女優 奈緒さんが考える、保健体育では教わらない「性」の伝え方…大人になるからだを「どう受け止めるか」もっと知りたかった

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2014年、『おんなのいえ』『サターンリターン』などで知られる漫画家・鳥飼茜さんが、月刊モーニング・ツー(講談社)にて『先生の白い嘘』の連載を開始した。男女間にはびこる性の格差という“タブー”に深く切り込んだ本作は衝撃とともに広まり、累計部数100万部を突破。そして10年の時を経て実写映画化が報じられたニュースには、驚きの声が多数挙がった。同名映画『先生の白い噓』は7月5日(金)より全国劇場と劇映画として初めて3面ライブスクリーンにて公開される。

主人公である高校教師・原美鈴を演じるのは、近年話題作で存在感を発揮している女優の奈緒さん。登場人物の歪んだ感情が生々しくぶつかり合う本作に、彼女はどう挑んだのか。作品を通して、性の格差や性教育についても話を伺った。

(撮影/安田光優)

【先生の白い噓】平凡な高校教師・原美鈴(奈緒)は、親友の婚約者との関係を隠しながら教壇に立つ日々を送っていた。しかし平穏を装った日常は、担任する男子生徒・新妻(猪狩蒼弥)のとある事件をきっかけに揺らぎ始める。親友・美奈子(三吉彩花)の婚約者・早藤(風間俊介)から性的関係を強要される中で芽生えた性への欲望や、快楽への渇望に戸惑いながらも、彼女は自身の内に潜むゆがんだ感情に向き合う。

ずっと誰かとこの作品について話してみたかった

――映画『先生の白い嘘』は、鳥飼茜先生が青年誌で初めて発表した同名の漫画が原作となります。原作とは、どのような出会い方をされましたか。

読み始めたのはちょうど単行本第2巻が出た時でした。最初にこの作品にふれた時は、本当に衝撃でしたね。今でこそ性差のことや、強者と弱者が生まれてしまうことについて考えるきっかけはたくさんあるのですが、連載当時はまだ世の中が追いついていなかった時期だったように感じます。だから、この漫画について誰かと話したい気持ちがずっとありました。でも、人に「読んで」と勧めるものでもないのかなというためらいもあり…。

――確かに連載当時でも、非常に繊細な題材でしたから、「この作品、好き」と面と向かって言いづらいところはありました。一方で、SNSを通して口コミで人気が広がっていったことも特徴的でした。

そうなんです。この作品にたどり着く人は自然とたどり着くんじゃないかと思っていました。いつか誰かと『先生の白い嘘』の話がしたいと思っていたら、映像化のオファーをいただきまして、その時は「ああ、この作品を映像にするんだ」と正直驚いて。けれども「やる」以外の選択肢はありませんでした。

いざ映像化すると決まってから、俳優の先輩にも原作の読者がいらっしゃることがわかり、この作品について、いろんな人と話すきっかけにもなりました。意外だったのは、主人公の美鈴は女性なこともあり、女性が触れやすい原作だと思っていたのですが、実際は男性読者の方もすごく多かったということ。作品の魅力を、改めて読者層の幅広さからも感じることができました。

生徒指導室で語られた「性の格差」

――原作・映画ともに重要なシーンがあります。奈緒さん扮する美鈴が、担任する男子生徒・新妻役の猪狩蒼弥さんと性の格差について話す場面です。原作に比べて、映画ではどのような人が観ても誤読できないほど言葉を適切に足していらして、安達奈緒子さんの脚本に唸らされました。女性の無力さがより伝わるシーンになっているといいますか…。

私は三木監督と安達先生とのお話し合いには参加していないので、全ての状況はわからないのですが、実は決定稿になる前から途中段階の脚本も読ませていただいていました。ブラッシュアップしながら決定稿にたどり着いていたので、鳥飼先生が『先生の白い嘘』で描かれたことをどうすれば正しく伝えられるのか、ということをとても丁寧に考えられていたように感じていました。

――三木雄一郎監督とは、事前に話し合うことはありましたか?

現場に入る前段階で、監督とお話をする機会がありました。その際に三木監督が長年『先生の白い嘘』を映像化したいと熱望していらしたということを伺ったんです。監督の今までの撮られてきた作品から考えると、意外だなと思いました。

ですから監督には、原作に対しての1つの視点と理解があるのだろうなと思っていましたし、一方で監督自身は主人公の美鈴についてわからない部分もおありになるんだろうなと。だからこそ、深く描いてみたいし、向き合ってみたい。そんな風に思われたのかなということを、監督との会話の中で強く感じたんです。それだけに、美鈴を演じることについては基本的にゆだねていただけたと思っています。

原作で大切な土台を1つずつ積み上げた

――今回演じられた美鈴の役は、心のバランスを保つことも大変だったのではないでしょうか。

物語の中で切り取られている美鈴の人生は、想像を絶するつらい出来事によって大きく歪みはじめます。なので、もしも描かれているような出来事が起きなかったら、美鈴はどんな人だったんだろう。はじめにそのことを考えました。

その中で大きなヒントになったのは、美鈴の思春期の頃からの友人である美奈子との関係でした。原作でも、美奈子との回想シーンは何度も出てきます。一番念頭に置いたのは、美鈴はありふれた日常を懸命に生きていたひとりの女性だったということ。そういった気持ちで、映画の中で美鈴として生きられたらいいなと。

もともと読者として原作を読んでいた時は、まさか美鈴を演じるとは予想していなかったので、「それぞれの登場人物の思いが描かれる中で、さまざまな人の立場に立って考えることができる原作だな」と思っていたんです。美鈴の心に近づくためには、そういった原作で土台となっている部分を丁寧に重ねていかないといけない。そして実際に現場へ行けば、目の前で起きることによって大きく傷つく瞬間もあるだろうと…。とにかく覚悟だけは握りしめて、ロケ地である富山県を訪れました。

――実際の撮影の日々を振り返って、今、どんなことを感じていますか。

これほどつらかったことはないというくらい、正直苦しかったです。もちろんお芝居ではあるのですが、撮影で起きたことは自分の記憶の中に強烈に残っています。お芝居でもあんなに怖かったことを、果たして映画が公開される時に、自分の中できちんと咀嚼してお話しができるだろうか。撮影が終わってからのこの2年間、ずっと不安がありました。

映画のラストは最後、希望につながっていくような作品に仕上がっているので、あとは受け取られたみなさんがどう感じてくださるか。私としては、もう願うような気持ちです。

性の格差について世の認識が激変した2年間を経験して

――『先生の白い嘘』に触れた人なら、一度は考えることがあります。それは、なぜ性の格差がなくならないのかということです。

同じ性を持って生まれても、人によって性の捉え方は全然違いますよね。今回映画では描ききれなかった部分で、美鈴のクラスに三郷佳奈・通称ミサカナちゃんという印象的な女子高生が出てきます。自分の抱える性や、自分が生まれ持てなかった性に対しての認識というのは、一人ひとり大きな違いがある。この象徴的な存在として、原作ではミサカナちゃんが描かれていました。

性の格差をなくすには、まずは性に対する認識の違いを互いに知ろうとするところからしか生まれないと思います。違いをわかり合うのではなく、互いを理解しようとする思いが足りなかった時に、きっと性差が生まれてしまうのかなと。

自分自身を愛せるかということ、持って生まれた性を愛せるかということ。人それぞれが持って生まれた性はその人にとってものすごく大切なものなんだということを、一人ひとりが理解して、寄り添おうとする。もちろん、人は時に流されて、自分と相手を大切にしない行動をすることもあります。弱い部分があるのも当たり前です。だからこそ、性の格差がなかなかなくならないのかなとは思っていたのですが……。

撮影が終わってから公開までの2年間で、世の中がものすごく変わりました。強者と弱者が生まれない仕組みや、性の格差が生まれない仕組みなど、正直他の現場でも、ものすごく変わっていくのを体感しているんです。少しずつ変わろう、変えたいって思うことがあれば、世の中も変わっていける。このことを2年間で実感でき、今は希望を感じています。

でも、あっという間に世の中がひっくり返ってしまうこともあります。何かを変えたいと思って、圧倒的に強い力に対して立ち上がろうとした時に、気がつけば強者と弱者の構図が形を変えて生まれてしまうこともあると思います。現実は常に危険性を孕んでいるということを、この時代に一緒に生きているみんなが同じ共通認識として持っていないといけない。そうしたことを、すごく考えるようになりました。

スウェーデンの絵本に出会って

――原作では、美鈴が受け持ちの生徒の前で、性について話すシーンがあります。奈緒さんは、ご自分の学生時代にどのような性教育を受けられたらよかったですか。また今後、どんな性教育があったらいいと思いますか。

いろんなご家庭がある中で、私自身も自分の性について、家族とオープンに話せたかなと振り返ると、やはり難しかったですね。だからこそ、そのような場所があるといいなとすごく感じています。

ただ、学校と家庭では、性に対する伝え方が変わってくると思います。学校教育でいうと、子どもがどうやってできるのかなどは、保健体育のひとつの知識として教えられます。けれど正直それを教えられても、生徒はどういうふうに受け止めればいいのかまで、考えが及ばないかもしれません。だからそういった受け止め方について、もっと学べる場所があったらいいなと。

私の好きな本の中に『愛のほん』というスウェーデンの絵本があります。この本は人を愛することや、愛っていうのはこういうことだよというのが、かわいいイラストでわかりやすく伝えています。たとえば、おいしいものを誰かと分けあいたいと思うこと、これも愛。その先に、セックスといった行為がある。性行為というものを、温かいものとしてちゃんと描かれているんです。

だからこそ『愛のほん』のような絵本を、もしも幼い頃に読めていたら、セックスがそれほど触れにくいものではなかったのかなと思いましたね。成長の過程で優しさとか、愛情とか、そういうものが伴ったときに性行為が行われる。「それで、あなたたちも今、ここにいるんだよ」という伝え方をしてもらえたら、性に対する認識はすごく変わるのではないでしょうか。

私自身の『愛のほん』との出会いは大人になってからでしたが、それでも影響がすごく大きかったです。学校教育だと難しい部分もあるかもしれませんが、ご家庭でそういったことを教えてもらえる機会がたくさんあるといいですよね。一方で、自分が大人になって感じるのは、「ああ、私の親もどういうふうに伝えていいのか、困っていたんだろうな」ということです。お母さんやお父さんも、子どもに性をどう伝えるかを教えてもらえる機会が必要なんじゃないかなと。

私たちはみんな性とともに生きているのに、性について話したり、どう伝えるか学んだりする機会はまだまだ少ないのが現状です。そういったヒントを得られる場がこれからさらに生まれるといいなと思っています。

映画『先生の白い噓』7月5日(金)全国劇場&3面ライブスクリーンにてロードショー

出演:奈緒 猪狩蒼弥 三吉彩花 田辺桃子 井上想良 小林涼子 森レイ子 吉田宗洋 板谷由夏 ベンガル/風間俊介

原作:鳥飼茜 「先生の白い嘘」(講談社「月刊モーニング・ツー」所載)

監督:三木康一郎 (『植物図鑑 運命の恋拾いました』『弱虫ペダル』『恋わずらいのエリー』)

脚本:安達奈緒子 (『劇場版 きのう何食べた?』「おかえりモネ」)

音楽:コトリンゴ

主題歌:yama 「独白」 (ソニー・ミュージックレーベルズ)

配給:松竹ODS事業室 / イノベーション推進部

映倫区分:R15

公式HP:https://senseino-shiroiuso.jp

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