会話の沈黙が生まれたら、それはとても価値がある時間なのです。その時間があることで、お互いがいったん冷静になって考えることができます(写真:EKAKI/PIXTA)

「今月のノルマが足りない」「あと1件受注しなければ……」。数字に追われるあまり、不都合なことを隠したり、小さな嘘をついたり、「悪い営業」をしてしまうという人は少なくありません。

『正直営業のすすめ』を上梓した鈴木誠さんも、不動産販売の会社に勤めていた会社員時代、悪い営業をしてしまっていたといいます。しかし、不都合なことは隠さずに本音を伝えるスタイルに切り替えたところ、成約率がぐんと上がり、さらにはお客様から感謝され、紹介をもらえることが増えたそうです。

この記事では、同書から一部を抜粋し、紹介が途切れない営業パーソンのコミュニケーション術について紹介します。

話を引き出す傾聴の魔力

悪い営業をしていた会社員時代の私の営業テクニックの1つが、一方的に話しまくるというものでした。

「この物件のここがいい」「あそこがすばらしい」……。その物件のおすすめポイントを弾丸トークで一気にまくし立てて、お客さまに決断させるのが得意技でした。いいところばかり並べることで、おすすめできないダメな部分にお客さまの目がいくのを防ぐ。そんなごまかしの効果もありました。

しかし、正直営業に目覚めてからは、ひたすらお客さまの話をじっくり聞く=「傾聴」に徹底的にこだわるようになりました。

どういう生活をしたいのか、仕事やプライベートを含めてどんな人生を送りたいのか。話し手の主役はお客さまです。面談の時間はお客さまが自分の考えを話す時間にほとんどを費やします。

正直営業のよさに気づいた頃、お客さまの話を聞くことの大事さを悟って、コーチングを学んで資格も取得しました。

残念ながら、今となっては学んだことをあまり覚えていないのですが、そのときの学びの中でも、傾聴が自分の中に無意識に残っていて、相手の話を聞く姿勢が身についているのかもしれません。

相手の話を聞くときに、つまずきやすいポイントとしてあるのが、「会話と会話の沈黙に耐えられない」ということです。相手が考え込んだりして時間の空白ができたとき。どうにかしてその時間を埋めようと、次々と質問を投げかけたり、自分の意見を話し始めたり……。

気持ちはわかりますが、その会話の沈黙を恐れないことから始めてみてください。

沈黙が生まれたら、それはとても価値がある時間なのです。その時間があることで、お互いがいったん冷静になって考えることができますから。

逆に沈黙を埋めようと焦ってしまうと、余計なことを言ってしまって相手が気分を害したり、冷めてしまったりもします。特に「とりあえず」とか「何でもいい」というように、焦って適当な言葉を口にするのはNGです。

焦りそうになったら、沈黙もお客さまの大切な時間であることを思い出してください。

会話は相手のペースに合わせる

人によって、会話のテンポや話すスピードはさまざまです。ゆっくりと話す相手に対してこちらが早口だと畳み掛けているようになりますし、話すテンポが速い人にはリズムよく受け答えすることで、話が盛り上がります。

自分のペースで話せると、お客さまも自然体でいられます。そんなリラックスした雰囲気だからこそ、住みたい家やどんな暮らしがしたいのかというイメージが具体的な言葉として出てくるのです。

お客さまに正直に希望を話してもらうために、私は普段から「安心して話せる場づくり」を心がけています。たとえば事務所のインテリアや照明、全体の色のトーンなどを落ち着いた空間にすると同時に、会話で違和感を感じさせないようにしています。

数ある工夫の中でも、とくに安心感を与えるのが、「急いで決めなくていいですよ」という一言。「住む物件で人生が変わります。ですから、そんな簡単に決める必要はありません」ということは、どのお客さまにも必ず丁寧にお伝えするようにしています。

「ここに住んだら、絶対に気持ちがいい生活が送れる」と、お客さまも私もピンとくる物件に出会えたとき、初めて決断すればいいのです。それを最初にしっかり共有しておくことで、お客さまも「今の自分にとってベストな家をじっくり探せばいい」という安心感が持てます。

お客さまに安心感を持ってもらう、心の扉を開いてもらうために、意識しているのは、会話の中でなるべく相手の名前を呼ぶということです。

「田中さんは、どんな家に住みたいと思っていますか?」

「田中さんが絶対譲りたくない家の条件はなんですか?」

というような感じです。

心理学では、名前を呼ぶことは相手を承認するサインといわれています。つまり、「あなたの話をしっかり聞いていますよ」というメッセージを伝えていることになるのです。

人に話を聞いてもらえることは、誰にとってもうれしいこと。「この人は私の話を本気で聞いてくれている」と思うだけで、人は安心して「もっと話したい」という気持ちになるのです。

実際、お客さまの名前を呼びかけながら会話をしていると、「鈴木さんになら、何でも話して大丈夫かな」と、どんどん打ち解けてくれます。そんな会話を重ねているうちに、途中から「鈴木さん」から「誠さん」と下の名前で呼んでくれるようになったりすることも多くあります。

このように下の名前で呼ばれると、距離がぐっと縮まったのを実感でき、とてもうれしいものです。それくらい親しい関係になれたら、その後も引っ越しのたびにお部屋探しのお手伝いをしたり、別のお客さまを紹介してもらったりするようになります。

課題はどこにあるのか

部屋探しのヒアリングで、希望条件と同じくらい重要なのが、「なぜ引っ越したいのか」という理由です。「仕事の関係で」「収入がアップしたから」「隣がうるさいのが不満だから」などなど、その理由はさまざまです。

私はこの引っ越しを「人生をよりよい、幸せなものへと上昇させるチャンス」にしてもらいたい。そのためにも、今何が気になっているのか、不満はどこにあるのかを明らかにしておくことが重要です。


そのためには、まず、今住んでいる家の情報を正確に把握することからスタートします。

広さ、間取り、築年数、家賃……。なぜその家に住むことになったのかも質問します。もし、今の家に満足しているとしたら、それはなぜなのか。不満があるとしたら、どういうところなのか。数年前に家を契約したときの自分と、今の自分では何が変わったのか。

これらの情報を深掘りしていくと、人生という時間の流れの中でその人自身がどのように変化し、そして今後の人生に対してどのような想いを馳せているのかも見えてきます。それは次の部屋探しの重要なヒントです。

このように現状の課題とそれが生じた経緯を明らかにし、今後の展望を考えることは、過去と現在、未来を繋ぐことになります。あとはその線を繋ぐために、具体的に何をすればいいのかを考えて、提案をしていきます。

(鈴木 誠 : 誠不動産 代表取締役)