大谷選手がドジャース本拠地にほど近い豪邸を、785万ドルで購入したと、衛星写真付きで報じられた。日本メディアからも注目の的になっている(写真:AP/アフロ)

大リーグ・ドジャース、大谷翔平選手の「新居」が話題になっている。ロサンゼルスに12億円の豪邸を購入したと伝えられるも、その後の日本メディアなどによる取材が「場所が特定される」と問題視され、早くも売却予定との報道も出ている。

一連の報道を受けて、SNS上では、新居をさらしたマスメディアへのバッシングが高まりつつある。筆者はネットメディア編集者として、10年以上にわたって、SNSにおけるプライバシー規範や、既存メディアに対するネットユーザーの評価を眺めてきた。

かつては「有名税」として扱われていた、著名人の個人情報ではあるが、時代の流れによって、その重み付けは変化してきた。そこで今回は、大谷選手の新居報道から、スターや芸能人のプライベートについて考えてみよう。

巨額の豪邸が日本メディアからも注目の的に

発端となったのは、2024年5月下旬に報じられた、地元紙「ロサンゼルス・タイムズ」のスクープだ。大谷選手がドジャース本拠地にほど近い豪邸を、785万ドルで購入したと、衛星写真付きで報じられた。日本円に換算して、約12億円以上の巨額とあって、日本メディアからも注目の的になっている。

とくに日本テレビやフジテレビは、ワイドショーや情報番組で、自宅周辺のリポートや、近隣住民のインタビューを行った。これらが放送されたことで、後に大谷選手サイドが激怒したとの情報が流れ、「両社は取材パスを取り上げられ、出入禁止になった」との報道が出るまでの騒動に発展している。

フジテレビの「Live News イット!」や「めざまし8」は7月3日から4日にかけて、番組内で謝罪し、公式サイトにも「新居には多くの観光客や地元の方が訪れる状況が発生しております。大谷選手の自宅をはじめプライベートな空間を訪れることはお控えくださいますよう、お願いいたします」といった文言を掲載した。


(画像:Live News イット!番組HPより)

港浩一社長も7月5日の会見で、「フジテレビの報道により、大谷選手とそのご家族、代理人をはじめとする関係者の皆様にご迷惑をおかけし、大変申し訳なく思っている」(同社公式サイトの会見要旨より)と謝罪した。一方で、「出禁」の報道については、「当社が取材パスを失いドジャースの取材ができなくなったという事実はなく、適切な取材を心掛けながら、現在も取材を続けている」と否定している。

また、その後の7月11日になって、週刊誌「女性セブン」と、そのウェブ版である「NEWSポストセブン」が、「大谷翔平、ロスの『12億円豪邸』を売却の意向『もうあそこには住めない』と怒りの決断か」の見出しで続報を伝えた。新居に越さないまま手放す可能性に触れつつ、その背景にロサンゼルスで問題となっている集団強盗を指摘している。

マスメディアによる過熱報道

こうした転居報道を受けて、SNS上ではメディアに対するバッシングが強まっている。「プライベートを暴露するのはいかがなものか」「テレビ局は引っ越し費用を負担すべき」「大谷選手と家族を危険にさらしていると気づいているのか」などなど、いわゆる「マスゴミ批判」からの投稿が相次いだ。

マスメディアによる取材に「行きすぎている」と指摘が入ること、それそのものは珍しくない。「メディアスクラム」と呼ばれる過熱報道によって、関係者や周辺住民のプライバシーが侵害されるケースは多々あり、たとえば1994年の松本サリン事件では、被害者が警察やマスコミの取材攻勢によって犯人扱いされ、後に大きな社会問題となった。

それから徐々にプライバシー意識は高まっていったが、つい最近まで、芸能人や公人に準ずる人物であれば、「有名税」として処理されることも多かった。2018〜2019年ごろの小室圭氏をめぐる取材は、「皇族の婚約者」であることも背景にあり、競うように各社が報じた。

こうした取材の根底には、注目人物においてはプライバシーよりも、ニュースバリューが優先されるとの考え方がある。今回のフジや日テレ報道をめぐっても、「公益に資する情報だ」「読者の興味にメディアは忠実であるべき」といった擁護は見られる。しかし、一時期ほど、そうした論調はないようにも感じられる。

なぜ風向きが変わったのか。まず可能性として考えられるのが、コロナ禍による影響だ。一時期はスタジオ収録であっても、ソーシャルディスタンスを保ったうえに、人数を絞って番組作りが行われていた。報道においても、あれだけ「密」を避けるよう呼びかけておきながら、みずからが「不要不急な取材」をしてしまえば、ダブルスタンダードではないかとの指摘は避けられない。

高まる「プライバシー暴露報道への嫌悪感」

もうひとつの要素が、芸能人の自死だ。その背景には、SNS上での誹謗中傷のみならず、いまに至るまで理由がはっきりしていないケースもある。おそらくコロナ禍で、職業や人生の先行きが不透明になるなかで、心理的な不安を抱えていったのだろう……と察するほかないが、相次ぐ報道によって、世間一般に「著名人でも、ひとりの人間だ」といった考え方が広がるきっかけになったのは間違いないだろう。

そこへ映画界やアイドル界などでの「性加害」問題が重なった。個人の権利が重んじられるようになり、それは著名人であっても例外でないと理解されてきた結果、さらに「プライバシー暴露報道への嫌悪感」は高まったのではないか。

大谷選手や、アスリートをめぐる情勢も変化した。改めて言うまでもないが、元通訳の水原一平氏による不正送金事件を経て、大谷選手に共感する人は増えたはずだ。そもそもプライベートの暴露は受け入れられにくいが、そこへ「被害者である大谷さんに、さらなる追い打ちをかけるのか」といったストーリーが重なることで、より受け手は感情移入しやすくなる。

もうひとつの要素が、フィギュアスケート・羽生結弦選手の結婚報道だ。羽生選手は2023年8月に結婚を発表するも、11月に「離婚するという決断」をしたと告白。その理由として、当時の妻や親族、関係者などに対して、「誹謗中傷やストーカー行為、許可のない取材や報道」が行われたことを挙げた。

メディアが取る責任とは

羽生選手の「お相手」については当初、あまり各メディアでは報じられなかった。しかし、妻の出身地にあるローカル紙が、「地元の話題」の一環として実名を報じたことから、週刊誌なども追随した経緯があった。

そして最終的には、「許可なき取材」などを理由に、離婚に至ってしまった。どれだけ日本を代表するアスリートであっても、その家庭を破壊するまでの正義を「報道」は持っているのか。おそらくメディアに対する不信感が強まった人々は多いはずだ。

ざっと考えるだけでも、これだけの要因が思い浮かぶ。いずれも大谷選手への同情や、マスコミへのバッシングを呼ぶ要素となっているが、裏を返すと、これらの機運が醸成されていなければ、「入居断念するほどか?」「大谷は過剰反応」「天狗になった」といった批判が起きていた可能性もある。どれだけメディア取材が強引でも、バッシングの余地があれば、たたくのが現代人、とくにSNSユーザーの習性だ。

かつて著名人の自宅や事務所ネタは、ワイドショーや週刊誌の定番だった。人気歌手の豪邸が、離婚の財産分与でどうなるかだの、人気ミュージシャンが建てたカラオケボックスに、肝心のカラオケ機器がデカすぎて搬入できないだの……。

今になって思うと、もし、こうした報道を見て、悪だくみした連中が強盗に出向いたら、メディアはどんな責任を取ったのだろう。その当時から「もしも」と考えていたならば、今回のようなメディアたたきは起きていなかったはずだ。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)