し、5日は日経平均株価が史上最大の下落幅を記録した。

日本株下落の一因は、米国株市場が7月後半から調整が続いていることにあるが、7月初旬には1ドル=161円台後半にまで進んだ円安が、通貨当局によるドル売り円買い介入を経て、8月2日には146円台まで大きく円高に動いたことも、日本株の急落をもたらした(5日は一時141円台まで下落)。

政策当局が脱デフレ途上で自ら追い風を止める

先月の7月前半までの年初来リターンでみると、日本株(TOPIX)は米国株(S&P500種指数)を上回っていた。だが、その後の急落で8月2日時点では日本株(約+7%)となり、米国株(+12%)と下回った。

7月11日と12日にあったとみられる通貨当局による介入は引き締め政策だが、さらに同月31日には日本銀行が追加利上げを行った。2023年半ばから経済成長が止まっている中で、利上げを急いだことは筆者には正直理解しかねる対応だ。日本の経済政策が一気に引き締め方向に転じたことで、日本株市場への期待を低下させた。

経済メディアが報じる「悪い円安」などの偏向した報道を過度に気にしたあげく、日本の政策当局者が円安を無理やり止めようとしている。それを岸田政権が容認しているということだろうか。

日本経済は脱デフレの完全実現の途上であり、需給ギャップを抱えているのだから、大幅な円安は日本経済の成長を後押しする。円安という追い風が、2023年以来の日本株の上昇を牽引していたが、自らこの追い風を止めようとしている対応に転じているのだから、日本株が下落するのはやむをえない。

最近の日銀と通貨当局の対応をみると、デフレリスクに直面している中国と同じように、日本の経済政策が機能不全となりつつあるようにみえる。

日本経済停滞への「逆戻り」を意識し始めた株式市場

その帰結は、日本経済の停滞が長期化、年率2%のインフレ安定と経済正常化に失敗する「最悪のシナリオ」であるが、このリスクが日本の株式市場で意識され始めたということだろう。

1990年代半ばから日本だけが、デフレを伴う稀にみる低成長に陥ったのは周知の事実である。これを失敗の教訓としない当局者や政治家、経済学者などの意向が優先され、マクロ安定化政策が再び緊縮方向に軸足を向けつつある兆候がみえる。この背景には、支持率低下に苦しむ岸田政権の霞が関における求心力低下が影響しているのかもしれない。

1990年代半ばからの日本で起きたデフレの長期化は、通貨価値の行きすぎた上昇(大幅な円高)を伴っていた。

経済主体のデフレ期待が支配的になれば、安全資産である円キャッシュへの需要が増えるので、為替市場においては恒常的に円高圧力が強まる。そして、デフレ期待の強まりで起きた円高が、輸出企業の価格競争力を削ぎ円ベースの海外売り上げを削減、そして経済成長を低下させる経路で一般物価に対して下落圧力が強まる。

つまり、行きすぎた円高を自ら放置することは、デフレを許容する緊縮政策であり、実際に1995年、2008〜2009年の日本では、相当緊縮的な経済政策が実現したと筆者は位置付けている。つまり、デフレと通貨高の悪循環に自ら陥り、デフレと低成長を長期化させたということであり、こうした惨状が繰り返されたのが、2012年までの日本経済である。

第2次安倍政権下でアベノミクスが始動した2013年以降は、超円高が修正されデフレが和らいだ。緩やかなインフレと通貨安の好循環が2022年以降さらに強まり、2024年度の春闘ではようやく賃金上昇率が3%を上回るなど実質賃金上昇を伴う好循環が強まりつつある。

昨年4月に植田和男氏が日本銀行の総裁となってからは、ゆっくりと引き締め政策を進める中で、円安が進みインフレ期待を底上げして年率2%のインフレ完遂に近づきつつある。2022年以降の大幅円安はアメリカの金利上昇がもたらした側面が大きいが、日銀の金融緩和の長期化が円安を後押しし、これらの結果、日本でも年率2%のインフレが恒常化しつつある。

だが、生活必需品を中心とした大幅な価格上昇は、実質所得の目減りをもたらし、2023年半ばから家計の消費を抑制している。家計に対する所得分配政策である減税政策などが不十分であることが家計の所得目減りを招き、先述したように2023年半ばから日本経済の成長はほぼ止まっている。

マクロ安定化政策が機能不全に陥りつつある

大幅な円安がメディアなどで消費低迷の戦犯になっているが、深刻な問題はインフレ安定と経済成長を後押しするマクロ安定化政策が、機能不全に陥りつつあることだ。

筆者の懸念が杞憂で済めばいい。だが、日銀が断続的な利上げを始める中で、仮に円高進行を促す引き締め政策を後押しする新たな政権が、2024年10月以降誕生すればどうなるか。その場合、日本株のリターンは、米国株を大きく下回り続けるだろう。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)