2人では年金13万円だったが、75歳元自営業の夫の死により遺された妻が受け取る「ツラすぎる遺族年金額」…一転、40年前の「夫の英断」に感涙したワケ【CFPが解説】
長年添い遂げた夫婦もこの世を去るタイミングまで一緒、というわけにはいきません。多くの場合、どちらかが先に亡くなります。2人では十分であった年金も、1人遺されると決して十分な額とはいえないようで……。特に国民年金に加入する自営業者は注意が必要です。本記事では、Aさんの事例とともに自営業者の年金について、CFPの伊藤貴徳氏が解説します。
苦労して居酒屋を繁盛させた夫婦
関東近郊で飲食店を経営していたAさん夫婦。結婚当初から2人で切り盛りし、お店を繁盛させました。地域の人たちの憩いの場にしたいと始めたこぢんまりとした居酒屋。次第に地元の常連客に愛されるお店となり早30数年が経ちました。しかし加齢により体力的に厳しくなり、営業を続けていくのが難しくなっていきます。
Aさんは、夫が無理をしながら仕事を続けているのを知っていました。しかし、寡黙で職人気質な夫は、身体の不調をおくびにも出しません。
「そろそろ、ゆっくりしてもいいんじゃないですか」当初は、そんなAさんの声に耳を貸さない夫でしたが、身体はやはり正直でお店を休業にする日が次第に増えてきました。ついにお店を畳むことにしたのはいまから5年前のことでした。
「常連さんもわかってくれましたし、ここまで2人で頑張りましたよ。仕事のことは一旦忘れてゆっくりしてください」Aさんは夫を労いました。仕事を離れて数年はしばらく骨休めができましたが、夫は長年の無理がたたってか、体調を崩しがちに。Aさんは生活費を補うべく、無理のない範囲でパートで働き収入を得ていました。
Aさん夫婦の月の収入
老齢基礎年金 約13万6,000円
妻のパート収入 約8万円
合計 約21万6,000円
もともと浪費をするタイプではなく、将来のための蓄えもコツコツと続けてきたので、この調子なら今後の暮らしは問題ないと思っていました。しかし、しばらくして夫が他界。75歳のときでした。悲しみに暮れるAさんでしたが、さらなる追い討ちをかける事態に……。
Aさんの年金額
結論からいうと、Aさんが受け取れる年金額は半分となりました。一体なぜなのでしょうか。自営業に代表される国民年金の仕組みとともに見ていきましょう。
国民年金制度について
年金制度に加入している方が65歳を迎えると、老齢年金を受け取ることができます。年金には主に下記の2種類があります。
■国民年金
→自営業などが加入
■厚生年金
→サラリーマンなどが加入
自営業の方などが加入している国民年金からは老齢基礎年金を受け取ることができ、サラリーマンなどの方は老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方を受け取ることができます。日本年金機構のHPによると、それぞれの受取年金額は下記のとおりです。
<令和6年からの年金額>
■老齢基礎年金(国民年金)
月額6万8,000円
■老齢厚生年金(厚生年金)
月額23万483円(夫婦2人の場合)
令和6年現在、老齢基礎年金の1人あたり受取額は6万8,000円/月となっています。国民年金の加入者が2人であればそれぞれ受け取れます。
たとえば夫婦で自営業を営んでいた場合、老齢基礎年金は2人分となり、満額受給とすると1ヵ月の受取額は13万6,000円となります。上記の老齢年金は生きている限り一生涯受け取ることができるため、老後の収入の大きな柱となることはいうまでもありません。
Aさんが遺族年金を受け取れない理由
年金は、老後以外にも受け取れる場合があります。たとえば、一定の障害状態となってしまった場合は障害基礎年金
年金の被保険者が死亡してしまった場合には遺族基礎年金を受け取ることができます。ただし、遺族基礎年金を受け取れる方には条件があります。
子のある配偶者
子
ここでいう「子」とは、18歳を過ぎた3月31日までの方もしくは一定の障害状態となっている20歳未満の方を指します。言い換えると、「子のない配偶者」は遺族基礎年金の受給権者となりません。
Aさんの妻の場合、すでに子は独立しており受給要件を満たさないため、Aさんが亡くなったことによる遺族基礎年金を受け取ることができないのでした。
夫が他界したあとのAさんの年金受取額
6万8,000円/月
遺族基礎年金:なし
合計受取年金:6万8,000円
夫他界前の収支
■収入
2人の年金 13万6,000円
Aさんのパート収入 8万円
合計 21万6,000円
■支出
生活費およそ15万円
夫他界後の収支
■収入
Aさんの年金 6万8,000円
Aさんのパート収入 8万円
合計 14万8,000円
■支出
生活費およそ 14万円
Aさんは、夫の死亡による遺族基礎年金を受け取ることができず、Aさん本人年金とパート収入のみの生活となり、収支バランスが傾きつつあるのでした。
年金と老後の生活費について
総務省「家計調査報告」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯(夫婦高齢者無職世帯)の消費支出は25万959円となっています。また、65歳以降の単身無職世帯(高年齢単身無職世帯)の消費支出は14万5,430円となっています。
言い換えると、セカンドライフの生活費は夫婦で約25万円、単身で約15万円かかっているということに。近年は物価高の影響もあり、消費支出は増加傾向にあります。
お互いの万が一の際にも無理なく暮らすために…いまからできること
年金だけに頼らず、ある程度の準備は必要
前述の消費支出額と受取年金額から見ても、年金だけで十分な生活費を確保できる方は少ないでしょう。年金を受け取りながら、貯蓄の取り崩しや労働によって生活費を捻出することが求められます。現在から老後までの期間は、時間が経てば経つほど短くなります。つまり、準備が後ろ倒しになるほど貯蓄をするための期間は短くなっていくため、早めの準備が必要です。
国民年金加入者の方は他制度による準備も検討
自営業などの国民年金加入者は、サラリーマンなどの厚生年金加入者と比べると将来の受取年金に開きがあります。国民年金以外にも準備を行いましょう。具体的には掛け金を払うことによって国民年金に上乗せすることができる国民年金基金や個人型確定拠出年金(iDeCo)、新NISAなどが代表的です。
年金が半分になっても、生活費が半分になると言うわけではない
Aさんの妻は、遺族基礎年金が受け取れないことで収入は7割となりました。しかし、1ヵ月の生活費は7割にまで下がったかというと、そうでもないと話します。生活をしていくなかで、食費や娯楽費など多少の変動はあるかもしれませんが、水道光熱費、通信費、新聞代などの固定費の影響は限定的であることが考えられます。
お互いの万が一の際を考えるときには、残されたパートナーのために余裕を持った資金計画を立てましょう。
準備に不安が残るようなら生命保険等の活用も
将来の万が一の状態への準備に不安があるようなら、生命保険の活用を検討しましょう。生命保険は比較的安価な保険料で大きな保障を得ることができるものもあります。一般的に年齢が進めは進むほど保険料は上がりますので、早めの検討が大切です。
夫に先立たれ、生活までもが傾きかけていたAさんでしたが、夫の残してくれた生命保険のおかげで助かったと言います。居酒屋を立ち上げる際に万が一のために、と加入したAさん受取人の生命保険。保険金額は2,000万円とありました。
「保険証券の保障額のところに、私の名前が鉛筆で書かれていました、それを見たとき、涙が止まりませんでした。なんだかんだいって、私のことを考えてくれていたんだなって。手紙なんて書いてもらったことは一度もなかったけど、最初で最後のラブレターのようでした。大事にとっておきたいけど主人からの気持ちをありがたく受け取りたいと思います」
保険の契約日は今から40年以上も前。40年越しの夫の気持ちが届いた瞬間でした。自分がこの世を去るタイミングはわからないからこそ、余裕を持った準備が求められます。
特にいまは人生100年時代。もしも早いうちにパートナーに先立たれてしまったら、残されたパートナーの生活は何年続くでしょうか。上記のポイントを参考に、大切な方と将来の話し合いのきっかけとなれば幸いです。
<参考>
日本年金機構:令和6年4月分からの年金額等について
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/2024/202404/0401.html
伊藤 貴徳
伊藤FPオフィス
代表