(撮影:今井康一)

2022年に登場した対話式AIの「Chat〈チャット〉GPT」は、質問すると丁寧で洗練された文章で応答をすることから急速に世界中に広がり、わずか4カ月で3億人が使いました。人工知能が、一般個人の日常生活の中にまで入ってきたことを物語る出来事です。

米国IBMビジネスエグゼクティブなどを歴任した梶谷通稔氏は、「AIは人々の仕事のやり方を一変させ、今後、弁護士や医師など高学歴・エリート職とされる仕事をも代替していく」と予測し、「人間は、ヒトにしかできない領域において、脳のフル活用が求められる時代に突入した」と述べます。

人間が逆立ちしてもかなわない「AIの能力」とは、具体的に何なのか。逆に、人間だけが持つ、AIにはお手上げの能力とは、どのようなものなのか。

社会人から子どもたちまでが、自身の「脳力」を育み・鍛える必要性を説いた梶谷氏の新刊『AI世紀を生き抜く 人間脳力の鍛え方』より、一部抜粋、再構成してお届けします。

ChatGPTで「何が、どこまで」できるのか

読者の皆さんの中には、まだChatGPTを体験されていない方たちもいらっしゃるかもしれないので、サンプルをひとつ見てもらいます。

まず入力にはスマートフォンまたはパソコンを使います。今回、ChatGPTの画面に、「日本が失われた30年から脱却して、世界の中でさらに発展していくにはどうしたらいいですか」と質問を入力したら、瞬時に次のような回答が返ってきました。

「日本が失われた30年から脱却して、世界の中でさらに発展していくためには、以下のような取り組みが必要です。

1.イノベーションへの投資:日本企業は、世界でも高い技術力を持っていますが、革新的な発想に欠ける傾向があります。イノベーションへの投資を増やし、新たな技術やビジネスモデルを開発することで、世界的に競争力の高い企業を育てることができます。

2.外国人材の受け入れ:グローバルなビジネスを展開するためには、外国人材を積極的に受け入れ、多様な文化や言語に対応することが必要です。また、留学生の受け入れや就労環境の改善なども必要です。

3.持続可能な社会の実現:環境問題やエネルギー問題は、世界的に重要な課題です。日本は、再生可能エネルギーや省エネルギー技術の開発、低炭素社会の実現など、持続可能な社会の実現に積極的に取り組むことが必要です。

4.人口減少問題への対応:日本の人口は減少傾向にあり、労働力人口も減少しています。このため、高齢化社会に対応するために、生産性の向上や働き方改革、外国人材の受け入れなど、さまざまな対策が必要です。

5.外交・安全保障の強化:世界的な問題に対応するために、外交・安全保障の強化が必要です。特に、アジア太平洋地域における地政学的な環境の変化に対応するために、米国との協力強化やアジア諸国との関係強化などが必要です。

これらの取り組みを進めることで、日本は世界の中でより発展していくことができます。ただし、これらの取り組みは容易ではなく、政府・企業・個人の協力が必要となります。長期的な視野に立って継続することが何よりも大切です」

と、まさにそこにまるで時事問題に長けた人間がいるかのごとく、レイアウトも読み易く、しかもホットな題材も盛り込み、流暢な表現で回答してきました。

小学校の先生のように説明できる

そこで続けて「このことを小学生でもわかるように説明できますか」と入力しますと、

「日本が失われた30年から脱却して、世界でさらに発展するためには、次のようなことが大切です。

1.新しいアイデアを出すことが大切です。これには、新しい技術やビジネスの仕方を考えることが必要です。

2.日本は外国人の方を受け入れることで、多様な文化や言語に対応し、グローバルなビジネスを展開することができます。

3.環境問題やエネルギー問題も、世界的に重要な課題です。再生可能エネルギーなど、環境に優しい技術を開発して、地球を守ることが大切です。

4.人口が減ってしまう問題もあります。働く人たちがもっと効率よく働けるように、働き方を改善することや、外国の人たちを呼んで、力を合わせることが大切です。

5.外国との友好関係を深めることも大切です。アジアやアメリカとの友好関係を深めて、日本を守っていくことが大切です。

これらのことをやっていくと、日本はもっと発展することができます。でも、それにはみんなで協力してがんばることが大切です。長い時間がかかるかもしれないけれど、あきらめずにがんばっていこうね」

と、これまたそこに小学校の先生がいるような応答が返ってきました。

これまでコンピューターには意味がわからないとされてきましたが、「大阪弁で答えてくれ」といえば大阪弁で難なく回答し、もはや日常生活には困らない程度にまで意味がわかっていると考えていいレベルになっています。

たしかに、人間が意味を理解するまでの過程を考えれば、そこに学習があったことになり、これはChatGPTと同じなわけです。

このように質問すれば、検索と違い、質問に最後の解答まで答えてくれます。

そこでChatGPTでできる主なことをまとめてみますと、次のように、実に何でもできるという印象です。

•相談(法律、規約、手続き、悩み……)
•質問(疑問、知りたいこと、わからないこと……)
•下書き、草案、たたき台の作成(スピーチ、原稿、提案……)
•表にする、要約する、まとめる(マニュアル、規約……)
•翻訳、添削、作文、作詞、作曲
•アイデア出し(企画案、キャッチコピー、旅行プラン……)
•プログラミングする(言葉の入力で、プログラム言語に書き換え・10言語)

2022年11月に発表されたChatGPTは無料であり、相談などでは人に知られたくないことや、人には恥ずかしくて聞きそびれるようなことまで、気楽に聞けることが利用者を広げている理由のひとつになっているようです。

AIが使えない人の仕事がなくなってくる?

そこで、利用上の特徴や留意するところを挙げますと――。

•むちゃぶりを聞いてくれ、どんな質問にも答えようとする。だから、まだ間違いもある。
 2023年3月にバージョンアップされた有料版ChatGPT Plusは、月20ドルで、間違いが激減。
•回答の後でさらに質問を続けていけば、問題の深掘りができる。
 回答の質を高めるには、具体的な前提条件を増やせばいい。欠けている前提条件は何かを逆質問するのも手。また、2024年発表のGPToは、音声対話(50カ国語以上)までできます。
•学習していくので、ドンドン賢くなっていく。回答画面に「いいね」「悪い」の評価付け窓があり、これでも学んでいる。
•こちらの理解レベルに準じての質疑応答は、最適な教育の場そのもの。ベストな家庭教師。
•各自が独自に開発しているプログラムにChatGPTを組み込めるため、応用して使える。

目の前に、これだけのことをやってくれるAI人間が出現するわけですから、2023年2月の『フォーブス』誌が「確実にいえることは、AIが人々の仕事のやり方を完全に変えてしまうということだ」といっていることがよくわかります。

ここからAIが使える人によって、AIが使えない人の仕事がなくなってくることもよくわかると思います。そこで激震が襲ってくるのは、教育界とホワイトカラーの中の高学歴のエリート職分野ということが、以下のように予想されます。

まずは、学びの世界である教育界です。わからないこと、知りたいことなどの疑問に対して、どこまでも深掘りして、答えまで独自にたどりつけるチャットプロセスは、学校で授業内容がわかる生徒もわからない生徒も集団で一律に学ぶ現在の環境とはまったく違い、まさに個人の理解度に沿った形で学べる家庭教師そのものです。

したがって、現状の教室での授業だけを取り上げれば、本人の向学意欲を満たし、あるいは遅れを取り戻せる分野の問題に取り組むことができる点で大いに違いが出ます。

だからチャットのほうが、ずっと学習効果があり、またコストもかからないことから、学校教育の制度も見直されるようになるのではないかと予想されます。

先生のこれまでの添削とChatGPTの添削の差

一方で、このチャット式勉学では思考する能力が削がれるのではないか、との見方も当然出てきます。

読書感想文の宿題を、生徒がChatGPTに書かせたとしたら、たしかにその懸念はもっともです。しかし、生徒が書いた作文をChatGPTに添削させて、その添削が良いと思うかどうかを話し合ったり、さらにAIにはできないような文章にするにはどうしたらよいか、といったことを話し合う方法でAIの活用法を学ばせるとしたら、大いに意味があります。

数日後に返ってくる先生のこれまでの添削と、その場で返ってくるChatGPTの添削とでは、学ぶ鮮度がぜんぜん違うからです。さらにChatGPTは、「なぜ文章を変更したのか」と質問すれば、その理由も丁寧に答えてくれます。

生徒が「なぜ」という探究心を持ってAIに自らたずねれば、そこに考える力の刺激を受けて自発性が育ち、逆に思考能力を高めることにつながるのです。

この「なぜ」という疑問を持つことが、後述する「知頭力(ちあたまりょく)」の重要な要素となっていることがわかります。

「金融は、数学とソフトウエアの時代になった。当社のビジネスモデルは今やGoogleのようだ。2000年に600人いた当社の株式トレーダーは、今や2人しかいない。代わりはAIを使った自動株式売買プログラムだ」

これはハーバード大学が開催したシンポジウムで、世界中から集まった関係者を前に、ゴールドマン・サックスの最高財務責任者マーティン・チャベスが語った言葉です。

株式トレーダーとは、最適な瞬間に最適な価格で株の売買をおこなうスタッフのことで、ゴールドマンの彼らは、世界各地のトップ大学を卒業したエリートたちでした。

AIの高度な言語処理能力を利用し、アナリストのリポートなどを随時チェック、そこに現れる微妙な表現の変化と、事前にビッグデータで学習していた彼らの言動とを照合して、アナリストが株式銘柄への評価を「売り推奨」から「買い推奨」に変更する兆候などを、瞬時に察知するというものです。

筋肉に代わる動力の出現が産業革命だったのに対して、頭脳に代わるAIの出現が知能革命ということになりますから、当然、知能を多く使わねばならない仕事をしているホワイトカラー、とくに高学歴でエリートといわれる人たちの仕事ほど、AIに代替されやすいことになります。

それは弁護士や公認会計士、司法書士などをはじめとする一般に「士業」といわれる人たち、さらには医師、大学教授などの仕事です。

では、どんなところでAIが代替するのか。それを知るには、この人たちの職の成り立ちを考えてみればわかってきます。


(画像:『AI世紀を生き抜く 人間脳力の鍛え方』より)

絶対量が減る仕事、熾烈化する競争

彼らはまず、その資格を取得するために、あらかじめ刑法、民法、商法、税法といった諸々の法律や規定、あるいは自分の仕事に関係する論文、さらに判例や事例、あるいは症例、そして専門書などを懸命に勉強し、そのうえ、資格取得後もつねに学びながら知識を蓄えていかなければなりません。

そして、その学んだ知識を武器に、持ち込まれた案件の課題解決に取り組んでいるわけです。

彼らの勉強に必要な論文などの資料は、すでにコンピューターに収められているか、または収められる状態のコード化されているものが多く、ビッグデータとしてすぐに使えます。

これらの資料をあらかじめAIが学習しているわけですから、人間が学習し調査する部分は大幅に削減されることになります。

もちろん専門職ですから、人間はベースとなる知識を学習していなければなりませんが、AIの学習量を見れば、何千万という専門書や論文の数であり、またその内容も一字一句記憶していて、いつでも完璧に取り出せるわけですから、人間はとてもAIには太刀打ちできません。

そこで人間には、よい判断が下せるような段取りが必要になります。ChatGPTの場合は質問の仕方次第で、回答の精度がまったく違ってきます。

よい質問とは、AIにどんな人の役割になって回答してほしいか、明確な役割を与えることで、そのためには、はっきりとした質問の意図や詳細な背景、そして入れてほしくない情報や回答の文字数、その他の前提条件を入力することです。

また回答を受けて、繰り返しその続きの質問ができますから、この深掘りの繰り返し方法でもよい結果が得られるのです。

産業革命のあと新しい職も生まれた

産業革命のあとでは、もちろん無くなった職も出ましたが、新しい職もその後次々と生まれました。ゴールドマン・サックスの報告によれば、現在の労働人口の60%が、1940年には存在しなかった職業に就いている、とのことですが、今回のChatGPTによる知能革命では、すでにプロンプト・エンジニアという新しい職が誕生しています。

このプロンプト・エンジニアとは、よい質問を提案する人のことで、年収の相場が4000万〜5000万円。そのスキルを売買するネットサイトまで出ています。

これからは高学歴を必要とした職で弁護士を例にとれば、人間を必要とする仕事の絶対量がAIの肩代わりにより減ってきます。だから今まで4人でこなしていた作業は、2人か1人で充分だということになり、さらにまた少子化により、案件そのものも減ってきて追い打ちをかけることになりますから、熾烈な競争の世界が予想されます。

さて、ここまでAIのできることを大まかに見てきましたが、これからAIと暮らす社会が当たり前になる日がくる、ということです。

前述のように学習量や記憶量において、AIにはかなわないのですから、この分野でAIと戦うなどということはやめて、あくまでもよき助手、副操縦士、パートナーという考えでうまく活用し、これからは人間にしかできないことに集中していくことが賢明だということになります。

AIはこのITの中に含まれるのですが、ITそのものをAIと混同している報道を見かけます。通常のプログラミングの延長でAIといっているのは誤りで、今のところAI、人工知能といえるのは、ビッグデータを利用した「関連学習技術」と「特徴学習技術」によるコンピューター処理をいいます。

AIには太刀打ちできない人間の能力

そこで筆者なりに、ITとAIの得意とする分野と苦手分野、そして、まだ人間にしかできない分野をまとめてみたのが、ふたつの図表(「『IT』と『AI』が得意とする分野、苦手とする分野 まとめ」と「人間だけが持つパワー分野」)です。


(画像:『AI世紀を生き抜く 人間脳力の鍛え方』より)


(画像:『AI世紀を生き抜く 人間脳力の鍛え方』より)

脳をお手本にして今日までたどりついたAIは、脳の発達段階から見れば、ビッグデータに基づく記憶と計算をベースにしたサヴァン脳の域までには達していますが、いまだ「内オデコ」の働きがまったくできないということです。


(画像:『AI世紀を生き抜く 人間脳力の鍛え方』より)


つまり思考や真の創造、洞察や判断、計画性、感情や行動のコントロール、込み入ったコミュニケーション、やる気やチャレンジなど、思考や創造に代表される「考える力」の世界と、やる気やチャレンジに代表される「気力」の世界においては、AIは太刀打ちできないのです。

この「考える力」と「気力」から成る総合力を本書では、知性・知能・知覚の3つの知を総動員する頭脳の力という意味から「知頭力」と呼んでいます。

過去のデータ処理で信用度までも簡単に出してくれるAIによって、銀行の与信を担当している「倍返しだ」の半沢直樹の出番はなくなってしまう一方、フルに思考力を発揮している刑事コロンボは、AI世紀にはさらに忙しくなるということがわかります。

(梶谷 通稔)