ピクサーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるピート・ドクター(撮影:梅谷秀司)

2015年のピクサー映画『インサイド・ヘッド』は、11歳の少女ライリーの頭の中に存在する5つの感情(ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、カナシミ)が織りなす大冒険を描き出し、日本で興収40億4000万円を記録する大ヒットを記録した。その続編となる『インサイド・ヘッド2』が全国公開中だ。

少女時代からライリーを見守ってきたヨロコビをはじめとした5つの感情たちだったが、続編では高校入学という人生の転機を迎えたライリーの頭の中に、シンパイ率いる「大人の感情」たちが現れる。

「ライリーの将来のために、あなたたちはもう必要ない」というシンパイたちの暴走により、追放されるヨロコビたち。そこで“感情の嵐”が巻き起こり、自分らしさを失っていくライリーを救うカギとは――?

世界興収1位を記録「インサイド・ヘッド2」

6月14日に全米をはじめ世界90の国と地域で公開され、公開3日間でアニメーション史上世界歴代ナンバーワンオープニングを記録。その後も大人を含めた多くの観客の支持を集め、ついに『アナと雪の女王2』(約14億5400万ドル)を超えて、歴代アニメーション映画における世界興収第1位を記録した。

前作『インサイド・ヘッド』の原案・脚本・監督を担当したのは、『モンスターズ・インク』『カールじいさんの空飛ぶ家』などを手掛けたのをはじめ、ピクサーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーとしてクリエーター陣を率いるピート・ドクター。本作のプロモーションで来日していた彼に、本作が大ヒットしていることへの思い、そしてピクサーの今後などについて聞いた。

――この映画はピクサー史上最大のヒット作となりました。ピクサー初長編作品となった1995年の『トイ・ストーリー』からおよそ29年。今なお進化を続けているピクサーにとって、本作のヒットはどのような位置づけとなるのでしょうか?

(頭がパンクした、といったジェスチャーとともに)本当に頭が真っ白になってしまって、何も考えられないような状態なんです(笑)。

もちろん1作目を気に入ってくださったお客さまが多かったからこそ、2本目も観たいと思ってくださった方も多かったんだとは思うんですが、映画というのは実際に送りだしてみるまでは、どんなパフォーマンスになるのか、まったくわからないものなので。

だから実際のところはよくわからない。そのうえで(続編で新たに登場した)シンパイというキャラクターが響いたんじゃないかなという気はしています。現在の世界は心配なことがたくさんありますからね。


本作ではライリーの頭の中に「シンパイ」「イイナー」「ダリィ」「ハズカシ」といった大人の感情が登場し、多感なライリーの心をかき乱す(C)2024 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

――とはいえ、1作目を監督したピートさんにとっては、2作目がここまで大きな広がりを見せるというのも感慨深いものがあるのでは?

それは本当に楽しいことですよね。自分が慣れ親しんだキャラクターの、今まで見られなかった側面というのを見ることができるわけですから。たとえばヨロコビが怒っているシーンだったり、実はイカリにデリケートな側面があることなんかも発見できた。

やはり5年ぐらいかけて制作していったものなので、このキャラクターたちは僕にとってリアルな存在になっていくんです。続編では、そんな彼らを肉付けしていくわけなので、彼らのまた違った側面を見ることができる。それは本当に楽しい作業でした。

続編をつくろうと思った理由

――なぜ続編をつくろうとなったのですか?

もちろん1作目を制作しているときはその作品だけに集中していたので、続編のことは考えていなかった。でも公開してから、これは意味がある作品だと言ってくれる人の声が多く届くようになって。

だんだんとこのキャラクターの中で、もっと分かち合える話があるんじゃないかと思うようになって、(監督の)ケルシー・マンに何かいいストーリーはないかなと相談したところから始まりました。


本作でエグゼクティブ・プロデューサーを務めるピート・ドクターは1990年に3人目のアニメーターとしてピクサーに入社。『トイ・ストーリー』のキャラクター開発をはじめ、歴代ピクサー作品に携わるなど、ピクサー作品の創作に欠かせない才能として活躍する(撮影:梅谷秀司)

――ピクサーは続編を丁寧につくっている印象があるのですが、続編に向き合うときはどのようなことを意識していますか?

それはきっと、何にワクワクするかによるのかなと思うんです。自分の場合は新しい世界、キャラクターを発見することにワクワクするわけです。だから続編をつくるのは本当に難しい。

たとえばゲームがあるとすると、ルールとピースはそこでもう決まっているわけなので。その後に、同じルールとピースを使いながら違うストーリーをつくってくださいと言われることは本当に難しいことなんです。

前作をつくっていた時には、(続編では)こういう使われ方をする、というようなことはまったく想定していなかったですからね。ただ本作をつくり始めたときに、特にみんなと話し合ったのが、とにかくプロットやアクションが(前作の)繰り返しにならないようにしようということでした。

とはいえ、もちろん避けられないところもあると思うんです。このキャラクターがこういう行動をするんだ、ということを観客が前もって知っているからこそ面白い、ということもあるわけなので。だからそういう慣れ親しんだ部分を少し持ちながらも、サプライズも付け加えたい。

みんなが知っているこのキャラクターは、実はこんなことが好きだったのか、といったようなサプライズがあるのはいいことだと思っているので。観客の期待とサプライズ、両方のバランスを取ることが大事だと思っています。

子どもから大人までアニメを楽しむ日本市場

――ピクサーにとって日本市場はどのような位置づけと考えていますか?

日本市場というのは、僕らにとっても特別な思い入れがある市場なんです。やはりアニメーションの価値をしっかりと認めている文化でもあるわけですから。

欧米では、まだまだアニメというのは子ども向けだと思われているところがあるわけですが、日本では子どもから大人まで、幅広い人に観てもらうものだという考えがある。だからこそ僕らは日本のマーケットがとても好きなんです。

でも、国によってパフォーマンスに違いが生まれてくるので、それは本当に面白いですよね。たとえば『リメンバー・ミー』はメキシコが舞台だし、メキシコの文化を祝福するような作品だったので、メキシコなどでいい成績を残すだろうなとは思っていましたけど、それよりもこの作品のほうが成績がよかったというのは、どういう理由があるのか、僕らにはわからない。

だからこの『インサイド・ヘッド2』という作品が日本の皆さんにどんなふうに響くのか楽しみにしています。

――今後、ピクサーは長編の製作を中心に注力していくというニュースを見たのですが、ピクサーのこれからの予定について教えてください。

今後は長編に注力する、というそのニュースは本当です。実は一時期、(親会社の)ディズニーからストリーミング配信用に、シリーズをつくってほしいという要望があって。2作ほど待機している作品があるんですけど、やはり何話もかけてつづる物語よりも、長編映画のほうがピクサーには向いているのではないかと思ったので。

ここからは長編にエネルギーをフォーカスしていきたいと考えています。世界は常に変わり続けていくものですが、ここ数年は、特にその変わり方がものすごく加速してるように思います。その中でいかにして文化的に、その世相を反映させるような作品をつくることができるのか。これは難しいところです。

みんなテレビを見ていた時代から変わる

やはり世の中で起きていることと、作品の周波数が合っているとより皆さんの心に響くところがあると思うんです。今、アメリカは間違いなくそうだし、世界もそうじゃないかと思うんですが、SNSによって、あちこちにいろんな小さなグループができあがってきているんですよね。

昔だったらみんなが同じテレビを観ていたわけで、みんなが共通する話題があったんですけれども、今は本当に数えられないぐらいのチョイスがある。例えば僕の親友なんかも、僕がまったく知らないようなテレビ番組を見ていたりする。


ピート・ドクター(撮影:梅谷秀司)

そんな中でクリエイターとしてどんなものをつくっていったらいいのかは、ものすごく悩ましいこと。特にピクサーの場合は、ある程度の規模で作品をつくっていくためにはある種、マスの観客にアピールするものでなければいけない。

それが何なのか、答えは自分たちにもわからないけれども、まずはそれが問いなのだと自覚するところが第一歩かなと思っていて。ここからは自分たちが映画をつくるときのストーリー開発と同じように、何かにトライして、違うね、またやり直そうという具合に、トライアンドエラーを繰り返しながら前に進んでいきたい。そうして自分たちが思う正しいものになるまでトライし続けるっていうことをやっていきたいです。

――最後に、ピートさんみたいに楽しく仕事をするための秘訣はありますか?

まずはビジネスのことを考えないことですね(笑)。自分は経済的な理由で何かをやったことはなくて、自分がこれをやらなければならない、という強い思いがあるからやっているだけなので。それがみんなに当てはまるのかどうかはわからないんだけど、でもお金よりも……。って、なんか説教臭くなってきたからやめようかな(笑)。

「自分の内から聞こえる声に耳を傾ける」

――ぜひ続きをお願いします(笑)。

(笑)。自分にとって満足できることは意義深いもの、自分にとって強く感じるもの、人間として人と関わりあえるものをつくること。スタンフォードのビジネススクールで教えている友達がいるんですけど、その人はこんなことを言っていました。「世界がやるべきことだと言ってくることよりも、自分の内から聞こえてくる小さな声に耳を傾けなさい」と。それは何事に対しても同じことですよね。

(壬生 智裕 : 映画ライター)