(写真:xiaosan/PIXTA)

中国は、目的を偽って日本で機微情報を収集したり、先端技術保有企業、防衛関連企業などに対して研究者の派遣、技術移転の働き掛けなどを行っています。本稿では『カウンターインテリジェンス−−防諜論』より一部抜粋・再構成のうえ、中国の巧妙かつ多様な情報収集活動の裏側をご紹介します。

一般的な活動と諜報活動が混然一体

中国による諜報事件は、ロシアや北朝鮮による諜報事件と比較して検挙件数が少ないのが実態である。その理由としては、中国の諜報活動は日中交流関係や経済活動を隠れ蓑にして行われており、それら一般的な活動と諜報活動が混然一体となっているからだ。

2022年7月に、米連邦捜査局(FBI)のクリストファー・レイ長官と英国防諜機関MI5のケン・マッカラム長官がロンドンで史上初めての合同記者会見を行い、「中国共産党は、かつてのように外交官を偽装する工作員を使わない。『千粒の砂』と呼ぶ戦略で、さまざまなチャネルを通じて情報を集める」と指摘している。

中国のスパイ活動は、従来、ロシアの手法とは異なる。ロシアは「一人のエージェントがバケツ一杯の砂を運ぶ」のに対し、中国は「一人の収集員が砂一粒を運び、人海戦術によって砂をバケツ一杯にする」とされてきた。

最近の西側の説明では、「ロシアは夜間に潜水艦から少数の人員で行動するのに対し、中国は多数の人員で明るい時間帯に活動する」と表現されている。

中国はリスクを回避しつつ、軍民官学を問わず、合法と非合法を問わず、さまざまな階層や企業パートナーを通じてあらゆる情報を収集している。このスパイ活動は一見非効率的であり、同じターゲットに複数のスパイが接触することで混乱が生じる可能性もあるが、全体的には安全で効果的な手法だと見られている。

米国は、中国のスパイ活動に対して、FBIによる司法的逮捕・拘束といった冷戦時代のソ連スパイへの対処方法では通じないと考えている。なぜなら、中国においてはスパイ行為自体が曖昧であり、その法的認定や容疑者の特定が容易ではないからである。

中国は機密情報を獲得するという考え方も異なる。ロシアが政治・軍事に関する文書や特定の軍事技術といった「現物」の獲得を重視するのに対し、中国スパイは政治的な影響力の行使や民間の経済・技術の情報収集など、幅広い目的を持つ。

中国は、対象が有する秘密に関連する「知識」の獲得を重視する。知識は無形であるので摘発が難しく、摘発されたとしても証拠が不十分であるため、立件は容易ではない。

「千粒の砂」戦略は有効なのか?

一方で、現在ではサイバー空間上に多くの情報が存在するため、中国の「千粒の砂」戦略は本当に有効なのかという議論もあるようだ。

中国の諜報活動の手法について、元公安調査庁金沢事務所長の藤谷昌敏氏は、「中国情報機関によるアセット(協力者)獲得の特徴は、例えば、展示会等における商用を機会とした接触、趣味や飲食の場で偶然を装う接触などを端緒として、その後、ターゲットと1対1で面談し、相手の性格、嗜好、弱点や不満等を聞き出す。そして最初は製品のパンフレットの入手程度の軽い仕事を頼んで反応を見、次第に要求する情報のレベルを上げていく。

相手が給与や人事の不満を抱えていることが分かれば、金銭の授受や有利な条件での転職を勧めてくる」(日本戦略研究フォーラムウェブサイト「経済安全保障を積極的に推進する日本政府、公安調査庁との連携に
期待」)としている。

この手法はロシアのリクルート手法と大差はない。中国も、基本的には金銭的に依存させるほか、イデオロギーの部分で共鳴する者を取り込む。「脅迫」することもあろうが、それでは継続性が得られない可能性も残るほか、特に組織を裏切るというリスクが大きくなる。

中国の政治工作の例では、政治工作部門が、対象者である政治家の金銭的不安定を「弱み」とし、そこに付け込んで脅迫するのではなく、金銭的・政治的・精神的支援をすることで依存させ長期運営を果たしているケースもある。

日本国内に広大な人的ネットワーク


また、必ずしも工作活動によってイデオロギーを共鳴させるのではなく、既に同じ方向性のイデオロギーを持つ人物にアプローチし、イデオロギー上でいわば協力関係を結ぶほか、支援するといった手法もとられる。

一方で、ロシア機関員と大きく異なるのは、中国機関員は日本人と容貌が似ており、しかも、日本国内に多くの中国人コミュニティを持ち、広大な人的ネットワークを有していることだ。

それを活用し、「千粒の砂」戦略により多様なチャネルから情報を収集する。そのため、個々人の動機による活動と中国の諜報活動によるものが混在し、明確に中国国家による諜報活動だと指摘できない。むしろその状況こそが脅威となっている。

(稲村 悠 : 日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事)
(上田 篤盛 : 元防衛省情報分析官)