「神宮外苑再開発」伊藤忠の声明の納得感の正体
私たち第三者の立場からしても重要視したいのは、理論とファクトだ。どちら側の意見が感情論ではなく、理論とファクトから主張されているかを吟味したい(写真:i-flower/PIXTA)
3日、伊藤忠商事が「神宮外苑再開発」について声明を発表。施設の一部に落書き被害を受けたことに触れるとともに、プロジェクトの真意を説明しました。
大きな反響を集めたこの声明。筆者は「大事なのは『どちら側の意見が感情論ではなく、理論とファクトから主張されているか』だ」と指摘します。
人生の醍醐味は自分を見失うことだ、と私は思う。
ただ、あまりに自分の信条を盲信すると、醍醐味ではあるものの迷惑になってしまうかもしれない。そんなことを感じたのは、伊藤忠商事のプレスリリースを読んだためだ。
明治神宮外苑の再開発計画を巡る論争
同社は「神宮外苑再開発について」と冠したプレスリリースを出した。そこで、昨今に話題になっている外苑問題について述べた。把握する限り、同社への同情が多い。
まず、関係者には怒られてしまうかもしれないが、強引に外苑問題をまとめる。これは、明治神宮外苑の再開発計画を巡る論争だ。この計画には、長寿命の並木の伐採が含まれる。反対者は歴史的景観の破壊や環境への悪影響を懸念している。イチョウ並木の保存と保全を求める声があり、再開発計画の見直しや代替案の検討が反対者側から求められている。
さまざまな考えがあるだろうが、個人的には民間事業者から買い取るなどしない以上は、行政が対処するのは難しいと感じる。
そうした前提のうえで、ここで考えたいのは、企業と、その行動に影響を与えようとする団体や個人との付き合い方だ。
まず伊藤忠商事は先にあげたプレスリリースで次を述べた。
・子供向け施設を含む4か所に対し、環境問題に取り組む一部の活動家による落書きがなされた
・株主総会で話題になるのは自明だったため、質疑応答に先立ち十分な時間を割いて丁寧な説明をしたが、質疑応答に入ると、環境活動家が進行を無視して長々と持論を展開した
・「再開発」という言葉が誤解を与えるが継続的な樹木の管理、倒木や古くなった樹木の植え替えがどうしても必要
・「みどりを守る」には当然のことながら大変多くの資金が必要
理路整然とした説明だ。議論は前向きでなければならない。反対する方は、同社の説明がどのように間違っているかを、理論的にそしてファクトとして説明したほうが支援を得られるだろう。
なお個人的には伊藤忠商事などの主張が正しいように感じる。また私は、その近くに住んでいる。ただ当件は、感情的なもつれや、あるいは落書きのような行為ではなく、繰り返すと理論的とファクトによるべきだろう。
(画像:伊藤忠商事HPより)
環境団体のレポートは無視するべきではない
ところで、企業は環境団体からの声を無視する必要もない点を説明したい。
たとえば、国際環境NGOであるグリーンピースは批判も多いが、私は存在意義もあると考えている。たとえば、グリーンピースはサプライチェーンに関する報告書を出している。「Supply Chain」ならぬ「Supply Change」と題されたレポートだ。
このなかで大手の企業が散々たる評価になっている。その結果を受けて、多くの企業人が反応している。温室効果ガス排出量の算定において、環境に優しくない企業が活躍しているとしているレポートだ。各社とも環境に優しいことを喧伝しているが、実際には口先だけだとしたら、グリーンウォッシュと思われても仕方がない。
環境団体のレポートにはそんな実態を明らかにしてくれる側面もある。
自動車メーカー各社は人権レポートで変わった
なお、人権団体とはいえないかもしれないが、人権意識の高い英国でローラ・マーフィー教授が「Automotive Supply Chains and Forced Labor in the Uyghur Region(新疆ウイグル自治区における自動車産業と強制労働)」なるレポートを公開した。これは自動車メーカー各社からすると耳の痛いレポートだっただろう。
というのも、「ほぼすべての有名な自動車は新疆ウイグル自治区の強制労働と直接、間接的に関わっている」とする結論だったからだ。
これまで自動車メーカー各社は人権遵守を掲げていた。強制労働とも児童労働とも無縁である、というのが自動車メーカー各社のスタンスだった。人権蹂躙が疑われる中国の新疆ウイグル自治区からは調達していないのが建前だった。
しかし、このレポートが公開されてからアメリカが動いた。アメリカの委員会で自動車メーカーに質問状が送られ、この事実について確認するよう依頼された。アメリカはよく知られている通り、強制労働等の人権蹂躙地域から商品の一部またはすべてが関わった商品を輸入できない。
新疆ウイグル自治区は綿花などで全世界の商品に携わっているといわれる。実際に、2024年5月のレポートではアメリカ国内外で販売されていた822の商品(衣料品、履物等)を調べた結果、中国の新疆ウイグル自治区産の綿花が使われていたものが実に19%に上ったという。同位体検査によって科学的に実施された。
このようなレポートで書かれた内容は、一般人が把握することはまずできない。詳細な取材を自らすることは、ハードルが高いからだ。この点において、レポートには意味があると言える。そして企業も、そのレポートが間違いであれば堂々と反論すればいい。
何にしても企業が発表する内容を鵜呑みにするのではなく、カウンターとして、第三者のレポートや指摘が役に立つ側面もあるということだ。
なお、太陽光パネルも中国の新疆ウイグル自治区産のものが多いはずで、太陽光パネルを活用する計画の企業には、やはり外部からの指摘が役に立つだろう。
伊藤忠商事の激怒と理論とファクト
そこで話を戻す。
伊藤忠商事が被害を受けた落書きなど、今回の件はさすがに……と思う。ただ、環境団体だからといって忌避感を抱くのもいただけない。けっきょくは程度問題だと私は思う。
世界の環境団体や人権団体によっては、企業の暗部をえぐり、そして正す側面もある。実際に温室効果ガスの排出や人権蹂躙地域の使用などは例としてあげたとおりだ。
そこで、私たち第三者の立場からしても重要視したいのは、本稿で強調してきた理論とファクトだ。どちら側の意見が感情論ではなく、理論とファクトから主張されているかを吟味したい。
感情で突き動かされるのも、冒頭の続きでいえば人生の醍醐味だろう。ただ、ときに冷静に自身を眺めたいものだ。
(坂口 孝則 : 未来調達研究所)