東京都副知事とガブテック東京の理事長を兼務する、ヤフー元社長の宮坂氏。システム移行作業などに追われる区市町村の支援の必要性を感じてきたという(撮影:尾形文繁)

自治体ごとに仕様がバラバラだった計20の基幹業務システムを2025年度までに同じ基準で作り直し、政府が一体運営する「ガバメントクラウド」上で稼働させる――。

政府の大号令の下、全国1788自治体が一斉に進める“システム大移動”の作業がこれから本格化する。移行に向けた課題が山積する中、新たな自治体DXの進め方を模索する東京都は、2023年夏に100%出資の外郭団体「GovTech(ガブテック)東京」を立ち上げ、都内の区市町村のシステム移行を支援している。

今後、システム移行を着実に前進させるうえで何が必要なのか。ヤフー元社長で、現在は東京都副知事とガブテック東京理事長を兼務する宮坂学氏に話を聞いた。

町や村から聞こえる「厳しい」現実

――自治体システムの標準化に向けた作業が本格化する中、デジタル庁が3月上旬、期限である2025年度までのシステム移行が困難な自治体が1割に上ると公表しました。現場で何が起きているのでしょうか。

この国の行政システムが始まって以来の大事業であり、難事業だ。長い目で見ればシステムを変えるのはよいことで、みんな総論賛成だが、いくつか課題がある。「引っ越し期日」が決まってしまっているのが、簡単ではないところだ。

期限がないといつまでも移行できないから、そういう意味で締め切りを作ったのはよいことだと思う。ただ、都内のいろんな自治体の話を聞くと、現実的には「厳しい」という声が大きい。

一般的にどのプロジェクトも後ろに行けば行くほど大変になる。今からどんどん(期限内の移行が困難な自治体が)減るという楽観はしないほうがいい。

――都内の自治体からは、どのような声が多いのでしょうか。

例えば、町や村では公務員の定数すら満たせない状況で、これだけの大事業をやらなければいけない。1人しか「情シス」(※自治体の情報システムを担当する職員)がいない自治体もあり、だいたいが他業務と兼務でやっていると推測する。

周囲に相談もできなければ、(移行に必要な)膨大な文書を隅から隅まで読み込む余裕もない可能性がある。われわれが相談相手になったり情報提供したりしているが、62区市町村全部が情報技術に詳しい人材を採用するのは無理だ。

こうした状況にある区市町村のデジタル化支援を行うために、ガブテック東京という組織を立ち上げた。都庁でもできなくはないが、組織が都庁内にあると都の仕事が最初になるので、あえて外に出して区市町村と都の真ん中にニュートラルな形で置いた。


自治体で情報技術者やエンジニアを採れるなら、こんな新しく面倒くさいことをやらなくてもいい。だけど、公務員の給料は急に上げられないし、働き方も公務員法のルールがあるのでそんなに変えられない。少なくとも、「e-Japan」(※ 政府が2000年に示したIT社会実現の構想)から、20年以上行政のデジタル化はうまくいかなかった。それは、採用の仕方がうまくいっていないからだ。

広域なり、区市町村のもう1個上のレイヤーでまとめて採用するような、過去にないやり方に変えないと同じことを繰り返してしまう。

――ガブテック東京で採用した人材を「シェアリング」して、人材難にある区市町村を支援する、と。

これ(エンジニアをシェアする手法)が正しいかわからないが、ガブテックは1つの知恵だ。(都庁で)採れなかった人が来てくれていて、一定の成果は出ている。自治体のシステムに詳しい人もいれば、ずっとクラウドを民間でやっていた人もいる。

移行後のコストは見積もり切れていない

――一方で、システム移行に当たっては“コスト”の問題を気にする自治体も多いです。国には、どのような課題を伝えていますか。

これは結局、(国からの)「今よりいい場所に引っ越さないか」という話で、基本業務が変わるわけではない。期日に間に合うと「補助金」が出るが、遅れる自治体が出始めているので、「遅れると補助金はどうなるの?」という問題がある。一方で引っ越し後に(システムの)ランニングコストが上がる可能性もあり、そこも見積もり切れていない。

住民から「引っ越してほしい」と頼まれたわけではないし、住民向けの事務は急に変わらないので、運用経費が今より高くなると住民にも説明しづらい。コストは長い目で見れば「3割下がる」という話があるが、今は引っ越す作業だけで精一杯なので、そこまではいけないのではないか。

広域自治体としては、「期日を過ぎても資金的サポートを」といった話を、区市町村と国の間に入るかたちで要望していきたい。国には62区市町村の意見をまとめて伝えているが、非常に真摯に柔軟に聞いてくれている。

――今回のプロジェクトは、一般市民からはわかりづらい基幹系システムの話でもあります。

世間一般では、自分の自治体でしか住民サービスを受けないから、日本中が1個のシステムで同じような仕事をしていると思われやすいし、僕も民間にいたときはそうだった。でも、それぞれの自治体は、長い歴史の中でシステムをカスタマイズして、きめ細かいサービスを提供している。同じ地方自治の事務といえども、違う点はかなり多い。


宮坂学(みやさか・まなぶ)/1967年生まれ、山口県出身。同志社大卒。1997年にヤフー株式会社入社、2012年から2018年まで同社代表取締役社長。2019年7月に東京都参与に就任し、同9月から東京都副知事(任期は2027年9月まで)。2023年7月に設立された都の外郭団体「GovTech(ガブテック)東京」理事長を兼務し、都内の自治体DXの旗振り役を務める(撮影:尾形文繁)

今回の標準化では、裏側のセキュリティが強くなる、災害時に便利になる、新しい行政サービスが迅速に立ち上げられるといった意味があると思うが、急に豪華な住民票が出てくるという話でない。利用者からすると、生活が極端に変わることはなく、逆に変わったことを意識されないように(問題なく)移行できるかが大事だ。

「イチかバチか」で進めてはならない

――過去に例のない大事業なだけに、システム移行に伴うトラブルへの懸念はありますか。

いちばん大事なのは「安全第一」だ。1割の自治体が「怖い」と言っているのに、イチかバチか思い切っていこう、というタイプの仕事ではない。

自治体ごとに職員の仕事も変わり、システムは変わったけど職員が対応できなければ本末転倒だ。「これなら安全に移行できる」という状態で進めないといけない。後ろに行けば行くほど、現実的で柔軟な対応が必要だ。

――「2025年度」という期限は、コロナ禍にあった3年半前、菅政権下で急に決まりました。この期限自体に無理があったのでしょうか。

長期プロジェクトは、大規模で複雑なものが多く、それを妥当に見積もること自体が難しいし、正直やってみないとわからない。この手の話はできないところに目が行きがちだが、(コロナ後に)着実に行政のデジタル化は進み、都も含めて随分変わった。もちろん課題はあるが、コロナ以降に国のトップが「ここに行くぞ」と決断しなければ実現できなかった。

一概に、最初から国が間違っていたということは絶対ないと思う。

――そもそも、システムを標準化する利点をどう考えていますか。

「標準化」は、システムが複数でもデータが互換性を持つ、ということだ。代表的な標準化はインターネットで、世界中で標準化されているから世界中でつながる。標準化すれば標準化するほど、いろんなものがつながるので、行政の効率化を進める意味でも、やったほうがいい。

一方、よく話がごっちゃになるのが、「標準化」と「共通化」の話だ。「共通化」は「1個のシステムをみんなで使おう」といった話で、これもこれでやればいい。

これまで62区市町村同士で議論することなく、隣で何をやっているかわからなかったが、今回の話をきっかけに共通化の動きも出ている。例えば、AI議事録はどの自治体でも使うが、みんなで1個のものを決めて使ったほうが安くなるかもしれないし、得意な職員が隣の町に教えにいくこともできるだろう。

それぞれの自治体が閉じて考えるのではなく、もっと情シス同士でつながって共同でできることは、いろいろとやるべきだと思う。

国産クラウドは「大事にすべき」

――国は、システム標準化を進める意義として、特定ベンダーに自治体が依存する「ベンダーロックイン」からの脱却も強調してきました。

「ベンダーロックイン」は定義が難しくて、あまり好きではない言葉だ。システムを違うものに切り替えるのに異常にお金がかかったりするのはともかく、小さな自治体が特定の1社にお願いするのは、ある意味で合理的な判断だ。

情シスがいっぱいいれば、10社くらいのベンダーをまとめて管理・監督できると思うが、1人しかいなかったら、僕が担当でも1社に「あとはお願い」ってなると思う。それは1つの知恵でもあり、何のロックインがいけないのかという点はもう少し議論したほうがいいのではないか。

――標準化した自治体のシステムを稼働させる政府の「ガバメントクラウド」の提供事業者として、昨年に国内企業として初めてさくらインターネットが条件付きで採択されました。ただ、AWS(アマゾン ウェブ サービス)などの強力な外資勢がひしめく中、自治体が国産クラウドの導入を進めるか疑問視する声もあります。

国産には頑張ってほしいし、大事にしたほうがいい。さくらは僕もよく知る会社で、すごくリスペクトしている。

たしかにアメリカの会社は、設備投資額が全然違う。日本は100億円投資したらニュースになるが、向こうは兆円単位でやる。ボクシングで例えたら階級が違う感じなので、同じ速度で同じ成長を求めて勝負するのは少し過酷だ。

それでもさくらのように、ハードウェアに近い領域で仕事をするエンジニアがいなくなると、技術の深い部分がわらなくなって、日本は「デジタル小作人」になりかねない。「海外でいい」と言った瞬間に、その技術は日本からなくなる可能性が高いし、10年後にもう1回やりたいと思ってもできない。「根っこ」を自分たちで作れる技術者を国は重視すべきだろう。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)