WiiのCMのインパクトは絶大だった(撮影:風間仁一郎)

ハイチ系移民の子というハンディキャップを跳ね返し、アメリカ任天堂社長となり、ゲーム業界の歴史において最も強力な人物の1人となったレジー・フィサメィ氏。

5月22日、彼の35年間の人生とビジネス哲学を描いた『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』が発売した。今回は本書より、WiiのCMを巡る故岩田聡氏との攻防を一部抜粋のうえ、再構成してお届けする。

互いへの信頼と率直な意見

岩田氏と私との友情は深く、その根底にあるのは互いへの尊敬の念だった。私たちはそれぞれが会社で発揮した手腕を称え合った。


岩田氏は優れたゲームデベロッパーで、プログラマーだ。「ポケットモンスター」「星のカービィ」「大乱闘スマッシュブラザーズ」など任天堂史上最高のシリーズの多くを、1人の力でもたらした。

対する私はマーケティング担当者でビジネスの破壊者であり、消費者の視点とビジネスの知識を統合して新たな構想を作るのが仕事だ。

私たちは互いを信頼すると同時に、率直に意見を言い合った。

私がアメリカで手掛けた任天堂ゲーム機Wii(ウィー)の発売CMがいい例だ。2006年の秋、私がNOA(Nintendo of America)のセールスとマーケティングのEVP(エグゼクティブ・バイス・プレジデント)から、COO(最高執行責任者)へと昇進したときのことだ。

そのとき作った広告は、2人の日本人ビジネスマンがアメリカを旅して、この最新の任天堂のイノベーションを自慢げに披露するという内容で、その主役はコントローラー、魔法のWiiリモコンだ。

岩田氏は京都でチームと一緒にWiiリモコンの開発を指揮した。特に画期的なのは動作感知のテクノロジーで、リモコンを振ってゲームができる。ベースボールゲームではバットを、テニスではラケットを振るようにリモコンを振ってプレイできる。

Wiiリモコンを使って幅広いゲーム体験ができることを伝えたおかげで、CMのインパクトは絶大だった。しかも日本人ビジネスマンが出会った家族と交流するという、愉快で共感できる内容に仕立てた。ビジネスマンが家族と一緒に様々なWiiのビデオゲームを楽しみ、愉快な動きや癖を披露するなど、打ち解けた仲間意識に包まれる。どのゲームのCMも、今や有名なこの文句から始まる。

「Wii would like to play(Wiiがあなたとの対戦を待っている)」

突然の「CM変更」電話

私は広告代理店レオ・バーネット・ワールドワイドと共同で手掛けたこのCMを支持し、出来上がったものを事前に岩田氏にも見せていた。ところがCMを公開する1週間前になって、岩田氏は自宅にいる私に電話をかけてきた。

「レジー、私は京都でみんなにCMを見てもらっているが、心配なことがある」

日本の任天堂の経営陣は、CMに出ている日本人ビジネスマンの、西洋の家族との接し方が馴れ馴れしくて、くだけすぎていると感じていたらしい。

「レジー、CMを変えてほしい」

任天堂本社のチームが指摘した問題点は、CMの成功要素を真っ向から否定するものだった。CMを変えることは、これまでの仕事を否定することになる。これまで私がCMに携わってきた経験からいっても、この指摘は間違っている。

このCMはこれまでの殻を突き破り、インパクト絶大だ。この問題についてあれこれ話し合う中で、「過剰な馴れ馴れしさ」がアメリカ、カナダ、ラテンアメリカでは気にされないと考える理由を私は説明した。

話し合いが煮詰まる中、私は言った。

「ミスター・イワタ、あなたが私を任天堂に呼んだのは、任天堂の世界最大の販売地域に強力なマーケティング担当者が必要だったからですよね。あなたは私の業績をご覧になってきたし、私を昇進させてくれました。どういう結果が出るのか自信がありますから、お任せください。このCMはアメリカで成功します」

しばらく間が空き、それが永遠に続くかのように重く感じられたときに、岩田氏は口を開いた。

「わかった、レジー。君を信じるよ。前に進めてくれ」

結果的に、CMは私の支社が実践した他のマーケティング戦略と併せて成功した。私たちは世界の任天堂支社の中で、最もWiiを成功させることになる。

自分の信念を貫くためには?

自分の信念を貫くことと、頑固な態度を通すことは紙一重の違いだ。自分は本当に一連の行動を正しいと信じているのか、それとも意固地になっているのかを見つめ直さなければならない。困難な判断や複雑な決断を下す際は、自分のモチベーションを知ることが特に難しくなる。

まずは自分に正直になること。議論において自分の正しさを証明したいとか、勝ちたいという欲求と、自分の確固たる信念とを分けて考える。本当にそれが正解だと思ってやろうとしているのか。他の誰かが同じことを提案しても、ちゃんとこれを支持するだろうかと、自問してみるといい。

今の問いにどう答えていいのかわからなければ、じっくり心を開いて相手が言う別の観点に耳を傾けてみる。気になった点ははっきりと質問する。相手の言葉を繰り返して、自分がちゃんと話を聞いているのだとわかってもらう。自分が問題点を理解していること、相手の考え方にも一理あることを示してあげる。

自分の信念を貫こうと決めたのなら、できる限り説得力のある材料を集めて、自分の観点を述べる。ポイントを理解してもらうために、データや他の産業から得たサンプル、自分の経験を駆使する。話を止めて相手に質問の余地を与える。論破してやろうという態度を取ってはいけない。

共通の立脚点を探す。折り合えるところが見出せればそれを伝えて、残りの際立った問題点に集中する。時にそれは取るに足らない問題であることがわかり、合意の上で次の段階に進んでいけることもある。

そして時には断固たる姿勢を取ることもお忘れなく。

前編記事はこちらから

【前編】元米任天堂社長と岩田聡氏との知られざる友情

(レジー・フィサメィ : アメリカ任天堂元社長兼COO)