数字に強くても「人望ゼロ」残念上司に欠けた視点
人を動かすのは、完璧な分析結果から導かれる機械的な数字ではありません(写真:kikuo/PIXTA)
「数字に弱く、論理的に考えられない」
「何が言いたいのかわからないと言われてしまう」
「魅力的なプレゼンができない」
これらすべての悩みを解決し、2万人の「どんな時でも成果を出せるビジネスパーソン」を育てた実績を持つビジネス数学の第一人者、深沢真太郎氏が、生産性・評価・信頼のすべてを最短距離で爆増させる技術を徹底的に解説した、深沢氏の集大成とも言える書籍、『「数学的」な仕事術大全』を上梓した。
今回は「数字に強い上司ほど部下が動かない」という現実を取り上げ、人を動かせる数字の使い方を紹介する。
「数字に強い上司ほど部下を動かせない」という矛盾
先日登壇した「数字で伝える・説得する技術」という演題の研修での出来事です。その研修は主に管理職向けに開発されたものだったのですが、某企業の経営トップも参加されていました。管理職向けの研修に社長が自ら参加するのはとても珍しいことです。気になった私は、さりげなくこの社長に参加理由を尋ねてみました。すると次のような答えが返ってきたのです。
「本当に数字で人は動くのでしょうか。私はそうは思っていない。今日はそれを確かめにきました」
詳しくお話を伺ったところ、この社長はとても数字に強いタイプでした。当然と言えば当然ですが、常にビジネスを数字で考えており、従業員へ指示をする際にもつねに具体的な数字を使っているそうです。にもかかわらず従業員はちっとも動いてくれず、かなり悩んでいる。上記の疑問はそのような背景があってのものでした。
私はこの社長に、次のように回答しました。
「私は数字で人は動くと思います。ただしそこにはある前提条件があります。それがなんなのか、今日の研修で見つけてください」
研修後に少しだけこの社長と対話をしましたが、「深沢さんの言うとおりでした。私に何が足りないのかがよくわかりました」と納得していただきました。
ビジネス数学教育家として活動する中でしばしば見聞するのが、数字に強い上司ほど部下を動かせないという現象の存在です。その最大の理由が上述の「ある前提条件」にあります。そこで今回は、その前提条件とは何かを解説します。
一般的に「数字に強い人は仕事ができる」と言われます。仮にそれを正しいとするなら、「数字に強い上司ほど部下を動かせない」という私の主張は矛盾をはらみます。まずはこの矛盾の正体を明らかにしなければなりません。
人を動かせない「血の通っていない数字」
数字に強い上司は常に合理的に、数字とロジックを使って答えを導こうとします。もちろんそれはビジネス数学の視点からは素晴らしい行いです。
しかし、それはあくまで机上の空論に過ぎず、その数字を使ってそのまま指示をしても人はおそらく動きません。
たとえば、ある管理職が部下に次のような指示をしたとします。
来年のキミの仕事は売上を1億円あげること。売上の商品別の割合はAが20%、Bが10%、Cが30%、Dが10%、Eが10%、その他で20%を目指せ。受注率は全体で15%。勤務時間は昨年よりも10%削減。業務にかかるコストは20%削減。以上をすべて必ず達成すること。
おそらくこの管理職は数字をしっかり分析し、その結果を踏まえて具体的な指示をしたつもりでしょう。おそらく分析内容は間違ってはいないし、理論上はこれらの数値を達成することは妥当なのかもしれません。しかしこれこそが、典型的な「人を動かせない管理職」の指示内容です。実際、このような指示をされた部下の心情は次のようなものでしょう。
「そんなの単なる数字遊びの結果」
「数字はそうだとしても、現実はそんな簡単な話じゃない」
「そんな機械的な指示で管理職が務まるなら学生でもできる」
「数字しか見てない奴の指示なんか聞けるかよ」
私も同感です。なぜこのようなネガティブな受け取られ方をしてしまうかというと、血の通っていない正論を機械的にぶつけているだけだからです。
繰り返しですが、先ほどの指示は数字の観点では完璧な指示であり、100%正しい内容です。しかしその数字には人間の血が通っていません。
ではどのようにすれば、人を動かせる「血の通った数字」を示せるのでしょうか。最大のヒントは、「数字しか見てない奴の指示なんか聞けるかよ」という言葉にあります。
たとえば、次のような指示はどう感じるでしょうか。
キミに来年お願いしたいことはたった1つ。仕事の生産性を上げてほしい。キミはこの1年間、業務量の多さに苦しんでいた。それは私もよくわかっている。私自身、サポートができていなかったと反省している。来年はここをテーマに、もう一歩だけ成長しよう。だから来年は持っている業務を手放す努力をしてくれないか。具体的には業務時間を10%削減し、かつ売上高は1億円を目指してくれ。他の細かいことは気にしなくていい。そこは私が責任を持つから。キミは1年間、徹底して生産性の向上に努めてくれ。
この上司は少なくとも部下という人間の存在をしっかり認め、成長を願い、指示をしています。「数字を使った指示」という点では同じでも、どちらが人を動かせる指示かは明白です。
「そんなことはわかっている」と感じる管理職や経営者たちはたくさんいるでしょう。しかし、数字に強い管理職はどうしてもビジネスの渦中にいると、つい数字とロジックを過信してしまい、それをきっちり正確に伝えることが正しい指示だと思い込んでしまいます。
これは、「人を動かす」という観点では致命的なことです。マネジメントは学生時代の算数や数学とは違います。数字とロジックを駆使して導いた答えに意味はありませんし、どうせその数値計画どおりにはなりません。ビジネスとは、非論理的な生き物が営むものだからです。
人を動かすのは、完璧な分析結果から導かれる機械的な数字ではありません。人間をしっかり見ている人物が発する、「血の通った数字」なのです。
リスクをとっていない人の話なんて聞けない
最後に、ある企業の研修でお会いした若手ビジネスパーソンが私に語ってくれた、職場の上司に対する本音をご紹介します。
「リスクをとっていない人の話なんて、聞く価値ありませんよ」
なかなか厳しいご意見だと思いつつ、一方で「そのとおりだよな」と深く頷くものでした。机上で数字をこねくり回せば、誰だって「正しい指示」はできます。しかし、それで人が動くなら、管理職なんてAIや学生がやれば良いのではないでしょうか。先ほどの例に、次のような表現がありました。
「他の細かいことは気にしなくていい。そこは私が責任を持つから」
ビジネスパーソンにとって、このような発言はリスクを伴います。「Aをやれ。Bもやれ。Cもやれ」といった指示は簡単です。しかし「Aをやれ。それ以外はやらなくていい」という指示は簡単ではありません。ある種の勇気や覚悟がないと、この発言はできないのです。
リスクをとっていない人の話なんて、聞く価値がない。私自身もこのことを肝に銘じ、これから先も「数字に強い管理職たち」に大切なことを伝え続けていこうと思っています。
(深沢 真太郎 : BMコンサルティング代表取締役、ビジネス数学教育家)