【図表1】直近で受けた痴漢被害の場所

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痴漢被害者の8割が“泣き寝入り”

2024年3月、「若年層の痴漢被害等に関するオンライン調査」という報告書を内閣府が発表した。16〜29歳の女性の13.6%が痴漢被害を経験したことがあり、被害場所の62.8%が電車内だった。被害者の80.4%が、さまざまな理由から、警察等に被害を報せなかったという。いわゆる“泣き寝入り”が多い卑劣犯罪、それが痴漢といえる。

「若年層の痴漢被害等に関するオンライン調査」報告書より
「若年層の痴漢被害等に関するオンライン調査」報告書より

痴漢犯はサイテーだ! いったい何を考えているのか!」

そう憤る方が多いだろう。痴漢犯の身勝手な“脳内妄想”が、刑事裁判の法廷では明かされることがある。これまで1万1000件以上の裁判を傍聴してきた私は、痴漢の裁判を何百件も見てきた。今回、なんとも呆れ果てる事件をご報告しよう。

■少なくとも70回、痴漢し続けた40代男性

東京地裁で「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反」(以下、迷惑条例違反)を傍聴した。傍聴人が多かった。この罪名は痴漢事件がよくあると、広く知られているようだ。

被告人は手錠をかけられ、そこにつながる腰縄を拘置所の刑務官につかまれ入廷した。上下とも濃紺のトレーニングウェア。2カ月ほど前に逮捕されてからずっと勾留されているのだ。40代半ば。きりりと甘い、いわゆるイケメンか。職業を尋ねられ「元会社員」と答えた。本件で解雇されたそうだ。

裁判官が登壇し、刑務官が手錠・腰縄を外した。両手首をさする被告人を法廷中央、証言台のところに立たせ、男性検察官が起訴状を朗読した。メモしきれなかった部分を「……」でつなぐ。

検察官「常習として×年×月×日、午前7時12分頃から午前7時13分頃にかけて……東日本旅客鉄道○○線……車内において……被害者27歳……ズボン……下着の中へ手を入れ、右手で直接下腹部を触り……(※)」

※被害者の氏名等は裁判所が秘匿を決定。路線名は私が伏せた

検察官の冒頭陳述によれば被告人は、本件犯行の10年前に痴漢で捕まり、起訴猶予ですんだ。同じく6年前にまた痴漢で捕まり、罰金40万円に。被告人は離婚歴がある。そのどちらかで離婚に至ったのか。しかし痴漢は止まらなかった。JR○○線で通勤するうち本件被害女性を見かけ、1年以上にわたり少なくとも70回、痴漢行為を続けた。

■我慢をしていると犯行はどんどんエスカレート

被害女性の調書を検察官が読み上げた。

調書「出産して仕事に復帰……子どもを預け、○○快速に乗らなければ……時間の関係で女性専用車両に乗れないこともあり……」

朝、あわただしく子どもを保育所などに預け、決まった時刻に同じ電車に乗る、そこに被告人は目を付けたわけだ。

調書「狙われるようになり……何とか顔を見たところ、同じ犯人と気づきました……週に2〜3回……我慢していると手口がエスカレート……さらに下着の中にまで手を入れてきて……場合によっては私の膣の中に指を入れることも10回弱……乳房も4〜5回……」

○○線の電車内にとどまらず、乗り換えた先の△△線まで追いかけてくるようになった。ついに被害女性は警察に相談。現場を押さえて逮捕するため、複数の警察官といっしょに電車に乗った。が、被告人は敏感に気づいたようで犯行に及ばなかった。半年後、もう大丈夫と思ったか被告人は痴漢行為を再開。被害女性はまた警察官に相談した。

被告人は、まずは被害女性の脇腹を触った。それからズボンと下着の中へ手を入れ、下腹部へ手を伸ばした。被害女性が被告人の腕をがしっとつかみ、いっしょに乗車していた警察官が現行犯逮捕!

写真=iStock.com/jjlim80
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jjlim80

■被害女性と「結婚したいなって思って」

なぜそこまで1人の女性を付け狙ったのか。被告人はこう述べた。

被告人「自分でも、途中から(被害女性を)気に入ってしまって……最初は触れて、そのとき、うつむいて恥ずかしそうにしてて、そういう優しいところにつけ込んだ犯行です……自分勝手なんですけど……相手がおとなしい……(自分を)気に入ってくれてるんだと……」

そのあとの被告人の供述に、私は度肝を抜かれた。

被告人「(被害女性を)すごく気に入って、結婚したいなって思って……」

痴漢男と誰が結婚するんだ! とは痴漢男は考えない。そもそも女性の嫌悪感や痛みに対し想像力が欠けている。人格のある人間として女性を見ない。自らの性欲に都合よく、ねじ曲げて受けとめ、妄想をふくらませる。そのあたりが性犯罪者の特徴かなと私は見る。「認知の歪み」という言葉をよく聞く。確かにひどく歪んでいる。

痴漢犯と被害者が結ばれるテレビドラマ?

検察官は、育ちも試験の成績も良さそうな、背の高い青年だ。被告人質問で、自分の感想、意見を大上段からぶつけまくった。裁判官は止めなかった。

検察官「被害者が優しいんですか! さらに、結婚したい? なんでそうなるんですかっ!」
被告人「(消え入るように)好きになって……」
検察官「痴漢してくる人と、そんなことありますかっ!」
被告人「前に1回、テレビで……」
検察官「それテレビでしょ! テレビでやってることすべて本当じゃないでしょ!」

痴漢犯と恋に落ち、結ばれた、そんなテレビドラマでもあったんだろうか。ちょっと信じ難いが。

検察官「同じ人からこれだけ、もう、その気持ち、分かりますかっ! 絶対に分かりませんあなたにはっ! だけども、分かろうとする努力はヤメちゃいけない!」
被告人「(消え入るように)そうです……」
検察官「謝罪文、受け取らないのは当然のことと思いますよっ! 犯人から、好きになった、結婚したい、そんなことあるわけないじゃないですかっ!」

■検察官は厳しく「懲役1年」を求刑

被告人は小さくなり、「今はそのことが分かり反省している」という趣旨のことをつぶやいた。

検察官「私は一切っ、信じることができないっ! だけども、一生かけて償いなさい。それがあなたのケジメじゃないですかっ!」

論告・求刑で、検察官はこう述べた。

検察官「執行猶予付きなどという寛刑を与えるべきでなく、即刻矯正施設へ収容するべきですっ! (迷惑条例違反の)最長期間である懲役1年に処するを相当と思料しますっ!」

こんな激しい調子は珍しい。罰金前科1犯のみなら、相場的に判決は執行猶予で決まりだ。がっちり脅して再犯を防がねば、そういうことなのだろう。

弁護人の最終弁論が始まったところで、私はそっと退出した。間もなく別の法廷で、駐車監視員2人に対する「公務執行妨害」の判決があるのだ。

約2週間後、本件「迷惑条例違反」の判決を傍聴した。被告人は、やはり手錠と腰縄につながれ、トレーニングウェアの姿で入廷した。背が丸い。法廷中央、証言台のところに被告人を立たせ、裁判官が判決を言い渡した。

裁判官「主文。被告人を懲役1年に処する。この裁判が確定した日から5年間、その刑の執行を猶予する。その猶予の期間中、被告人を保護観察に付する」

■猶予判決で最も重い保護観察5年、被告人は涙

保護観察付きで執行猶予5年は、猶予判決としては最も重い。実刑ぎりぎりだ。痴漢行為が長期間にわたり、執拗で、なにより、「結婚したいなって思って」というあの部分を重くとらえたのだろう。

裁判官「被害者への一切の接触を禁止します……性犯罪者プログラムの受講を……(この判決が)甘いという人もいるかもしれませんが、あなたに最後の機会を与えました」

鼻水をすする音が聞こえた。被告人が泣いているのだった。前回、検察官の強い調子におびえ、てっきり実刑判決と思っていたのか。あるいは、己のあまりの愚かさを悔いたのか。

ほかにさまざまな痴漢事件を私は傍聴した。

・「痴漢が非常に多い路線」が東京にあると聞き、地方から上京して……
・その路線で、痴漢されている女性を見つけて興奮し、自分も……
・触る痴漢で何度も捕まって懲り、勃起した陰茎を押し当て密かに射精……
・女性の隣に密着して座り、腕組みして居眠りするふりをし、肘で乳房を……
・端っこの席に座って居眠りする女性、そのそばに立ち、陰茎を露出して顔に当て……
・コンビニの駐車場、乗用車内で仮眠する女性を見つけ、窓から乳房を……

そんな男たちが、続々と刑事裁判の法廷へ出てくる。女性の方々はご存知なのだろうか。痴漢の危険性を周知するためにも女性誌で特集をやればいいのに。私はそう思う。

■線路へ飛び降りて逃げる痴漢犯たち

ところで、捕まりそうになった痴漢犯が線路へ飛び降りて逃げた、との報道がときどきある。電車が何本、最大何十分遅れ、乗客何万人に影響が出たなどと報じられる。線路へ逃げた事件を、私は3件傍聴した。うち1件は判決のみ傍聴した。ご報告しよう。

この被告人も手錠・腰縄で入廷した。逮捕から2カ月と少し、勾留され続けている。50歳代後半。髪は濃く、メガネをかけ、背が丸い。

裁判官「主文。被告人を懲役1年4月(よんげつ)に処する。未決勾留日数中10日をその刑に算入する。主文は以上です」

■服役しても痴漢をやめられず、再び実刑

痴漢でいきなり実刑は、普通なかなかない。この被告人には服役前科が3犯もあった。

1、約3年半前に「窃盗」で懲役10月、執行猶予3年。中身は不明だが、一般的には、罰金前科が複数あっての、数百円程度の万引き、かもしれない。
2、約2年半前に「迷惑条例違反、建造物侵入」で懲役10月。「建造物侵入」は女子トイレ侵入かもしれない。これにより「窃盗」の執行猶予は取り消しに。
3、約1年半前に「迷惑条例違反」で懲役7月。

検察官は刑務所を「徹底した矯正教育を施す矯正施設」といつも強弁する。だが本件被告人は、服役しても痴漢をやめられなかった。前記「痴漢が非常に多い路線」で、18歳女性のスカートの上から臀部を触り、さらにスカートをまくり上げて陰部と臀部を直接触った。捕まりそうになるや、線路へ飛び降りて逃げた。

写真=iStock.com/iam555man
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/iam555man

■スマホばかり見ていると痴漢犯に気づけない

線路への飛び降りは「威力業務妨害」になる。しかし本件にその罪名はなく、「強制わいせつ」(※)のみでの起訴だった。電車の運行にはほとんど影響がなかったものと思われる。私が傍聴した他の2件は「威力業務妨害」でも起訴されていた。その2件とも、前科があった。

※着衣の上から触れば「迷惑条例違反」、性器に直接触れば「強制わいせつ」、おおむねそんな振り分けになっているようだ。また、2023年7月13日に改正刑法が施行され、痴漢は「強制わいせつ」ではなく「不同意わいせつ」で起訴されるようになった

3件という少ないデータではあるが、痴漢をやって線路へ逃げるのは前科があり、ときに刑務所暮らしも経験し、「もう絶対捕まりたくない!」と強く思う者、という共通点があるようだ。

「絶対捕まりたくないなら痴漢などしなきゃいいのに」、そんなきれい事は通用しない。痴漢犯の脳は妄想と欲望に支配されている。そういう男が満員電車の中に、1人か複数人かいて、チャンスをうかがっているのだ。

いわゆる寿司詰め状態ではなく、それなりに隙間がある状態でも、痴漢犯は活動する。おとなしそうな女性の後ろに、妙な男が立っていないか、スマホから顔を上げ、周囲を見回してみてはいかがだろうか。

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今井 亮一(いまい・りょういち)
交通ジャーナリスト
1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。傍聴した裁判は1万1000事件を超えた(2024年6月現在)。
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(交通ジャーナリスト 今井 亮一)