「個人の努力」でも「業界・職種」でもない、より根本的な要因とは?(画像:タカス / PIXTA)

出世なんてしなくても、有名にならなくてもいいから、本当に「やりたいこと」を見つけ、それを誰にも壊されないような働きかたを見つけたい。

そう思っている人は多いはず。でも実際は、そんな「幸せな仕事」を見つけるのは至難の業に思えてしまいます。

「『幸せな仕事』が見つからないのは、『見つけるための方法』を知らないから、かもしれません。私は、その方法を、自分の個性を磨くことと、誰かの役に立つことを両立させるマーケティングの考え方から学びました」

そう語るのは、マーケティングの視点をキャリアに転用することで、多くのメンティーを救ってきた井上大輔氏。

働きかた小説『幸せな仕事はどこにある――本当の「やりたいこと」が見つかるハカセのマーケティング講義』を上梓した井上氏に、「年収が高い仕事」「低い仕事」を分ける要因と、年収以外に大切な「仕事の評価軸」について解説してもらいます。

高収入の業界・職種では一部が平均を引き上げている

給料の水準は業界によって決まるので、高収入を目指すなら給与水準の高い業界を目指さなくてはならない。SNSなどでそんな話題をたまに目にします。これは一理あるな、と思う一方で、少し乱暴な議論だと言わざるを得ません。


いくら金融業界の給与水準が高いとはいえ、そこで働くすべての職種が他の業界より高収入かというと、それはそうではないでしょう。

トレーダーやアナリストなど、頭抜けて高収入の職種が平均を引き上げる一方、例えば筆者の専門であるマーケティング職では、求人票には他の業界と変わらないレベルの年俸が提示されています。

一方、それでは給与水準は職種で決まるのかというと、それもまた少し乱暴な議論です。

プロ野球選手の平均年収は約5000万ですが、中には推定年俸が200万円台の選手もいます。ここでも、数億円をもらっているスタープレイヤーが平均を引っ張り上げているのです。

そんなスタープレイヤーを高給取りにしているキーファクター。だとしたら、それはいったい何なのでしょうか。

結論を急げば、それは「需要と供給のアンバランス」です。

1本3000円のワインも300万円の「ロマネコンティ」も、原材料のブドウや製造工程の手間ひまに、それほど大きな差はありません。少なくとも1000倍の差はないでしょう。

それでも最終的に1000倍の価格差がつくのは、「ロマネコンティ」を買い求める人が世界中にいる一方で、流通している量がわずかだからです。

筆者が好きな芋焼酎の中にも高級品はありますが、その価格は最高峰の「森伊蔵」でも数万円です。ワインのように数百万円と高騰しないのは、供給が少ないのは共通している一方で、需要が日本国内の、それも一部の焼酎愛好家に限定されているからでしょう。

「ロマネコンティ」にせよ「森伊蔵」にせよ、その価格を決めているのは、原材料でも作り手の手間や情熱でもありません「ワイン」や「焼酎」などというカテゴリーでもありません。それらの価格は、需要と供給が釣り合うポイントで決まるのです。

努力や苦労が収入に「直結」するわけではない

私たち自身のビジネスパーソンとしての価値、そしてその1つの尺度である年収もこれとよく似ています。決定的な差をもたらすのは、努力や能力の違いではなく、「需要と供給のアンバランス」なのです。買い手が多くて売り手が少ない、という状況です。

そこに努力や能力がまったく関係ないわけではありません。需要が多く、供給が少ない仕事であるのは、必要な能力を身につけるために相当な努力が必要だから、というケースも多々あります。

しかし、人一倍努力して高難易度のスキルを身につけたとして、それがすなわち高収入に結びつくかというと、必ずしもそうではありません。

例えば、筆者が今趣味で勉強しているポルトガル語を身につけるには、英語以上に努力が必要だと感じています。学校教育で基礎を教わりませんし、教材も教育機関も圧倒的に少ないからです。

しかし、こと収入に関しては、人一倍の努力でポルトガル語を身につけるより、人並みの努力で英語を身につけたほうが圧倒的に有利でしょう。

なぜなら、英語を話す人を必要とする企業はたくさんあり、それに比べると流暢な英語の使い手は日本にはまだ少ないからです。そこには「需要と供給のアンバランス」があるのです。

「スキルの希少性」という言葉をよく聞きますが、これも誤解を招く表現です。重要なのは、ただ希少であることではなく、需要に対して供給が少ないことだからです。

日本における医師の数は、だいたい370人に1人です。ファイナンシャルプランナーは約660人に1人、歯科医は約1200人に1人なので、その2つの職業と比べると実はそれほど「希少な存在」というわけではないことがわかります。

しかし、お世話になる回数でいうと、この中では医者が圧倒的に多いでしょう。年間12回が平均というデータがありますが、毎年同じ回数だけFPや歯科医にお世話になっている人はそういないはずです。

医者の給料が一般的に高いのは、単に数が少ないからではなく、需要に対する数が少ないから、なのです。まさに「需要と供給のアンバランス」です。

需要が大きく、供給が少ない仕事を探す

高い収入を得ようと考えるのなら、なるべく需要が大きく、なるべく供給の少ない仕事を探す。これまでの話を、キャリアアップの指針にシンプルに言い換えると、そういうことになります。

例えば、今の仕事をベースに社内での昇進やジョブチェンジ、あるいは転職を考えるなら、今の自分にどんなスキルや経験を付け加えると、より需要が大きく供給が少ない状態に近づけるのかを考えるわけです。

例えば、今現在「法人営業」の仕事をしているなら、

1. システムソリューション営業から広告営業に扱う商材を変える
2. 英語を身につけて、バイリンガルの法人営業になる
3. 管理職の経験を積み、法人営業マネージャーになる

などというスキルの調整が考えられます。

このとき、どの選択肢がいちばん「需要が大きく供給が少ない」状態に近づけるでしょうか。求人サイトで求人数や求人ごとの年収レンジをチェックしたり、転職アドバイザーにヒアリングしたりすることで、上記の3択それぞれにおける需給のバランスはある程度正確に把握できるはずです。

もちろん、必ずしも転職を前提に考える必要はありません。そうしてチェックした市場価値を頭に入れて、社内でそのポジションを取りに行くのも1つの手段でしょう。

ただ、言うまでもなく、自分にとっての仕事の良し悪しは、決して年収だけで決まるわけではありません。どんなに年収が高くても、仕事で消耗しきってプライベートが充実していない、という状態では持続的とは言えないでしょう。

逆に、休日は月曜日に仕事に行くのが待ち遠しくて仕方がない、と言う人がいたら、年収に関係なくその仕事を「羨ましい」と思うのではないでしょうか。

自分はなぜ働くのか?がもう1つの仕事の評価軸になる

何年も続く企業やブランドは、多くの場合「パーパス」を持っています。その企業やブランドが何のためにあるのか、というそのブランドの「存在理由」です。

そうした企業やブランドにおいても、儲けることは重要なのですが、それは目的ではなく手段であると考えられます。パーパスを追求するための手段、ということです。

私たち個人も、なぜ働くのか?という自分のパーパスを明確にすることで、毎日の仕事がより充実したものになり、かつ何歳まででも続けられる、持続的なものになると筆者は考えています。

パーパスなどというと、そんな大それたことは自分には考えられない、と思うかもしれません。しかし、パーパスは必ずしも大それたものである必要はありません。

筆者が先月上梓した働きかた小説『幸せな仕事はどこにある』には、次のような会話があります。

自分のパーパスやミッションといっても、誰もがイーロン・マスクのように、文明や環境の危機から人類を救う必要はないわけだ。

社会課題とベストの自分が交わる点は、かならずしもそんなドラマチックな場所にあるわけではない。

また、そうした場所にないからといって、その交点が存在しないわけでもない。

パーパスには、いろいろな形や大きさのものがあっていいのだ。

(中略)

「アコさんのパーパス、聞いてもいいですか?」

僕がそう言うと、アコさんは少し緊張したような眼差しで僕を見た。

「私のパーパスは、自分の目の前の人が『ベストな自分』を見つけて、それを実現するのを手助けすること」

『幸せな仕事はどこにある』第7章より

個人が生活をしていくには、先立つものが必要です。個人の場合は、パーパスが収入「より」重要だとは言えないかもしれませんが、少なくとも一度考えてみる価値のあるキャリアの評価軸なのではないでしょうか。

(井上 大輔 : マーケター、ソフトバンク株式会社 コンシューマ事業推進統括 プロダクト本部 新規事業開発統括部 統括部長)