(画像:The World's 50 Best Restaurants

世界中のすべての飲食店からベストな50軒を選ぶ、「世界のベストレストラン50」が6月に発表された。

2024年に世界1位となったのは、スペイン・バルセロナの「ディスフルタール」。日本のレストランは、50軒の中に3軒がランクインした。最高位は、15位の「セザン」(東京)。

英国の雑誌会社によって2002年から始められたこのランキングは、それまでレストランを国際的に統一基準で評価してきたミシュランガイドやゴ・エ・ミヨなどの紙媒体と異なっていた。

まずウェブ媒体であること。そして、各国や地域ごとではなく全世界をひとつの選考対象とすること。また評価は社内の合議制でなく飲食店関係者や評論家による投票で順位が決まるーー、などの特徴がある。

ベスト50の順位を決める投票者は、各国の飲食店関係者や批評家などおよそ1000名いるといわれる。

数年前にはフランス有志によるベスト50のアンチサイトが生まれたこともあったが、このランキングも始まって四半世紀を迎え、レストラン業界の中ではすっかり定着したといえるだろう。

ランクインした日本のレストラン

15位 セザン(東京):アジア1位

「フォーシーズンズホテル丸の内 東京」のダイニング。シェフは1987年生まれ、英国出身のダニエル・カルバート氏。2021年に現職に就任。2023年「世界のベストレストラン50」37位、2024年の「アジアのベストレストラン50」では1位に選出された。

21位 フロリレージュ(東京):アジア2位

シェフ川手寛康(かわて・ひろやす)氏は1978年生まれ。「カンテサンス」副料理長を経て、2009年「フロリレージュ」開業。日本の食材・生産者に焦点を当て、社会的メッセージを料理に込める。2023年「世界のベストレストラン50」27位。2024年「アジアのベストレストラン50」ではセザンに続き2位。

32位 傳(東京):アジア8位

料理長の長谷川在佑(はせがわ・ざいゆう)氏は1978年生まれ。29歳で神保町に「傳」開業。日本の家庭料理に範を取りながら、紙箱に入った鶏のから揚げ「傳タッキー」など楽しさと驚きを感じさせるもてなしで人気を得ている。2023年「世界のベストレストラン50」21位。

シェフはいずれも30代から40代。その店独自のコンセプトを持ち、シェフのキャラクターが際立っている。シェフ自身がSNSでそれぞれ数万人のフォロワーを持つインフルエンサーであることも特徴だ。

→『「アジアのベストレストラン」1・2位に日本の快挙』の記事はこちら

プロが語る「スペインの店が1位」の理由

それでは、2024年に世界1位を獲得したのはどんな店なのだろうか。

世界1位は、スペイン・バルセロナの「ディスフルタール」。2014年開業、スペインの食文化を再解釈した独創的でモダンな料理を提供している。最近では、2022年には3位、2023年は2位と順位を上げてきていた。

「ディスフルタール(「楽しむ」という意味)」は、前衛的な料理で世界に名をとどろかせたスペインの名店「エル・ブリ」(2011年に閉店)の料理を開発していた3人の料理人によるレストランだ。

伝統的な風味を生かしながら、料理を楽しませる革新的なアイデアや遊び心あふれる非日常の体験を提供している。


2024年に世界1位になったスペイン「ディスフルタール」の外観(写真提供:赤木渉氏)

「ディスフルタール」の料理について、同店で2023年に研修した料理人の赤木渉(あかぎ・あゆみ)氏は次のように述べる。

赤木氏は東京・永田町にあった「レストラン サンパウ」の料理長として、スペインの著名シェフ、カルメ・ルスカイェーダ氏の世界観を日本で伝えてきた。


「ディスフルタール」の3人のシェフの1人、エドゥアルド・シャトルク氏(写真左)と赤木渉氏(写真右)(写真提供:赤木渉氏)


「ディスフルタール」のメニューブックに掲載されている料理の一例(写真:筆者撮影)


遊び心が感じられる「ディスフルタール」の料理(写真:筆者撮影)


美しい「ディスフルタール」の料理の数々(写真:筆者撮影)

「『ディスフルタール』が1位というのは納得です。今回、主にかつての『エル・ブリ』中心メンバーが携わる店3軒で1カ月ずつ研修して来ましたが、その中でもクリエイティブという観点で段違いだったのが『ディスフルタール』でした。

『ディスフルタール』は『エル・ブリ』がかつて切り開いた、料理の見た目で味の想像がつかない、驚きと楽しさをもたらすコンセプトはそのままに、より美味しく、そしてより進化した少量多皿の料理を提供しています。

たいていの料理は僕らプロが見れば、奇抜に見えても、ネタ元がどこの何の料理かとか、どれくらいの手間がかかるかとかがおおよそわかるものです。だけど、ディスフルタールの料理はそういうものがまったくなくて、着眼点や発想力、センスがすごかった。そこそこセンスの良いシェフが10年、20年腕を磨いてできる次元のレシピではありませんでした。

『ディスフルタール』には料理開発のためのラボがあって、そこで100回でも200回でもテストを繰り返していました。それだけ人員の余裕もある店でした」(赤木さん)

順位はその国のレストランの存在感を象徴

このランキングに先立って、3カ月前の2024年3月に「アジアのベストレストラン50」が発表された。

そこではアジアの1位(セザン)2位(フロリレージュ)と日本のレストランが占め、50軒のなかに東京や大阪、福岡などから9軒がランクインするなど、アジアの中での日本のレストランの存在感を感じさせる結果だったのは記憶に新しい。

それを考えると、今回の「世界のベストレストラン50」最高位が15位というのは少々意外な感があった。

ちなみに、アジア最高位は9位の「ガガン」(タイ・バンコク)。上位10軒は欧州のレストランが半分を占めている。この順位をどのように考えればよいのだろうか。


「アジアのベストレストラン50」も、今回の「世界のベストレストラン50」も、どちらも関係者の投票で選ばれる。アジアなど各地域の投票者と「ワールド」のそれは異なるともいわれ、アジアの順位がそのまま「ワールド」にスライドされるわけではなさそうだ。

「世界のベストレストラン50」の特徴

評価基準は異なるが、世界統一基準でレストランを評価しているといわれるミシュランガイドでは、東京・京都・大阪・奈良の4都市だけで三つ星20軒、二つ星が63軒ある(2024年7月現在、ミシュランガイド公式サイトによる)。これはフランス全土での軒数に迫り、スペインやイタリアのそれを上回る。

これは、こと料理の味の点においては、日本のレストランが世界でも突出したポテンシャルを持っており、そのような店の軒数自体もとても多いことの証左でもあるだろう。

しかしその「多数」というのが逆に、日本を訪れる(投票者を含めた)ゲストの支持が分散する原因でもあると関係者の間では言われてきた。

このランキングの最大の特徴は、いうまでもなく1位から50位までの順位がつくことだ。どのレストランがランクインしたかと同じかそれ以上に、何位だったか、昨年より上がったか下がったかが見る人たちを一喜一憂させる。カウントダウン形式で1軒ずつ発表され壇上に呼ばれる緊張感も、順位があってこそだ。

日本の店が10位以内に入ったのは過去2回

このランキングが創始された2002年以降、日本のレストランが10位以内に入ったのは2回。2015・2016年に8位に入った「ナリサワ」(東京)だ。

シェフ成澤由浩(なりさわ・よしひろ)氏はフランス料理を超えた“イノベーティブ里山キュイジーヌ”(革新的里山料理)という新たなジャンルを構築。日本の里山にある食文化や先人の知恵の豊かさを料理で表現しており、2009年から2022年まで長きにわたり50軒の中にランクインしてきた。

欧州やアメリカから遠いアジアの、ことにアクセスがしづらい島国である日本のレストランが、多くの投票者を含めたゲストの訪問を受けるのは容易ではない。

昨今は知名度を上げ順位を獲得するために、国や地域を超えたレストラン同士のコラボイベントなどをはじめとした発信力も欠かせないといわれる。そのためにはシェフ同士の交流も必要になっているようだ。

開始から20年を超え、料理のおいしさ以外の要素が多く求められる「世界のベストレストラン50」のランキング。「おいしい店」よりも「旬の店」。そのような世相を色濃く示しているのが、「世界のベストレストラン50」の現時点での実相なのだ。

(星野 うずら : レストランジャーナリスト)