マーケティングを考える際に、もっとも重要なことは何なのか? ターゲットの真のインサイトを見抜き、コミュニケーションの深度を高めることはなかなか難しい。DIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「LOOK INSIDE!―マーケターの思考をのぞく―」では、企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていく。今回は、求人情報サービス「バイトル」を運営するディップ株式会社でソーシャルメディア課長を務める寄藤紀子氏に、同社の新事業である「ビズリアル」(SNSを活用したコンテンツサービス)に秘めた想いを聞きつつ、同氏のマーケティング思考に触れた。

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DIGIDAY編集部(以下、DD):ディップのSNS施策、大変好調ですね。寄藤紀子(以下、寄藤):ありがとうございます。TikTokとYouTubeのアカウントがメインで、総フォロワーは現在約56万人*(TikTok:約38万人、Youtube:約18万人)に増えました。私がリーダーを務めるソーシャルメディア課で運営しており、エンタメコンテンツの投稿やファンの獲得に注力しています。私が入社した時点では、まだ総フォロワー数が5600人ほどでしたから、大きく成長できたと思っています。*YouTubeでは「チャンネル登録者数」、TikTokでは「フォロワー数」をフォロワーとして合算。2024年4月2日時点の実績。DD:100倍に増やしたということですか!?寄藤:はい、そうです。体制整備が大きな転機で、チームで役割を分け、同じ方向を見ながらもそれぞれで推進できたことが大きいですね。課のメンバーは私を含め4人ですが、社員インフルエンサーの鈴木(バイトル会社員もも)を始め、ビズリアル担当の伊藤、橋本がそれぞれ担当をリードし、他部署や制作パートナーと並走して業務を進めています。とても嬉しいことに、メンバーは社内でも継続的に表彰されており、成果を出し続けています。また、専任の課を作ったことも大きな特長だと思います。多くの会社は、マーケティング業務の傍ら、SNS運用をされているパターンが多いのではないでしょうか。私たちのように、SNSだけの専任チームを作れるということは、会社から大きな投資をしてもらっていると考えているので、期待に応えられるように励んでいます。DD:SNSを拡充するそもそもの動機や背景は何だったのでしょうか?寄藤:弊社は、「私たちdipは、夢とアイデアと情熱で社会を改善する存在になる」というフィロソフィーを持っています。これが、さまざまなマーケティング施策や組織体制づくりのベースになっていて、その一環でSNSに情熱を持って取り組んでみたらどれくらいユーザーとのタッチポイントが増えるのか? という想いが、そもそものきっかけでした。加えて、求人サイトは差別化しにくいという「ブランド」としての課題、プッシュ型のプロモーションが受け入れられなくなっているという「ユーザー」に対しての課題、そして、届けたいメッセージを訴求する場所や届け方がわからないという我々の「クライアント」の課題がありました。この3つの課題を、SNSを使って解決できないかと考えたんです。

寄藤 紀子/ディップ株式会社 商品開発本部マーケティング統括部 コミュニケーション戦略部ソーシャルメディア課課長。国内大手化粧品メーカー、外資日用消費財メーカーを経て、2023年にディップへ入社後、同年にソーシャルメディア課課長に就任。二児の母。現在はポケモンのアーケードゲームにハマり、子どもと一緒に週末はゲームセンターに通い詰める日々を過ごす。お気に入りのポケモンは『ザシアン』。

まずはコンテンツのルール作りに注力

DD:有名企業のアカウントといっても、簡単にフォロワー数が増えるわけではないですよね。寄藤:最初はハードルがとても高くて、フォロワー数1万人の壁を突破するのにとても苦労しました。私自身も、国内化粧品メーカーや外資メーカーでマーケティングを経験していたものの、SNSに特化した知見は持ち合わせていませんでしたから。YouTubeやTikTokも1万の壁がなかなか越えられなかったんです。プロモーションは、リーチやクリックを広告である程度コントロールできますが、オウンドメディアはなかなかコントロールができず、挫折感を味わいました。DD:そうしたなか、フォロワー数が右肩上がりしていくわけですが、一旦何があったのでしょうか?寄藤:ソーシャルメディア課の課長として就任した時点で、私の役割はアウトプットではなく、ルールやチーム連携を作るリーダーなのだと感じていました。だからこそ、ナレッジをたくさん紹介している記事やクリエイターが出している本を読み込み、再生数の多い動画の調査から成功要素を抽出し、勝ちパターン創出をめざして分析に注力したんです。TikTokは、1000万回を超えるバズを引き起こし続けることが重要になります。レコメンドエンジンをひたすら見る文化で、なかなかフォローまでいかないんですよね。なので、マーケットを広く考え、ひたすらテストをして1000万再生を重ね、計2億再生を目指していきました。2億のうち、38万人フォローしてくれたという感覚ですね。一方でYouTubeはまた違った文化があって、とにかく人気シリーズを継続的に投稿し続けるストック型としました。何をアーカイブ化すれば人がフォローして、次週も見たいのかという分析を重ねていったんです。現在はいろいろな仕事場のスタッフに密着した「看板娘」というシリーズが人気で、継続的にシリーズのコンテンツを増やしています。DD:バズ重視やストックを増やすことに注力というアイデアは、膨大なインプットから導き出されたものなのですね。寄藤:マーケティングメディアも逐一チェックし、ずいぶんリサーチしました。コンテンツは個人の面白さや好みに左右されやすいですよね。だからこそ、インプットで得た知見をまとめ、まずはメンバー全員の共通言語や法律のようなものを作りました。ディップ式のTikTok10ヵ条、YouTube5ヵ条といった規則です。「まずはディップ式のTikTok10ヵ条、YouTube5ヵ条を満たしてほしい。あとは任せる」といったかたちで再現性を持たせつつ、企画から完成以降は各担当者に完全に任せ、アウトプット創出と仮説検証を繰り返し、高速PDCAを回したんです。

SNS戦略が成功。そしてビズリアル事業が立ち上がる

DD:そうしたSNSでの成功があって、「ビズリアル」の事業が始まった?寄藤:それもありますし、(バイトルに求人を掲載している)マーケティング部門がない中小企業顧客担当の営業から、「SNSをやってみたいけど、そもそもどう始めるの? と商談で聞かれるんだよね」といった声も大きな動機でした。バイトルには、家族経営や従業員20人ほどの企業も多く掲載されています。企業の大きさは関係なく、「SNSでPRしたい。潜在層とタッチポイントを創出したい」というニーズが高かったんです。そこで、我々が持っているチャンネルとアカウント、そして知見でどのようにそのニーズを汲み取れるかを考えたうえで、マネタイズ化できるのかを模索し、ビズリアル事業を開始しました。DD:現状の成果はいかがですか?寄藤:ありがたいことにとても反響が高く、多くの受注をいただいています。2023年の10月から事業を開始し、現在までお申し込み数20企業以上、計画比1.3倍以上に推進しています。クライアントのために何ができるのかを最優先に、引き続き魅力的な動画を投稿して、今後も成長させていく事業でありたいです。というのも、「職場の雰囲気を伝えたいが伝わらない」という地方の中小企業の方のお悩みが多いのです。人柄や温かい職場の雰囲気の良さはテキストではなかなか伝わらず、動画だからこそ、その企業の良さをくまなく伝えることができ、SNSを通してだからこそ接点を持てるユーザーがいます。また、一部企業では、バイトテロやSNS炎上が大きな問題になっていますよね。多くがとても清潔管理がされていて、クリーンな職場なのにです。だからこそ、キッチンの裏側に突撃し、1から100まで撮って動画コンテンツにしています。動画だからこそ、ありのままがわかるし視聴者に理解もされやすい。SNSが発端の風評被害は、SNSで打ち消すことができると思っています。クライアントによりますが、「ポジティブな面をより分かりやすく伝える」「ネガティブな印象をポジティブに変換する」などに、ビズリアルサービスは非常に効果的だと考えています。DD:ルールや規則に加えて、コンテンツを作るうえでの信条はあるのでしょうか?寄藤:ユーザーが面白いと思わないものは作りたくないと思っています。ビズリアルは、一種の企業案件にもあたる部分がありますが、企業が見せたい、伝えたいと思うものをより一層ユーザーが面白いと思うものに昇華して視聴数を最大化するのが、我々の役割です。

誰かの人生を良いほうに改善できる仕事

DD:クライアントのニーズやメンバーの尽力はもちろんですが、寄藤さんのSNS戦略が事業をここまで表面化させたのだと感じます。では、寄藤さんにとって、マーケティングを考えるうえで重要だと思う点は何でしょうか?寄藤:マーケターは、夢とアイデアを具現化する仕事だと思っています。なので、そもそも良い夢とアイデアを生むためには、とにかくトレンドを追いつつ、インプットを増やしていかねばなりません。インプットが不足すると良い案が出てこないことも多いので。DD:インプットするジャンルに、決まりはありますか?寄藤:時間がなければ、自分がいま取り組んでいるプロジェクトや施策関連のインプットをしたほうが良いと思います。たとえば私の場合だと、TikTokやYouTubeを視る時間を必ず設定しています。しかし、本当はいろいろなジャンルの情報やトレンドをキャッチして、多角的な視点を持つべきではないでしょうか。ユーザーの生活は、幅広いジャンルにあふれていますから。DD:ですね。寄藤さんのお話を聞いていると、とても充実した仕事ができているのだと感じます。寄藤:そうですね。ディップはInnovationを大事にしていて、挑戦できる環境にあるからこそ、とても充実しています。もともとは日用消費財のマーケターでしたが、より誰かの人生に関わるような分野で働きたいと思い、ディップに入りました。誰かの人生を良いほうに改善し、大きな影響を与える。そんな仕事がしたかったんです。DD:人材サービスという領域は、確実に誰かの人生を変え続けていますよね。寄藤:はい。本当に誰かの生き様を支えられる領域だと思っています。そこで充実した仕事ができていて、とても楽しいです。ソーシャルメディア課のメンバー。左から寄藤課長、社員インフルエンサーかつSNS運用を担当されている鈴木ももさん、ビズリアルをメインに担当する伊藤愛莉さん、橋本優也さんWritten by 島田涼平Photo by 三浦晃一