平野早矢香インタビュー 中編

(前編:「本気の中国」を圧倒した平野美宇の新たな武器を絶賛 張本美和は「もうワンランク上がる」>>)

 東京五輪ではリザーブだった早田ひなは、その後めきめきと実力をつけ、パリ五輪代表選考レースではトップを独走。約2年間、安定して高いパフォーマンスを維持し、不動のエースとして日本の女子卓球をけん引する存在になった。

 対中国でも、今年2月の世界選手権団体釜山大会では、決勝で東京五輪金メダルの陳夢を3−1で下す大金星を挙げた。「中国に勝てる」。そう思わせてくれる早田の強さと、日本の前に立ちはだかる中国のエースを崩すヒントを、ロンドン五輪団体銀メダリストの元卓球選手・平野早矢香さんに聞いた。


世界選手権の決勝で陳夢に勝利した早田ひな photo by YUTAKA/アフロスポーツ

【変えることを怖がらず、より高いレベルを目指す早田の覚悟】

――早田ひな選手のプレーをどう見ていますか?

「国内の選手が相手でも海外の選手が相手でも、常に安定したプレーができていますね。中国のトップ選手相手でも、去年の世界選手権ダーバン大会とアジア競技大会で王芸迪選手に2回連続で勝って、2月の世界選手権でも陳夢選手に勝った。その時々の状況に応じたベストのパフォーマンスで、『負けない卓球』をして勝ちにつなげることを徹底していました。

 さらに驚いたのは、昨秋ぐらいでしょうか。中国のトップ選手に勝つために、パリ五輪で金メダルを獲るために自身の卓球を変えたことです。私も現役の時に、自分の卓球を変える難しさを痛感していたので、『あのレベルまできて、変えるのはすごいな』と思いました」

――それは、どれくらいすごいことなのでしょうか。

「卓球ではひとつのラリーの中でも、たとえば自分がサーブを変えたら、相手のレシーブも違う回転や違うコースで返ってきます。そうなると当然、こちらの3球目の待ち方や回転のコントロールなど、返球の方法も変えなければならないので対応が複雑になり難しくなります。

 特に早田選手は、去年、王芸迪選手を2度も倒した実績もある。そんな実力の選手がプレースタイルを変えるのはリスクがありますし、勇気がいります。でも、早田選手はさらに強くなるために『必要だからやる』という感覚と、覚悟を持っている。なかなかできることではありません」

――対戦相手によって臨機応変に戦術を変えられるようになり、戦術転換のタイミングも早くなりましたね。

「そう思います。去年12月のWTT女子ファイナルズ名古屋で陳夢選手にフルゲームで負けた時よりも、世界選手権で陳夢選手に勝った時のほうが攻守のバランスがよく見えました。戦術的には"攻め"に寄っていて、相手に応じて自分の卓球の形ができていたと思います。

 特に印象に残ったのはサーブの選択でした。早田選手は勝負所で高いトスを上げることが多いんですが、逆に低いトスを出して陳夢選手のレシーブのタイミングを崩す場面がありました。もともと早田選手は、効いている戦術を徹底的にやり通すタイプ。しかし今は、一手早くサーブのコースや長さ、回転を変えて、相手の読みや待ちを外して有利に試合を進めることができていますね」

【世界女王・孫穎莎を崩す秘策は「ハッタリの一球」】

――世界ランキング1位、中国の孫穎莎選手は手がつけられない強さです。彼女の強さはどこにあると思いますか?

「多くの中国の選手は勝負所で、安定と攻撃のギリギリのラインで攻めてくるイメージがあります。『ミスしてもいいから打つ』のではなく、『絶対にミスしないボールで一番厳しいコースを狙う』という感じです。

 でも、孫穎莎選手はちょっと違って、リスクを冒してでも攻めてくるタイプです。世界選手権の1番で張本美和選手と当たった時、試合の序盤すごいチキータを一発打ってきました。中国の選手たちは国として"絶対に負けられない"という重圧を背負っている中でそんなプレーができるわけですから、孫穎莎選手のメンタルの強さはちょっと違うなと感じます」

――技術面ではどうでしょう?

「まず、サーブがほかの中国選手と比べてうまいですね。今回の世界選手権でもサーブのスイングスピードが速くて、低くてなおかつ回転がものすごくかかっています。張本選手は以前、孫穎莎選手のサーブについて『回転の種類はわかるけど、思ったより回転が強くてレシーブミスしてしまう』と話していました。

 それと今回思ったのは、『サーブを出した後のモーションも工夫しているな』ということ。フォローのところでラケットの角度を見せないようにしていて、早田選手や張本選手はちょっと誤魔化されたというか、本来ならしないようなレシーブミスをしていた印象です。サーブを打つ時の3球目、5球目までの両ハンドの攻撃力も高いので、サーブを受ける側には『レシーブを厳しく入れないといけない』というプレッシャーがかかります」

――体の使い方も抜群ですよね。

「これも彼女の特長のひとつですが、ミドル処理のうまさにそれが表われていますね。通常、ミドルにきたボールは体勢が窮屈になり、返球のコースがある程度限定されるんですけど、孫穎莎選手の場合は『そこからこのコースに?』というコースに打てるんです。

 相手のミドルに持っていくメリットは、その1本でミスをさせる以外に、角度が出にくくて返球が甘くなったり、コースが限定されたりして計算しやすい点にある。それなのに彼女は、基本動作にこだわらず臨機応変な打ち方ができます。彼女の特徴は、フォアミドルからストレートにいいボールを打てること。自然な動きから威力のあるボールが打てるのは本当にすごいです」

――とにかく孫穎莎選手を崩さないことには中国の壁を越えられません。攻略法はありますか?

「まずはレシーブがカギですね。彼女のサーブは基本的に順回転なので、それに対するレシーブ対策を徹底する必要があります。私が有効かもしれないと考えているのは『ハッタリの一球』です。軸になるレシーブはストップやチキータですが、いきなりフリックを一発入れるとか。試合で1本しか使わないけど相手の印象に残る1本、相手の目線をズラす意味でのトリッキーな1本を戦術として使えるといいと思います。

 あとは、相手を前後に動かしたいですね」

――具体的に教えていただけますか?

「今年1月に行なわれたWTTスターコンテンダー・ドーハの女子シングルス準々決勝で、早田選手が孫穎莎選手にゲームカウント2−3のフルゲームで負けた試合がありました。あの時、フリックではないですが、早田選手が台上のボールを上回転にしてポンとラケットに当て、相手コートの浅めに落とすレシーブをしたんです。普通はあまりやらない打ち方なので、孫穎莎選手が一瞬『あれ?』という感じで動きが遅れました。

 そのボールは、回転をしっかり理解していないと打てないので、ちょっと難しいんです。孫穎莎選手は左右だけじゃなく前後にも揺さぶらないと崩せないので、早田選手が使ったような意外性のあるレシーブの引き出しが何パターンか必要だと思います」

(後編:打倒・中国の戦術 早田ひなのダブルス起用、「異質ラバー」を使う伏兵対策も必要>>)

■平野早矢香(ひらの・さやか)

1985年3月24日生まれ。栃木県出身。全日本選手権のシングルスを2007年度から3連覇するなど、通算5度の優勝を達成。2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪に出場し、ロンドン五輪の団体戦で日本卓球史上初の銀メダル獲得に貢献した。2016年4月に現役を引退後は、後輩の指導をはじめ、講習会や解説など卓球の普及活動にも取り組んでいる。