「限りある命」と「時間」にはどのような関係性があるのでしょうか?(写真:metamorworks/PIXTA)

「不死の命が手に入ったら、こんなことをしたい」「なぜ生き物には死があるのか?」

一度でもそう考えたことのある人は多いことでしょう。SF作品では、時たま不死身のキャラクターや、私たち人間よりも長大な命の長さをもつ生命体が登場します。いったい、「限りある命」と「時間」にはどのような関係性があるのでしょうか?

そんなSF作品に描かれた「時間の流れ」と「生命」について、サイエンスライターの吉田伸夫氏による最新刊『「時間」はなぜ存在するのか』よりご紹介します。

映画『シン・ゴジラ』:変態する巨大生物

現在の地球に存在し得ない生物を想像することで、進化の制約がいかなるものかを考えさせる作品もあります。テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』で知られるアニメ作家・庵野秀明が、劇場用映画として原案を練った『シン・ゴジラ』(2016)は、そうした作品の一つと言えます。

1954年の映画に登場した初代ゴジラは、海からやってきて都心を破壊し尽くした後に海へと去っていきます。ガイガーカウンターで被災者の放射能汚染をチェックするシーンがあることから、核兵器や戦争のメタファーと見なすことも許されるでしょう。これに対して、『シン・ゴジラ』は、日本が直面する脅威に対して政府や民間人がどのように対応するかに目を向けた作品です。

この映画はいろいろな面から鑑賞することが可能ですが、私が最も興味を持ったのは、ゴジラが変態する巨大生物として描かれたことです。

変態は、それぞれの段階でどのように行動すべきかまで含めた遺伝子のセットを用意することで、生きるすべを子孫に伝える生存戦略です。このやり方では、遺伝的な行動プログラムが確実に受け渡される一方、生涯の途中で身体を作り替えることによるコストが大きくなります。

両生類は変態する脊椎動物であり、水中で生まれ陸上で動き回ることができますが、水中でのエラ呼吸と陸上での肺呼吸をうまく切り替えなければなりません。大型の動物は、変態のコストが大きくなりすぎるので、脊椎動物で変態するものは、両生類以外にほとんどありません(円口類のヤツメウナギも変態するそうです)。

映画の中で、シン・ゴジラは、放射性物質を大量に取り込んだ結果、遺伝子が傷つけられ予測不能の変態を遂げることになったと説明されます。生物学的にはありそうもない現象ですが、もしかしたら、宇宙のどこかに変態する巨大生物が実在するかもしれません。

手筭治虫『火の鳥 未来編』が見つめる永遠の生命

手筭治虫の漫画『火の鳥』は、永遠の生命力を象徴する火の鳥を狂言回しに、人類や生命の存在意義を問い掛ける壮大な連作長編です。

「未来編」は、その時間的な終末に目を向けながら、再び始まりへと回帰する可能性をはらんだエピソードです(以下、ネタバレがあります)。

破滅的な核戦争によって、人類だけではなく地上のあらゆる生命が絶滅した遠い未来、火の鳥に永遠の命を授けられた科学者は、バイオテクノロジーで人造人間を作って文明を再興しようと試みますが、うまくいきません。

結局、彼は、海にわずかな有機物質を投げ入れます。物質進化を経て単細胞生物となり、長い年月の後にいつか知的生命へと進化することを夢見て。

地上の生命全体が絶滅と進化を繰り返す過程を描き出して、読者に圧倒的な感動を与えてくれる傑作です。もっとも、現実の世界は、手筭治虫の想像力よりも、もう少しせせこましいようですが。

地球における生命の進化は、細胞核のない単細胞生物(現在の真正細菌やアーキアに相当)から始まって、細胞核やその他の細胞内器官を有する単細胞生物、単細胞生物の共生から生まれた多細胞生物のように、断続的にステップアップしています。

地球では、このステップアップに数億年から十数億年の時間が掛かりました。もし、進化には常にこの程度の時間が必要だとすると、ある惑星に文明を持つ知的生命体が登場するまでに、少なくとも数十億年は掛かることになります。

この数十億年というのは、天文学的な時間スケールと一致します。太陽と同じ大きさの恒星(いわゆるG型主系列星)の場合、その寿命は100億年前後です。

生命はこうした恒星の周囲でしか誕生しないとすると、『火の鳥 未来編』のように、原始的な生命が誕生するところから何度も進化を繰り返すだけの時間的余裕はないのです。

生命の進化が可能な期間は限られている

もしかしたら、太陽よりも少し小さい恒星(K型主系列星)の周りでも、生命が発生できるかもしれません。こうした恒星は、太陽よりもずっと長い数百億年の寿命を持つので、進化が何度か繰り返される可能性があります。

ただし、太陽よりも光量が乏しく、また表面温度が低いため個々の光子が持つエネルギー量が小さくなり、物質進化のスピードが遅くなるとも考えられます。また、恒星の寿命に満たない期間で、生命の進化が途絶える可能性もあります。

恒星の発するエネルギーは、内部で起きている核融合の出力に左右されますが、太陽の場合は、あと数十億年でエネルギー発生の効率が上昇すると予想されており、それ以降は、光量が増して海が干上がりそうです。


さらに、天の川銀河はアンドロメダ銀河と衝突することが確実視されています。衝突と言っても、銀河内部における天体の密度はきわめて低いので、星同士がぶつかることはほとんどありません。

ですが、ガスの密度が揺らいで新たな恒星ができやすくなり、場合によっては、巨大になりすぎた恒星が次々と超新星爆発を起こすこともあります。こうなると、強烈な放射線が飛び交って、近隣の惑星では生命存続の危機となります。

一つの惑星で生命の進化が可能な期間は、限られています。そうなると『火の鳥 未来編』で描かれたように、知的生命に至る進化が何度も繰り返される可能性は小さいでしょう。

宇宙で知的生命が繁栄する時代は、意外なほど短いのです。

(吉田 伸夫 : 理学博士)